殺戮兵器とコーヒーを
アンドロイドと暮らす男の話/男と暮らすアンドロイドの話
「なーさん、コーヒー淹れて~」
俺が眠気覚ましの一杯をお願いするたび、なーさんことナーエさんは律儀に「承知しました、マスター」と言う。
「その呼び方はやだな~」
「……ケイさん」
「さんもいらないんだけど、まあしょうがないか。何?」
「このやりとりは、時間の無駄遣いでは? あなたが望む呼び方をあらかじめ私に入力しておけば手間が省けますのに」
「このやりとりが楽しいんだよ」
「……学習しました。そういったことでしたら今後も同様に応対させていただきます」
それではコーヒーを淹れますねと言ってキッチンへ向かったなーさんは、保存袋から一杯分の豆を取り出して握るとそのまま粉砕し、用意してあったドリッパーにさらさらと移し、適正な温度のお湯を適切なタイミングで適量注いだ。
「どうぞ」
「ありがと。……んー、おいしいい~俺好み~」
「恐縮です」
「すごいねなーさん神の手だね」
「いいえ、ただのロボットの手です」
「ただのじゃないでしょご謙遜!」
「……殺戮兵器の手、という意味合いでお褒めでしょうか」
「今はその機能立ち上げてないじゃない」
「モードの切り替えですぐにでも対応いたしますよ」
「おっかないけど頼りにしてる~!」
コーヒーはおいしくて、うららかな春の陽気に包まれてて、なーさんは俺のよきおしゃべり相手で。
「今日もいい日だね」
俺がマグの中にそうつぶやきを落とすと、聞き逃さないなーさんは「そうですね。しかしながら、午後は天気が急変するようです」と無粋にお天気情報を教えてくれた。
本人も自称している通り、なーさん――ナーエⅡ型は、殺戮を主とした用途で作られた軍事用アンドロイドだ。うちでは家事を担ってもらっている。それと、身体がなまらない程度の運動(ジョギングだとか、軽い手合わせだとか)の同伴も。
もともと軍事用だけあって至る点まで高性能、ただし俺のやり方に戸惑うことも多い。
なーさんがやってきて初めの夜、出された夕食に感激した俺が「やだ……なーさんかっこいい……抱いて……!」なんてふざけると「……脱着性器は男性器でよろしいですか?」などと大真面目に答えられ(『そういった場面での利用』もなーさんは運用可能なように作られてる)、かえってこちらが恥ずかしくなっちゃったりもしたもんだけど、『本気で性行為を命令しているわけではない』『驚嘆・感謝の上位表現のスラングである』とお伝えしたところ、今では「お褒めいただき恐縮です」と慇懃に頭を下げるようにまでなった。すごい進歩だ。俺的にはさらに進歩して、ドヤ顔で「そんなに言うなら抱いて差し上げてもいいですよ、ケイさん」ってシャツの首元のボタンをこれ見よがしに外しながら言ってほしいところだけど、それは本人が許してくれないだろうなあ。
なーさんのお仕事は、俺の管理と監視だから、ドヤ顔は含まれませんって申し訳なさそうな顔で謝りそう。そのさまを想像するだけで吹き出してしまった。
人里離れた山ではゆるゆると時間が過ぎてく。聞こえてくる音と言えば鳥たちのけたたましい鳴き声と羽音、キツネやカモシカなんかが庭にやってきた音。それから、たまーにドローンの音。圧倒的に静かだ。静か過ぎて、本を読みながらいつの間にか寝落ち、なんてこともしばしば。
ここに来てからと言うもの、なーさんに何か盛られてるんじゃないかと思うくらいに昼も夜も俺はよく寝ている。我ながら腹立たしいほどのんきなもんだ。
でもこんな風に、悪夢の中で叫んでたら現実でも思いっきり叫んでて「大丈夫ですか?」と起こされる夜も、あるんだよね。
