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解凍人のファイナルアンサー

コールドスリープから目覚めた後の話

 二一世紀人。

 野蛮人。

 声がでかい。感情をあらわにしすぎる。まったくもって洗練されていない。


 それがここでの、俺の評判。星で表したら一にも満たない。



 治験で参加したコールドスリープから眼を覚ますと、当たり前だけどそこは未来だった。

 五年一〇年という単位よりはもう少しレンジの広い未来(というか、今)は、人々が話す速さも、イントネーションも顔つきも、何もかもが違う。今挙げたものに関しては『ゆったり・やや平坦・口調が優しい』――だ。

 様々な物事は長い年月を掛けてどれもアップデートされていて、解凍人(元コールドスリーパーのこと。差別用語、ではないはず)のための研修で新しく常識を身につけるたび、自分の持ち合わせていた常識(それ)との乖離にくらくらした。

「君らからしたら、二一世紀人はとんでもなく原始的なんだろうな」

 もともとは研修の講師で、なぜかウマが合いこっちでの友人第一号になってくれたマシュー――人々はもう名前に和名も漢字も用いない――と連れ立った英国式パブで、こちらの流儀に則ってゆったりと、やや平坦なイントネーションを意識しつつそう言うと、マシューは柔らかい布のようにふわりと笑い、「だからって自分を恥ずかしく思う必要はないさ、(しょう)」となぐさめてくれた。

『そんなことないさ』とあからさまな嘘を吐くでも、『それが君の長所でもあるだろう』なんて思ってもないことを言うでもない。そのさりげなさは実に今風で、それでいて言葉はマシューの本心でもある。俺にはとてもできない芸当。

 感心している俺の前で、マシューはビールのジョッキを気持ちよく傾け、すいすいと中身を自身の身体に収めながら「そういえばこの間の子、どうした?」と、少し前に引き合わされた女の子との進展具合を訊ねてくる。

「ああ、二一世紀カルチャーが好きな子だから、レトロミュージアムとかレトロカフェとかぼちぼち一緒に行ってるよ。俺がテレビのリモコン使ってみたりスマホ操作したりするとこみせたら『さすがに慣れてる!』ってキャーキャーしてくれた」

 ついでに、史実によく出てくるような二一世紀スタイルの出で立ちで待ち合わせ場所に行ったら、やっぱりキャーキャー言いながら写真をめちゃくちゃ撮りまくってくれた。

「マニアだねー」

「でもいい子だよ。俺のすることにいちいちウケてくれるけど、珍獣扱いじゃねえもん。変人具合ではマシューとどっこいだな」

「別に俺は変人ではないと思うけど?」

「どうだかなあ」

 今こうやって飲んでいても、周りの人には『二一世紀人だ』とすぐに看過され、ちらちらと好奇の視線を投げられているのがわかる。だからっていきなり話しかけてきたり、イントネーションを揶揄したりっていうのは、自ら『洗練された時代』を誇るこの人たちはしやしない。でも、かすかに侮蔑されている匂いっていうのはわかるよ。そういうの、マシューやマニアのあの子からはしてこない。だから、俺も彼らとつるむんだ。


 未来に来たからって何もかもがチャラになってハッピーだけが約束されているわけじゃない。コールドスリープの治験に参加したのは現代の――当時の医療では死を免れない病気にかかっていたからで、でもそれはここに来たら錠剤の服用だけであっさり完治してしまった。高額ではなく副作用も痛みもなく、たった一錠で。

 それだけで、とりあえず個人的なミッションはクリアしたといえるけど、残りの長い(であろう)人生をどうしようと思った時、正直途方に暮れた。ここでの俺は、四歳児よりも世界を知らない。解凍仲間である、俺以外のやつらも。

『洗練された時代』の人たちは、そんな解凍人を放置せず、世話をしてくれている。過去からは何のサポートもないまま押し付けられたようなものなのに、無償で公営の住宅に住まわせ、『今』に適応するための研修を受けさせ、その上、微々たるものとはいえ、自由に使えるお金さえ、支給してもらっている。

 ただそのサポートはいつまでも無限に、とはいかず、研修が終了するまでになんとか生活の目処を立てなくちゃいけない。プログラム自体は一年間で、俺は半年前に目覚めたのでつまりあと半年で自立しなくてはならないのだけど。

