宇宙空港 Ⅳ.猫
空港職員と非旅客の話。
Ⅳ.猫
幾年も続いていた出星ラッシュはここにきてひと段落したと見え、近頃では目に見えてロケットの便数が減っていた。――つまりこのだだっ広いロビーは今やゴーストタウンのような様相を帯びつつあるといって過言ではないだろう。
とはいえ空港が閉鎖されたわけではないので、清掃スタッフは常と変わらず忙しそうだ。それに比べ、出星者がいなければ仕事のない私は、ぽつねんとカウンターに腰かけて仕事終わりを待つ日が増えてしまった。
リストラされてしまうかな。
とそんなことがちらりと頭をよぎったものの、今更人間を雇う方がコスト高であるし、新型ロボットはもとより、中古に仕事内容を覚えさせるのもそれなりに時間と金がかかってしまうから、従来通り私を使い続けることになるだろうと目算した。
それにしても、暇だ。
人間ではないのであくびをする機能は付いていないが(オプションで追加は可能だ)、そうしたくなる気持ちは理解出来る、と思った私の耳に、聞き慣れぬ高音が飛び込んできた。
「……?」
あたりを見渡しても、何もいない。音は、カウンターと床の接地面あたりから発されているようだ。
ひょいと身を乗り、せり出したカウンターの下を見てみる。するとそこには、四つ足歩行の小型哺乳類である猫の子どもが身を潜めていた。
カウンターの椅子から滑り降りて、その生き物の近くにしゃがみ込む。そうしてみても怯えて立ち去る様子はない。仔猫の首の後ろの皮をつまみ上げ、きれいな薄青の目とこちらの凡庸な目を合わせる。
「あなた、旅客の荷物ですか?」
そう聞きつつ体内に埋め込まれているチップをスキャンしてみたものの、フライトに該当するような情報はなく、単にここまで紛れ込んでしまった迷い猫のようだった。首根っこをつかまれた状態が気に入らないのか、じたばたと暴れるので腕に抱きかかえてみれば、頭を私の腕や胸にやたらとこすりつける。そのたびに短い白い毛がダークスーツの繊維に付いてしまう。
「やめてください」
人間語で抗議してみてもどこ吹く風。おまけに、眠いのか妙に温かい。離そうとしても、小さいくせに鋭い爪でしっかりと腕をつかまえている。
困った。これでは仕事にならない。
まあ仕事などないようなものだから、小動物の保護をしていても差し支えはないかもしれない。
結局、腕にその毛玉を抱えたまま、私はカウンターの椅子に座り直した。
猫は健やかに眠り続けた。ときおり、ぷすー、ぷすーと小穴のあいた密閉袋から空気が漏れ出すような音を立てつつ、規則正しく呼吸を繰り返して。
そのあたたかく柔らかい塊に、いったいどんな作用があるのやら。まるで、新しい部品やオイルを入れた時の関節のスムーズな動きがコピーされたように、私の思考回路は滑らかでなだらかな働きをしていた。
「……」
いつまでもこれを抱えていたら、いつか人に近い思考を有するのかもしれない。
通りすがりの顔見知り達が、「おや、ずいぶんとかわいらしい」「なかなかギャップのある組み合わせじゃない!」などと一声掛けながら私の前を過ぎる。猫のいない通常時とは大違いだ。
それにしても、よく眠る。
勤務終了時間が近づき、『さてこの毛玉はどうしたものか』などと、アパートに連れ帰るしかないのにそううそぶいていると。
ふ、とそれが目を覚まし、耳をアンテナのように立てたと思ったら、止める間もなく腕を飛び出し一直線に走っていった。
毛玉の向かった先のロビーには親とおぼしき猫。愛おしげにちいさな身体を舐め、それが終わると二匹は去って行ってしまった。
これで一件落着、いつも通りの日常が戻ってくる。そう思うのは本当なのに。
「――また来てくれるといい」
先ほどまで腕の中にあり、今はもう消えた温度が、なんとも言えない感傷を私にもたらすのだった。