きみはともだち(☆)
『解凍人のファイナルアンサー』の続きです。
「面会ぃ?」
無事なんとか仕事につき、続々と解凍する二一世紀人および二二世紀人のケアで右往左往している俺の元に、その要望は突然届いた。
「そ。わざわざ『野蛮人』の顔を見に来るようなたちの悪い人ではなさそうだっていうのが応対した職員の所感らしいけど、翔どうする? いやなら断って構わないんだよ」
「大丈夫だろ。会うよ」
「わかった、じゃああとは事務の人と話しして日程決まったら教えて。一応俺も同席するから」
「ん、頼んだ」
「了解」
こちらでの友人第一号は、どうやら保護者第一号でもあるらしい。一切の身寄りを元の時代に置いてきちまった俺にとって、マシューの過保護ぶりは面はゆいけれど、とてつもなくありがたくもある。――『洗練された時代』の人たちには、なんでもない俺の名前を元いた時代と同じアクセントで発音するのは少し難しいらしく、誰もが“show”と聞こえるように呼ぶ中、マシューだけはいつの間にかしれっと『翔』と正しく呼びかけてくれるようになっていた。それがどれだけ難しいことか、今まさにアクセントで悪戦苦闘している――ダジャレのようだけど本当にそうなんだ――身としてはわかるし、そうまでしてちゃんと呼んでくれることも、それを恩着せがましく言ったりしないことも、本当に嬉しい。
それにしても、いったい誰なんだろうな。
何か一芸にでも秀でていれば『天才ピアニスト降臨! 二一世紀の音色が、今よみがえる!』だの『二一世紀がここにあるような筆致に読者は感嘆を覚えずにいられない』だの持ち上げられて面会希望が殺到してもおかしくないけど、あいにく俺は別に才能に溢れているわけじゃない。できることと言ったらただ話を聞いて寄り添うだけ。それだって、うまくいくときばかりじゃなく、手ひどく拒否されることだってある。自分以外の全員と円満に関係を築けるなんて思っちゃいなくたって、やっぱり『ショウが担当していたあの人、別の人がみることになったから』って聞くと凹む。で、マシューや二一世紀マニアの女の子や精神的四歳児に慰められるってわけ。
現・精神的四歳児で元・二一世紀のイイオンナは、この時代でもイイ女の子になりつつある。彼女とは、ナイフを振りかざした二一世紀人(=彼女)とあやうく刺殺されるところだった二一世紀人(俺)、という強烈な関係ではあるのだけど、捨ておくことはやっぱりどうしてもできなくて、マシューに呆れられつつ月に二、三度顔を見に行っている。
養父母と庭で遊んでいる彼女に「よう」と声を掛ければ、「ショウくん!」と笑顔で駆け寄ってくれる。お二方に会釈しつつこっちからも近づいた。
「いい子にしてたか?」
「してたよ! ショウくんはおしごとちゃんとできた?」
即座に返された。そういうしっかりしたとこは変わんねえなあ。
「できてるかな。ビミョー」
「だいじょうぶだよ、ショウくんいいこだもん」
「ん、ありがとな」
「どういたまして!」
顔全体でニコッ! と笑う彼女になごむ。それから、いっちょまえに『どういたしまして』と言いたかっただろうに間違えて言ってしまっている(養母さんの話じゃ、どうやら幼稚園でその間違ったワードが流行っているらしい)様子にほほえましくなる。
それから、漢字で『翔君』と呼んでくれる彼女にはもう会えないんだなと、少しだけ寂しくもなる。
まあでも、彼女が今幸せなら、それが何より一番だ。
「慰められたから元気出たよ」
「じゃあ、おいかけっこしよう!」
「えええ? お前そればっかじゃんヤだよ」
「ひとにおまえっていわないの」
「はいはい」
この日もいつもと同じように庭を駆けずり回り、ボールと戯れ、おやつをよばれ、日が暮れる頃に『まだ遊ぼうよ~』と引き留められつつおいとまをした。
「つっ………………かれた――……!」
夜、英国式パブで二一世紀マニアの彼女――俺の彼女になってくれるかはまだ微妙――と乾杯したあとテーブルに突っ伏すと、「おつかれさま」と頭をポンポンされた。それは友人としてなのそうじゃないのこの時代ではどっちなのと思いながら、目をつぶってその手の感触を存分に味わう。うっとりしつつ「それ好きー。癒されるー」と素直に所感を述べると。
「癒されるだけ?」
「……へっ?」
その思いもよらぬ言に、頭を上げる。ちょっとだけ不機嫌な顔した彼女と目が合う。
「精神的四歳児に嫉妬するっていうのは、大人としてどうなのって自分でも思うけど、やっぱりもやもやしちゃうんだよね」
「……それって、その……」
『俺のこと、男として意識してもらってるって思っていい?』とか、『好きです付き合ってください!』とか言いたい。それと、『俺のこと、二一世紀人だから娯楽として好きなだけ?』とも。でも、そうやって一つひとつ聞いてしまうことが洗練をモットーとしたこちらの流儀に倣っているのかどうかはわからない。ドン引きされるのもヤだけど、それより彼女に恥をかかせたくない。くそ、恥ずかしくてもニヤニヤされてもマシューに恋愛方面の会話(何がセーフでどこからがアウトか)について聞いておくんだった!
