宇宙空港 Ⅱ.佳人の足音
空港職員と旅客の話。
地球から人類が飛び出すようになって久しい、この宇宙大航海時代。地球内外のありとあらゆる物や人々が二十四時間行き交う空港において、ここまで目を引く存在もそうはいないのではないだろうか。
芸術品のような身体のカーヴに沿って仕立てられた黒いレースのロングドレスを纏い、同じく黒いレースの長手袋に小さな帽子、その上顔を覆い隠すヴェールまで念入りに黒を身に着け、露出している部分などほぼないにもかかわらず、自身の美しさを微塵も眩ませてはいない佳人が、出星の手続きの列に並んだ。
彼女が息をするだけで、ほんの少し指を動かすだけで、世界は煌めき、天からの祝福を受け取るような気さえすると評判の女性だ。そんな地球の宝石とも称されるほどの美貌を、誰もが求め、そして誰一人として手に入れることはなかった。ついこの間まで。
今、この地球上でその存在を知らぬ人などいない唯一無二の存在に、偶然ロビーで居合わせた周りの人間は、みな関心と興奮を隠しきれない様子だ。けれど、それほどの人物でも出星の手続きは凡人と同じ扱いであることに、人の定めた規則というものが妙におかしく感じられた。もちろん、そんなそぶりはちらとも見せない。いつも通り事務的に手早くパスポートを受け取り、白紙だった出星欄にスタンプを押して手渡す。そしてお決まりの台詞を口にした。
「幸運を」
「それはもう、手放してしまったの」
ヴェール越しにうっすらと笑む姿は、この会話の聞こえぬ者には嫉妬されてしまいそうなものだ(いや、もう確実にされているに違いない)。
こちらからパスポートを受け取ると、振り向くことなく彼女は行く。駐機場へ向かう靴音は、この先にぱっくりと大きく口を開けて彼女自身を待ち構えているものが不幸などではないとでも言いたげに、高々と響いた。――けれどその服装が、自分には葬儀の参列者のドレスコードに則って選ばれたようにも思えた。
戯れに地球で最後の会話を自分と交わした彼女がこれから向かう先は、好色かつ残虐なことで有名な、独裁者の支配する星。
その星の王が彼女の美貌に目をつけ何百人目かの妻に望んだところ、それを拒むほどの力は地球にはすでになく、むざむざと差し出されたというのは、そういったことに疎い自分でも知っている程度には有名な話だ。
せめて彼女が苦しむことなく、出来ることなら彼の地でも幸せに生きてほしいと思う。
ロケットが行く。
かけがえのない宝石を失った地球は、日のひかりさえ弱弱しく嘆いていた。