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つきあかりをきみに

荒廃した地球と電気で光る月の話

 

 いつも夜のてっぺんで灯りをともしてくれる月が、ちらちら点滅しはじめた。このままだと月の輝きは損なわれるばかりで、やがては夜の闇に飲み込まれてしまう。


 一〇〇年に一度必ず起こるそれ。昔の文献などに対処方法が残されてはいる。

 要は、月の地表に配置されているおびただしい数の電球を片っ端から交換すればいい。だけどおれたちの星はもう資源が枯渇しているので、かつてと同じように地球(ここ)から遠隔操作で復旧作業を行うのは不可能なんだそうだ。そもそも月への電球の自動輸送はおろか、その他の部品――リモートで作業するロボットのパーツや、発電設備の交換部品など――の精製技術もとうに途絶えてる。今回はまだ大昔に生産した発電周りの部品が奇跡的に残っていたので何とかなるって話だが、資源と工業の両方が今後復活しない限り、どのみち月は光らなくなる。

 まあ一〇〇年後の心配はいったん置いておくとして、現状で最も現実的な選択はと言えば人と電球と部品を乗せたロケットを飛ばすしかないんだけど、このご時世ではどの国も行きの分の燃料をかき集めて確保するのが精一杯(ついでに言えば電球も使えるストックをかき集めて確保するのが精一杯らしい)、つまり月へ往く者たちは『死んでこい』と命令されたと同義なのだった。


 驚くことに、そんな月旅行(ただし片道)に志願するモノズキは、自分以外にもそれなりにいた。おれはギャラがわりの食料と水目当て。と言っても、自分用ではなく、地球に残してゆく家族のためのものだ。

 おれだけでなく周りもそうだが、ロクな仕事に就けず、家族はずっと慢性的な栄養失調で、この現状を打破できる方策は何一つなかった。

 だからこの募集を見た時、千載一遇のチャンスだと思った。身体や顔はおろか唇まで痩せてしまっている妻や子らに、一生困らないだけの食料を差し出せる。そう思うだけで腹の底から嬉しさがじわじわと湧き上がっておれを満たした。迷いはなかった。むしろ応募すると決めてからはどこかすっきりとした気持ちでいた。

 他の奴らの志望動機は知らないが、おれと同じ理由か、自身に明るい未来を描けずに自暴自棄で応募した輩が多かったらしい。

 で、栄養失調ではあるものの身体と精神に異常のない、ついでに言えばそうとう図太い自分を含めたメンバーが、ほかの国から飛び立つ仲間たちとともに選出された。

 かみさんはひどく嘆いた。けれど、『やめてくれ』とは一度も言わなかった。言えないくらいに生活は苦しくて、いつも腹をすかせているから。言わないでくれてよかった。このままずっとひもじい思いをしながら過ごし朽ち果てる未来より、生きることを、子らを育てることを選んでくれて、よかった。

 泣きたいのに水分がもったいなくて涙を流せないなんて、これ以上みじめなことをさせたくはないからな。


 できれば笑っていてほしいと思うよ。でも、きちんと三食腹いっぱい食べられるようになって涙を惜しまなくてよくなったら、その時には泣いてくれてもいいんじゃないかとも思う。もちろん、『目障りな旦那がいなくなってせいせいした!』と高笑いしたっていいんだ。どうせ月からは見えないんだし。

 月へは行ったっきり、あとは通信も途絶えるから、生きているかどうかも伝えられないし。



 ほんとに飛ぶのかよ、と搭乗員として選ばれたメンタル屈強な男たちが全員おののくくらいに貧相な作りのロケットとギリッギリの燃料(もちろん質は良くない)で出発した。ちなみに、ロケットが爆発したり月に無事に到着できなかったとしても、食料と水は家族の手に渡ることになっている。そのあたりをいやと言うほど確認したので、担当者には『ちゃんとしますって! 何回確認したら気が済むんですかまったく……』と本気で怒られた。出発前の式典ではさんざん英雄として持ち上げられたけど、実際の扱いはこんなもんだ。まあ、持ち上げられるほどの大人物じゃないから構わないよ。


 出発時に身体にかかった重力加速度も、途中で絶えずぶーぶー鳴りながら赤く点滅してた警告灯の数々も、月への着陸時の衝撃も、『あ、おれ死ぬわ』と都度思うのに十分だった。むしろ死ななかったのが不思議なくらいだ。出発前にたらふく食って満たされたせいか、身体のつくりが丈夫なのか、――ただ、運が良かったんだな。


 月に到着して、それで終わりじゃない。ここからが本番だ。

 ロケットに積んできた電球。そいつを、みんなでエリアごとに分かれて月の表土にささったまま切れてる電球と交換する。地味な作業だけど、宇宙服の手袋越しだと普段当たり前にしていたことすら難しい。重力も地球とは違うし。

 毎日、外に出て電球を換えて、ロケットに戻って缶詰を食って寝る。換え終わるのとおれらが死ぬのとどっちが早いかな。積んできた酸素ボンベにも限りがあるし。

 ああ、かみさんのこさえてくれた、水でぶよぶよにふやかされた麦飯と、ほんの少しの茹で菜っ葉が食いたいなあ。缶詰はバラエティも豊富で相当うまいはずだけど、ここで食う飯はなんか味気ないんだよ。きっと、旨み成分を地球に置いて来ちまったんだな。

 おーい。おまえたちはおいしいご飯を食べられているか? たった一枚持ってきた家族写真にそう問うと、少しだけ缶の飯の味を感じられた気がした。






 ここにきて、もうどれくらいになるだろう。

 ロケットから一歩出た先には、宇宙服なしでは生存できないほどの苛烈な気温(昼は灼熱、夜は極寒)はあっても、春のあたたかな日差しも夏の夕立もありはしないから、季節感なんてとうに失った。こっちから見える地球は、いつだって残酷なほどきれいだ。

 あの作り物みたいにうす青いひかりをまとった星の中で、今日も人々の営みが行われている。それが何よりいとおしいし、頑張ろうと奮起する原動力にもなってる。

 子どもらは元気に育ったかな。外を走り回って、たくさん笑って、今日も楽しかったって一日の終わりにそう思えるといい。

 おれの方はと言うと、酸素ボンベのストックがだいぶ減ってきたよ。ってことは、おれらが生きていられるのもあともう少し。それまでにいくつ電球を換えられるだろ。できるだけたくさん換えるから。


 おれのこと、たまには思い出してくれよ。

 うそだよ。早く忘れてしあわせになってくれよ。

 どうか、おれの灯したこのつきあかりが、おまえたちにいつまでもやさしく降り注ぎますように。


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― 新着の感想 ―
[一言] きっと、月明かりを見る度に頑張ってくれているんだと思ってくれていると思いますよ。って、声を掛けてあげたくなるようなお話ですね。
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