超いまさらな後悔をしている俺に、彼女は砂漠で旅人に水を与える女神のような優しい口調で「大丈夫だよ」と甘くささやく。
「ショウくんが何を心配してるか知ってる。そういう人だから好きになったの。私は確かに二一世紀のマニアだけど、それだけでショウくんを好きになったわけじゃないよ」
――そこまで言ってもらったら、さすがに腹が決まる。
「好きです」
「はい」
「付き合ってもらえますか?」
「喜んで!」
与えられた水はすぐに砂漠を潤して、一面が緑に溢れたみたいな、そんな風に満たされた。
週明け、さっそくマシューにウキウキで報告すると、「ふ――んよかったじゃないか」と低めのテンションで返された。
「もっと喜べよ俺の幸せを」
「喜んでるよ、でも俺が今日のために部屋の予約や業務の調整に動いたことも覚えてくれていると嬉しいね」
「――あっ、」
やばいやばい、すっかり浮かれて頭の中からすっぽ抜けてたわ。
「ありがとなマシュー」
「どういたしまして。――大丈夫?」
「ん、期待と不安が五分五分ってとこだな」
「まあ、何かあれば助けるし気楽にね」
「おう」
今日はいよいよ、例の面会を申し込んできた人との顔合わせがあるのだった。
俺は電話で直接話したわけじゃないけど、事前に何度かやりとりしたメッセージでは『好青年だな』という感じを受けてた。これで超絶クソヤローが来たら、マシューに『翔ってほんと人を見る目がないね!!』と思いっきり笑ってもらうとしよう。
そんな風に考えつつ部屋のドアをノックすると、中から『はい』というどこか懐かしいような声がした。
「失礼します。――はじめまして」
「はじめまして。今日はありがとうございます」
洗練より少しはみ出した笑顔とともに立ち上がり、そうあいさつをした青年。ん。やっぱいいやつっぽい。よかった。
そう思いつつも、やっぱりどこか懐かしい感じがする。その答えはすぐにわかった。
「――です」
彼の名乗った名字は、俺のよく知る――二一世紀での友人と同じものだった。
「え、」
呆けた返事を笑うことなく、好青年は「よかった、やっと会えた」と、やつとよく似た満面の笑顔になった。
「うちの一族、大じいちゃんから聞いてるんです。『俺のダチがコールドスリープしたんだ』って」
よほど動揺して見えていたんだろうか。やたらとマシューがちらちらこっちを伺ってるのがわかる。でもそれに『だいじょーぶ、心配しすぎ』ってリアクションもできず、ただ目を丸くしたまま話を聞いた。
「『すげえいいやつだから、コールドスリープから覚めたら誰か会いに行ってやって。んで、いいやつだって思ったら友達になりな』って。俺は大じいちゃんの生きてる時にはまだ生まれてないから当然会ったこともないんですけど、そのお願いの動画データが代々受け継がれてて、なんていうかもううちの一族の中ではやり遂げなければならぬミッションみたいな感じでして」
「なんだかお手数おかけしちゃってすいません!」
「あ、面倒とか義務とかって誰も思ってないですよ! むしろどんな人なのかな? って会えるのをみんな楽しみにしてたんで。父でも自分の下の世代でもなく、俺が会えて嬉しいです」
「え、お父さんは……?」
おそるおそる聞くと、「俺が会う! ってきかなかったんで、じゃんけんで負かしてきました」とさわやかな笑顔付きで平和な答えが返ってきたのでほっとした。
てか、好青年は何代下の世代なんだろ。一〇〇年以上前のご先祖さんからのミッションなんていつどこで『やーめた』ってなってもおかしくない。なのに繋いで、こうして来てくれた。
この事実で涙腺がかなりヤバイことになってる俺の前に、好青年は小さなモニターを置いた。
「これ、『会えたらやつに見せてくれ』って言われてる動画です。再生しますね」
えっちょっとちょっと心の準備ができてねぇのよ!!! とあわあわしている間に、好青年はとっとと動画の再生を始めた。
画面には、じいさんが映ってる。
やつによく似た――本人か。年取って少しは落ち着いたのかコイツ、と思っていると、顔の横に手を上げて、ちょいちょい動かす。見慣れたポーズだ。
『ヨッスヨッス! 元気にしてるかー?』
何なんだよその軽いノリ、世紀を跨いでんのに昨日一緒に飲んだみてえな空気出してんじゃねえよ。
『こっちはもーお前がいない間に老いさばらえちまってよ』
老いさらばえるだよバカ。精神的四歳児とどっこいな間違え方してんじゃねえよ。
感動の再会(ただしモニター越しの)のはずなのに、心の中のツッコミがとまらない。溢れかかってた涙も引っ込んだわ、ほんとにお前はよー、と苦笑していたのに。
