第一章 安楽椅子提督 その1
「なるほど。新帝国への体制変更は、門閥貴族だけでなくそれ以外の貴族への影響も大きかったというわけか」
話を聞き終えたヨム館長は、残りの紅茶を一口で空にすると再びポットからカップに注ぎ入れる。
「はい、門閥貴族は確かに鼻もちならない所もありますが、騎士階級の雇い主としては重要な存在でした」
エンリッヒ・フォン・ルーベンデルトは、自分の声が沈んでいるのが理解できる。この話を人にするのは初めてだった。口にするほど深刻さが心に刺さってしまう。
門閥貴族が持っていた私兵は、士官学校出身の平民や領民の中から選抜または強制により集められただけではない。帝国騎士であるフォンの称号を持つ下級貴族が、帝国の守り手たる正規軍に匹敵する私軍の主体となるのは、公式に認められた責務であった。
リップシュタット戦役で門閥貴族が敗北し彼らの私軍は解体される。将兵の何割かは正規軍に組み込まれたものの、帝国騎士の半数は職を失い一部は海賊化までした。
旧帝国建国時からの家門であるルーベンデルト家は、新体制に協力するには誇りが許さない。門閥貴族の解体を主眼においたラインハルトやオーベルシュタインの目からは逃れたこともあり、細々と生き永らえた家門も新帝国が十年も続くと困窮を極める。当主の病を機会に、エンリッヒの二人兄が家の将来を憂い自らが新当主となり家を救おうとする。
「それにしても長兄は旧門閥貴族と連携をはかり、次兄は新体制への参加を目論むか。それはお互い譲れないだろうな」
館長の感想が他人事に聞こえたエンリッヒであったが、その通りなので何も言えない。
「ですので、この件については内密にお願いします」
「もちろんだとも」
「それとは別に、なぜ当家に問題があることをご存知だったのでしょうか。ましてや私が介入しようとしていることも」
彼は同僚友人のだれにも話していない。
「それは、まあ、そのなんだ」
館長が目を逸らす。エンリッヒの目に疑惑が宿る。
「盗聴、盗撮、まさか家屋侵入!」
「ちがうよエンリッヒ、まあ、いっか」
館長は席を立ち、執務机に向かうと引き出しの中から紙を一枚取り出す。
「これ、きみが借りた本の一覧」
エンリッヒが一年にわたって図書館から借りた本の一覧であった。司書とはいえ図書館の本を借りる時は手続きを必要とする。記録はコンピュータに残るので館長権限で確認は可能だった。なお館長は端末の操作が苦手のため別の司書に出力してもらった。
それなりの冊数の一覧の中に、旧帝国の典礼省の資料を書籍化した本数冊のタイトルがマークされている。
「主に家督継承に関する手続きや実際にあった家督争いについて書かれている本だ。貴族である君が読むだけなら、実家が大変なのかと想像するだけだった。来月の初旬から1ヶ月の休暇を申請しただろ。それもこの本を返した直後に。君は事態の解決のために調べ、考え、決断したんだと思ったわけさ」
館長の手にあったのは、流血帝アウグスト2世に反旗を翻して皇帝となった止血帝エーリッヒ2世の回顧禄である。
目の前の館長を既にお飾りとは思わなくなっていたエンリッヒは、更なる衝撃を受ける。
「君の家には秘密というか何かがあるね」
「どうして」
言いかけて彼は口を閉じる。全てが知られているわけはなく誘導だと悟ったからだ。館長はどことなく大学教授が学生に指導するような口調で話す。
「君の長兄も次兄もそれを元手に、各陣営に売り込むつもりなんだな。そうでなければ失礼だが、ただの帝国騎士が傾いたとはいえ旧門閥貴族と対等に組めるとは思えない。新体制への参加も軍ならよくて尉官、中央官庁でも下級官僚が精々だろう。口ぶりからそれなりの地位を得る算段がありそうだ。つまり強力なコネか相応の交換条件を持っていると考えるのが妥当だろう」
館長の指摘は正しかった。ルーベンデルト家は土地持ち帝国騎士だが、辺境惑星の農場一つでは平民の大農園主にも劣る経済力しかない。押し黙るエンリッヒに、館長は優しく語りかける。
「これ以上は口にできないと思うので、君が無事にこの図書館に戻って来れることを祈るよ。まあ私からは言えることは、いざとなれば家など捨ててこの図書館の司書として生きる道もある、ということだけだ」