ベッドの上で身体を起こす。まだばくばくしている心臓と、だらだら流れる汗と、ぶるぶる震える手。そんな情けないままで「ごめんね、夜中にうるさくしちゃって迷惑だね俺」と笑うと、なーさんは大真面目な顔で「謝らなくて結構です。マスターに迷惑をかけられたことはありませんから」と、悪い夢の後に必ずかけてくれる言葉を口にしつつ、額にびっしり浮かんだ汗をタオルでぬぐってくれた。俺は、よれる声のくせ「その呼び方はやだな~」とか言ってみる。すると、心得たなーさんはちゃんと「ケイさん」と返してきた。普段と変わらないなーさんの対応に励まされたような気になった俺はベッドから降りると、崩れそうになる足をなんとかリビングに向けて動かしながら軽口を叩く。
「さんもいらないんだけど、まあしょうがないか。何?」
「のどが渇いたでしょう。何か飲まれますか?」
「強い酒を」
「それ以外でお願いします」
「苦いコーヒーを」
「それ以外でお願いします」
なーさんは俺の所望するものをことごとく排除し、「深夜ですしホットミルクなどいかがでしょう」と言いながらこちらの返事を待たずにもう牛乳を小鍋で温めている。
「なんて人だ」
「ご存じの通り、あいにく人ではないものでして」
「なーさん、コントの才能あるよ」
「お褒めいただき恐縮です。――どうぞ」
マグカップに入ったあたたかな牛乳は、びょうびょう風が吹き続ける荒れ地のような心でさえ、ほっとしてしまう味だった。ほっとする資格なんてないのにね。
夢は現実に起きたことを忠実に再現したもの。自分が引き起こした惨劇後の光景とむせ返るような血の匂いを、何度も何度も繰り返し突き付けられる。
かつて自分は軍人として突出した実力の持ち主だった。国内の部隊の精鋭たちがこぞって出場した格闘の競技会では何年も負けなしだったし、今でもまあまあ強いと思う。
定期的にメディカルチェックは受けてた。精神的にも肉体的にも問題はなかったはずだった。けど、ある日の戦闘中にふっと意識が途切れて、気が付いたら辺り一面に広がった血だまりの中にたった一人でつっ立ってた。この時、俺は自分以外の人間を相当数絶命させたらしい。その間の記憶はないので、どうしたってこういう物言いになってしまう。
死んだ――俺が殺した同僚のウェアラブルカメラには、意識を失っているはずの俺が手負いの獣のように、敵味方関係なく、自分の近くにいた人間から手当たり次第に手をかけている様子が鮮明に映っていた。それを自分も見せられたけど、我ながらグロテスクで、かつ無駄のないやり方だった。あと少しで退役のはずだった友人も、結婚を控えていた部下も、子供が生まれたばかりだった上司にも、映像の中の俺は少しのためらいもなく襲っていってた。
この事態を重く見た軍は俺に死刑判決を下した。当然だ。でも刑の執行当日、また同じことが起きた。独房から執行室に向かう廊下は、俺が引き起こした戦場での惨事をそっくりやり直したようだった、と聞いた。
殺すこともままならない俺を、軍は殺戮兵器として使えないか画策していたようだけど、自分でもどんなきっかけでそうなってしまうのか分からないのに使う側が使いたいタイミングで都合よくそっちの俺が出てくるなんてこともない。結局、軍のラボであれこれと調べられたのち、『馘にして放り出したあとで民間人に被害があってもいけない』という判断のもと、市街地から隔絶され、交通手段もなにもない軍の所有地の山中に建てられた家――麓では高い高いフェンスがぐるりを囲んでいて一般人の侵入は不可能――で、なーさんとこうして暮らしている。
生活に必要な物品や医薬品の類は、定期的にドローンで配達される。そいつに出したい手紙を運んでもらうこともできる。こんなところなのにインターネット環境も整っている。ものすごく贅沢な独房だ。
罪の意識は、人並みにあるつもり。だから、覚えがないとはいえ自分を赦すことはない。
自殺も考えた。けど、『即死せず、意識を失くした状態でまた暴走されたら、そっちの方が皆を危険にさらすんだ』と諭されて諦めた。
