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羽化の夏

娯楽で人体改造をする世界の話

 

 やがて少年はいまの自分を脱ぎ捨て、かろやかに羽ばたいてゆく。



「ねー、まだぁ?」

 かわいこぶってねだってみても、返ってくるのはいつもと同じそっけない言葉だ。

「部品がどこにもネェんだよ、みんな血眼で探してるから奪い合いだ」

「ちぇ、つまんないの。じゃーまた当分ここに通いつめなきゃじゃん」

「……いつ手に入るか分からんし、入荷したところで状態のいいものとも限らん。それでも諦めないつもりか?」

 煙草を吸いつつ何気ない素振りで問うてくる男に、真白(ましろ)は笑う。

「あったりまえだろ! ……俺だけだもん、こんななの」

 熟練工である男が長年愛用している椅子の上で、まだカスタマイズしていない美しい肢体――そのほとんどはだぼだぼのトレーナーとだぼだぼのジーンズにおおわれている――を恥ずかしいもののようにぎゅっと縮めて真白は座る。気難しいことにかけて右に出るもののいない熟練工の椅子に断りもなく腰掛け、叩き出されないのはこの少年だけだ。


 人工筋肉、機械眼、etc。技術の進歩は、人類の飽くなき探究心のよき伴走者となって久しい。骨格や髪色、はてには人格まで思いどおりに変えられるし、また変えるのがデフォルトで、真白のように身体も精神も生まれたままの人間はもはや希少種だ。

 それを、本人(ましろ)はひどく気にしていて、はやく自身をみんなのようにカスタマイズしたくてたまらない。


 注文主の望み通りに(そして予算相当に)身体を改造するのが己の生業だというのに、熟練工は真白の願望を、何故かもったいないと思ってしまう。日参する真白にいくらねだられても、部品が入らないだの、品切れだのその場しのぎの言い訳でのらりくらりと躱してはいじましく日延べしているのが、自分でも可笑しい。


 真白が希少種なのにはわけがある。一六まで生活文化保護区(エデン)にいたせいだ。

 そこでは前々世紀的、すなわち二〇世紀的な暮らしをよしとしており、外見や中身をいじる行為は禁忌とされていたため身体改造を施す人間は当然一人も存在しなかった。真白もそれを当たり前として慎ましく、時に退屈を感じつつも穏やかに過ごしていた。けれど保護区が反対勢力によって化学的に汚染され居住不可能となった後、生き残った人々は外へと出ざるを得なくなり、――そして少年は世界を知った。


 中毒性を取り除いた安全な快楽物質の見せるきらびやかな幻想、自分にはない自由な身体で楽し気に遊ぶ人々。あれを欲しいと思わないのは嘘だ。

 真白は、一つ何かを知るたび、一つ古い世界を失くす。惜しげもなく昨日までの自分を棄てる。

 熟練工は黙ってそれを見ている。


 椅子の上で大人しくしているのにも飽きたのか、足をぶらぶらと遊ばせ始めた真白に、熟練工の男は何かを手渡した。やたらとごつい代物だ。

「何世代か前の暗視ゴーグルのジャンク品だ。使えるかは知らんが、」

 少しは遊べるだろう、と続けるはずの台詞は、「ありがとうおっちゃん!」という興奮した言葉の前に立ち消えた。

「……使えるかは知らんと言っただろう」

「大丈夫だよ、そしたらおっちゃんがちゃーんと直してくれるだろ?」

 使い方もまるで分からないくせに、さっそく装着して「すげー!」と騒いでいる。やれやれ、と思いつつも熟練工の口の端には、ほんの僅かながら笑みが湛えられていた。



 そう遠くないいつか、真白は自分で部品を手に入れてくる。渋る熟練工にカスタマイズを強く希う。熟練工が拒めば、焦れた少年は今度こそ腕の悪い他の職人のところへ行ってしまう。それは耐え難い。

 自分なら、と熟練工は思う。

 自分なら、きっと真白自身の望む以上にカスタマイズしてやれるだろう。それを真白はとても感謝するだろう。

 そうして少年が希少種でなくなったのち、熟練工の中に在り続けている熱は永遠に失われるのだ。


 何にもいじっていないおまえの目の輝き、骨格の美しさ、高くは飛べない本来の跳力、それこそが人間に備わった美しさなのだとおまえは気付かず、こだわりぬいた欲求の果ての、凡庸な身体を手に入れる。カスタマイズされた己の姿を鏡に映したのち、どんな笑みを浮かべ、どんな謝辞を述べたとしても、暗視ゴーグルを手渡した時の「ありがとうおっちゃん!」にはもう二度と届かない。

 熟練工は煙草の煙を燻らせ、その向こうの真白を眺める。あと何度残されているか分からないこの夢のような光景を、目に、心の奥に、じっくりと焼き付ける。


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