『元気でやってりゃ、それでいいんだ』
――そんなこと、しみじみ言うなよ。
『いま翔のそばにいる人、どうかこいつのことをよろしく頼みます。バカでガサツなやつですが、悪い人間じゃありません』
「やっぱり二一世紀でもガサツ認定なんだ」というマシューのつぶやきに反論したいけど、モニターの中で頭を下げている古い友人を見つめることしかできない。
ぼたぼたと両目からこぼれ続ける大粒を、腿の上で握りしめてたこぶしが受け止める。
「うっわ、マンガみたい」
「うるせえ」
動画が終わってモニターを切っても、涙はなかなか止まらなかった。落ち着いた頃合いでうわどーしよコレと、反応に困っているであろう好青年君への対応を考えてたところに、マシューが『うっわ』とツッコミを入れてきたってわけ。
自分でもわかるよ、泣きすぎてめちゃくちゃ瞼が腫れてんの。やつの言うとおり、目は『3 3』になってるからな。
「ごめんなさい、こんなに動揺させてしまって」
好青年君が申し訳なさそうに言うので、慌てて「君は悪くない! 悪いのはあいつ一人!」って返したら「それもそうだ」と小さく笑ってくれた。せっかく来てくれたのに泣いたりなんかして、でもひどく気まずくならなくてよかったと、マシューによる的確なツッコミに少しだけ感謝した。
思った以上に和やかだった面会もとうとう終わりの時間を迎えた。マシューが部屋の施錠をしつつ「さて、これからどうする? 三人で飲む?」と声を掛けてきたけど。
「いや、約束してたし彼女のとこ行くわ」
俺がそう言うと、片方の眉をぴくりと動かしたあと優雅に笑いながらマシューは好青年に話しかける。
「そ。じゃあ二人で親交を深めるとしようか」
「あ、はい、ぜひ!」
「ちょっと、俺抜きとか淋しいんですけど!」
「大丈夫、ちゃんと次は翔も入れてあげるから」
「そうですよ、そんなにがっかりしないでショウさん」
そんな風に軽口を叩きつつ、二人は俺を快く送り出してくれた。
今日、面会が終わったら必ず会いに来てねと言ってくれた彼女の住まいまで、小走りで向かった。息を整える余裕もないままインターホンを鳴らすと、早めに仕事を終えて在宅していたであろう彼女が心配そうにドアを開けて俺を迎え入れた。
「ショウくん、どうだった? だいじょうぶ……」
その言葉を言い切る前に、覆いかぶさるようにハグしてた。洗練されてなくてごめん。
彼女は、突然抱き着いた俺を諫めたりせず、ただ眠たい子供をあやすような手つきで背中を優しくポンポンとたたいた。そのゆったりとしたリズムに導かれるように、「すごい、いいやつだった」と何とか口にした。
「そう、よかった」
「昔の友人の、子孫だった」
「へえ!」
「俺のこと、気にかけてくれて、それで、」
あとは、また胸いっぱいに詰まっていた涙を流すことしかできなかった。
「あーもー……。ほんとごめん」
「謝らなくっていいよ」
心配してくれた彼女にちゃんと笑顔で報告したかったのに、結局はかっこわるくべそべそ泣いたりして。しかも、マシューたちの時と彼女の前とで泣きすぎた俺の瞼は、『3 3』がさらにでっかくなってしまったし。
そんなわけで今俺の目の上には彼女が用意してくれた蒸しタオルがある(なんでも、冷やしたりあっためたりを交互にするといいとのことで、さっきまでは保冷剤で瞼を冷やしてもらっていた)。じんわりと温かい目の周り。
迷惑をかけたと思ったから謝りの言葉を口にしたけど、それはスマートに取り上げられてしまった。だったら、俺の言うことはひとつ。
「ありがとう」
「どういたしまして。こんなことでお礼を言ってもらえるならいくらでもするよ」
そうおどける彼女に、「それだけじゃないよ」と返す。タオルで目を覆ってたからいつもより素直になれたのかもしれない。
「そばにいてくれてありがとう。心配してくれてありがとう。俺は、君がいてくれて本当によかった」
「……そんなの、こちらこそ、だよ」
めずらしくぎこちない彼女の言葉。ああ、どんな顔してるんだろ今。タオルをむしってまじまじと見てみたい、と思ったけど、そうするより早く彼女の唇が俺の唇にもたらされた。
命と引き換えに、大切なものをすべて置いてきた。そうなるとわかってて、俺は『今』を選んだ。
でも、新しく手に入れた大切だってある。仕事にマシューに彼女、精神的四歳児、好青年の彼。そうだそれに旧友だって失くしちゃいなかった。ちゃんとぜんぶ今に繋がってる。繋がってるんだ。
「しあわせだ――!」
床に大の字になってそう言うと、彼女が俺の上に乗っかりながら「私もー!」と返してくれた。