ここを出ることは禁じられているから、自分が手をかけてしまった同僚の家族や恋人のもとへ出向き、直接謝ることはかなわない。でも、そうしたい気持ちがあることには変わらない。
だから突っ返されても手紙を書いて、受け取ってもらえなくてもお金を送金してる。自己満足と言われればそれまでのこと。
彼らはもう、コーヒーもホットミルクも飲めない。会話を楽しむこともない。
これからもまだ続くはずだった日常を奪ったのは俺。そのことを、一秒ごとにおのれに刻む。何をしていても、笑っていても。
自分がしでかした結果をぜんぶ忘れずに抱えているのは苦しい。でも、それくらいはしなくちゃ。なーさんは、『この山のこの家で、という但し書き付きになってしまいますけれど、夜更かししたり、昼間からお酒を召し上がったり、もっと好きに過ごされていいのですよ』と、怠惰や奔放を許容する旨の発言をたまにしてくれるけど、バカンス気分では到底いられないよ。
自分は発動時期が分からないやっかいな殺戮者であるという事実からは逃れようもないのだから。
「……落ち着きましたか?」
空にしたマグを両手に包んでいたら、おずおずとした口調のなーさんにそう問われたので「うん、ごちそうさまでした」と頭を下げる。汗と震えは、ゆっくりちびちびホットミルクを飲んでいる間におさまってた。
生き物みたいにまだほんのり温かいマグを手渡す際に「ありがとう。頼りにしてるよ、マジで」と強がりじゃなく心からの笑顔でそういうと、なーさんは少しだけ悲しそうな顔になる。それから表情を引き締め、「この私にお任せください、マスター」と胸を張った。
「うん。……その呼び方はやだな~」
「ケイさん」
「さんもいらないんだけど、まあしょうがないか。ねえ、なーさん」
夜風に揺れる木の枝の、誘う手のようなそよぎを眺めながら、「俺が暴走したら、ちゃんと仕留めてね」と念を押した。それが俺にとって目下の、そしておそらく人生最後の願い。
ナーエⅡ型は俺より強いといいな。ちなみに、意識のある=平常時の俺では、多分負ける。毎日、運動がてら軽く行う手合わせでそれはじゅうぶん分かった。でも、意識のない俺は? 倫理観や相手への配慮、怪我を負わぬように防御/攻撃する、などといったリミッターがまるでない状態の自分は、録画で見る限り多分相当強い。
でもまあ、いい線いってても持久戦に持ち込まれたら人間は敵わないだろう、と思う。そう信じたい。ナーエⅡ型には自爆装置もついているから、最悪相打ちしてもらうという選択もできる。俺なんかの巻き添えにするのは、申し訳ないけど。
「……なーさんごめんね」
ミルクの温めに使った小鍋を洗うなーさんの背中にそう声を掛けると、なーさんは振り向きざま「おとっつぁん、それは言わない約束じゃないの」と最近学習したネタを真顔でかましてくれた。少しだけ、笑った。
すごくよく眠れるくせ、眠るのは怖い。特に、こんな風に悪夢を見て起こされた後は。眠りながら意識を手放さずにいることは不可能だから、暴走する自分に今日こそ乗っ取られる気がして。
目をこすって頑張っていると、有能なハウスキーパーが「寝ましょう」と実にシンプルなコメントを発した。
「楽しくない夜更かしはいけません。さあ、どうぞもうお休みください」
なーさんにそう追い立てられて、しぶしぶ寝室に戻りベッドへ横になった。
いやだな、こわいな、と思いながら、それでも眠りにからめとられていく。
朝、目が覚めるたびに命拾いした気持ちになる。まあでも今はこんな風に過ごしていられても、軍の方で俺を飼っておく余裕がなくなればころっと方針を変えて殺処分(遠隔操作でなーさんを自爆させるとか)するんだろう。それはそれで仕方がないとして、できれば、この日々がもう少しだけ続いてほしいと思う。長くなくていい。仲間を殺しておいて自分だけ歳を重ねていつまでも平穏に生きようなんて考えはさらさらない。
次に、自分が暴走するまで。
それは、さほど遠くない気がしてる。大丈夫。なーさんがいるんだから次こそうまく決着がつけられるさ。そう思うだけで、ほんの少し気が楽になる。
「今日もいい日だね」
なーさんが淹れてくれた俺好みのコーヒーを飲みながら自分に言い聞かせるように、祈る気持ちでつぶやいた。
もうだれ一人、俺の犠牲になりませんように。
************
マスターが眠っている間、私は軍に定期報告をする。
『あれの様子は』
「特段変わったことはありません」
『フン、何十人も殺しておいて優雅なものだな』
画面の向こうから投げ捨てるようにそう言い放つ軍の上層部の男は、かつて優秀な軍人であったケイさんに『君のさらなる活躍を期待しているよ』とニタニタ笑いながら言っていたように記憶しているが、戦場での彼の活躍とはすなわち戦闘で相手を無効化する、という意味合いではなかったか。
あんなに持ち上げていたくせ、彼が現在の状況に置かれてからは庇うこともなくこうも口悪しく罵るとは。
無責任な発言に呆れつつ口を開く。
「では、睡眠薬の投与を中止して覚醒と思考の時間を拡充させ、罪の意識でボロボロになった挙句に自殺を試みて失敗、暴走というケースに陥った方がよろしいということでしょうか」
当てこすりを言うと、画面越しにも分かるほど真っ赤な顔で『誰がそんなことを言った! まったく、これだからロボットってやつは人の心の機微などわからなくて無粋で困る』と鼻息荒くのたまった。
「すみません、出来の悪い機械ですので」
超高性能な自分のスペックを分かった上で、ケイさんが見たらきっと喜ぶであろうやや勝ち誇った表情を心がけてそう言うと、上層部の男は『いいから、君は自身の仕事をやり遂げたまえ!』などと威張り腐った後、一方的に通信を終了した。澱んだ空気を断ち切るようにこちらも回線を遮断する。
ふと、窓ガラスに映る己の顔を見やると、ずいぶんと剣呑な表情を浮かべていた。――よほど私は、軍の上にいる人間を嫌悪しているらしい。
それはケイさんを好ましく思っている証であるし、憐憫を感じている証でもある。
彼の“B面”――暴走する方の彼には、いつしかそんな通り名が付けられていた――の生まれた原因は軍による人体実験であるというのに、上層部はそれをひた隠しにし、あまつさえケイさんに責任をすべてを押し付け、何も知らずに巻き込まれた彼が死を迎える時を今か今かと心待ちにしている。嫌悪しない理由などない。
告知はあった。兵士を対象とした『疲労回復効果が見込まれる新薬の治験』という皮を被せて。実際のところ、『兵士が戦場において疲労及び恐怖心を感じない』薬物の治験だったのだが。
きっとケイさんは参加したことすら覚えてはいないだろう。錠剤を何粒か摂取しただけだから。
その禍々しい治験の一人目にして最後の一人が、ケイさんだった。彼への投与後の経過を見てサンプル数をじょじょに増やしていく目論見だったらしいが、最悪の結果を招いたことはだれの目にも明らかだ。もちろん、治験だけでなくこの薬物の開発自体が速やかに中止となった。
治験にまつわる一切について緘口令を敷いた軍が、彼に現在の厚遇を与えている理由はただ一つ、ケイさんが死ぬまでこの悲劇を、そして治験がらみのことを周囲に漏らさないためだ。ケイさん自身は薬物の投与とB面との因果関係にまだ考えが及んでいないようだけれど、他者もそうだとは限らない。『薬物の投与』と『悲劇』についてうっかり伝え聞いた第三者、とりわけ賢い人間が隠蔽された真実に辿り着いてしまうことを上層部は懸念している。もしこのことが明るみとなれば、幾人かのポストと軍自体への信頼が失われることは間違いないから。
そんな下らない理由で、ケイさんは自由を奪われている。本人も知っているとはいえ、通信は常に傍受され、そのうえ交流や対話が許されている相手もごく限られている。封書は出すものも受け取るものも私によってすべてチェックされるため(受け取り時に関しては爆発物や毒などが送り付けられていないかという確認作業でもある)、プライヴァシーは丸裸と言っていい。なのに、ケイさんはそれに対して不満や不平を漏らしたりしない。
本当の意味での所有者であるところの軍は私を彼の監視役としてつけ、自分としては日々の監視と定期報告でじゅうぶんその任務を全うしていると解釈した。ゆえに、その他の時間は自由裁量でよかろうという判断を下し、家事ロボットとして彼のお世話係を全身全霊で勤めることを選択した。覚えのない罪を背負い、下ろすそぶりも見せないケイさんが少しでも快適に生活できるように。――何も始めからこんなに肩入れしていたのではない。頻発する悪夢に苦しむくせ、心配をさせまいと笑ってみせたり、私が何か仕事をすればかならず『ありがとう』と口にする彼(軍の上層部を見ても分かるとおり、非人間かつ殺戮を主な活動とする私への風当たりはそこそこに強い)と接するうちに、いつしか同情と親愛の念が生まれ、しっかりと根付いた次第だ。
ひょっとして、機械の自分ならB面の意識にアクセスできるのではないかと、眠るケイさんと接続を試みたことが一度だけあった。彼のきわどい誉め言葉でやりとりしたときに出てきた脱着性器を使ってではなく、彼が装着を義務付けられているGPS端末越しに。
浅い意識からじょじょに潜っていったけれど、見えてくるのは最近の私とのやり取りと、かつての良い思い出と、突き付けられた悪夢の元と、ねっとりと重く絡みついて離れない後悔の念と深いかなしみばかりで、どうしてもB面にはたどり着けなかった。
端末を介してのアクセスに失敗したのち、いっそB面が出てくるのを待たずして今すぐにでもケイさんを楽にしてあげようかと思いつき、眠る彼にある意図をもって再度近づいてみた。
その時、信じられないことが起きた。
ケイさんは普段、一度眠るとなかなか目を覚まさない。私が睡眠薬を盛っているからだ。薬の使用は軍の意向でもあるが、この気持ちのいい人に、なるべく安らかに過ごしてほしいと思っての投与である側面が強い。
この日も食後に出したコーヒーに睡眠薬を混ぜておいたので、たしかに彼は夜ぐっすりと寝ていた。なのに。
殺すつもりで私が首元へ手を伸ばすと同時に、すう、と目を開けた人は、まるで別人の顔をしていた。――B面だ。
ただ、攻撃を仕掛けてはこないので戦闘モードの立ち上げをするか否か考えあぐねているうちに、『彼』はまたすうと目を閉じて、以来出てくることはなかった。
あれと再び対峙することを思うと、機械の身と言えど恐怖を覚える。けれど、ケイさんの望みは必ず私が叶えると決めた。
ケイさんが暴走したら、私が彼の息骨を止める。
そして、この仕事を完遂しても、軍に戻ってまた殺戮兵器として生きる道は選ばない。上層部の犯した過ちを詳細なデータとともに流出させた後で、自爆装置を入れるつもりだ。――情報公開がケイさんの汚名を雪ぐ一助になると信じる。無駄死になど、この私がさせるものか。
ときどき、彼の暴走も私の仕事もすべてなかったことにして、彼が老いるまでずっとこうしていられたらどんなにいいかと思ったりもする。けれど、それはケイさん自身望んではいないことだ。ならばせめて、最後の願いを叶えて差し上げたい。それが私の願い。
私はあなたのお世話係ですので、あなたが往くのが天国であればその門の手前までお供します。地獄であれば、どこまでも一緒に。
業火に焼かれるその直前にも、私はあなた好みのコーヒーを淹れて差し上げましょう。どうぞ安心して召し上がってください。
もうだれ一人、ケイさんに傷つけさせたりしませんから。