「仕事見つかんなかったらどーしよ……」

 弱気をジョッキの中にこぼすと、マシューは「それでも翔はよく馴染んでる方だよ。二一世紀人保護関係のスタッフに配属されるかも」と言ってくれる。

「だといいけどなあ」

 それでも、一定数いる解凍人に対してスタッフの数には限りがある。みんながみんなとは言わないが慣れ親しんだ場所を職場にしたいと思う解凍人は俺だけではないはずで、取り立ててスキルや知識があるでもないおのれの状況を鑑みるに、少ない椅子の奪い合いで勝てる自信はない。

 じゃあコールドスリープするまで就いていた仕事はというと、その内容が大きく変化したというレベルですらなく、当時の俺やその他大勢が憧れ、なんとか掴み取ったかつての花形職業は、めざまし時計の発展により衰退し、消えてしまった『窓を叩いて起こす人(ノッカー・アップ)』のように、もうその存在自体がないのだ。

 それもコールドスリープする前のレクチャーで聞いて覚悟はしていたものの、いざ本当になくなってしまった――その職業名を告げても、二一世紀マニアの女の子だって知っちゃいなかった――と理解した時のあの寄る辺なさは、きっとこの先も忘れられない。

 黒々としたその気持ちを、ビールと一緒に飲み干す。同じタイミングでジョッキを空にしたマシューが、新たな一杯を頼むために手を上げながら、「そうそう」と話しかけてきた。

「聞いた話で恐縮だけど、君このところモテてるらしいじゃないか」

 二一世紀マニアの子とは別の女性とのことをマシューにそう茶化されて、俺は思わず『洗練』を忘れ、思いっきりなしかめ面をしてしまう。心のままに叩きつけないよう、ジョッキをなるべく丁寧にテーブルへ着地させて、「一回お茶した。それだけ」とそっけなく返した。

「それにしては毎日連絡が来てるみたいだね」

「断ったんだけどな、『悪いけど付き合えない』って」

「おお、かっこいい」

「でも聞き入れてくれない。正直困ってる」

「……しかるべき機関に相談する?」

「彼女、二一世紀人なんだけど、そうすることでこの時代で不利にならなければ」

「優しいね、翔は」

「優しくなんかねえよ」

 後味悪いことになると自分のせいみたいでヤなだけだ。


 奇麗な人だと思う。それに、どこがどう、とか具体的にパッとは言えないけど、二一世紀人だってわかる仕草や顔つきに、いつの間にやら張り巡らしていた心の壁が知らずに緩んだ。

 でも、付き合いたいと思える相手じゃなかった。

 彼女は、何かにつけ『二一世紀に戻りたい』『こんな未来なんてつまらない』『二一世紀だったら』と言う。あっちにあのままいたら、俺と同じに病気で助からなかったくせに。

 公費で生活を丸ごと面倒見てもらっているというのに、こちらの流儀に馴染もうともしない。研修はかろうじて受けてはいるもののどこか投げやりで、それよりもアーカイブ映像や映画――もちろん二一世紀の――を観ることと、二一世紀人を捕まえては『あの頃はよかった』話をすることに夢中だ。俺とお茶したのだって、別に俺のことが好きというわけじゃなく、二一世紀前半の価値観を共有できる人間だから、それだけだ。

 そして俺より少し早く解凍した彼女は、俺以外の複数人にもそんなアプローチをしては失敗していたらしく、男にも女にも評判はよろしくない。そりゃそうだ。みんなここへ自分を溶け込ませようと必死に努力しているのに、その気持ちを逆なでされていい気になんてなれるわけがない。

 解凍人の中には、比較的今に近い時代、つまり二一世紀後半の人もいる。あの人は、まず最初に二一世紀前半から来たか否かを問い、『否』の人間にはそれ以降近づかない。そういうところも苦手だった。

「まあ、ほっとけばそのうち関心もなくすだろ」

「……そうかなあ」

 珍しくマシューがあいまいに言葉を濁した。



「翔、今日こそ相談しに行くよ」

「えー……」

「えーじゃない。君がきちんと対処しないでいたから、かなりまずいことになってるじゃないか」

 マシューのいうとおり、例の人はますます過激な行動に出始めている。

 もはや着信とメッセージの受信はひっきりなしで、出歩く時にも常にあとを付けられる始末。幸い、心配したマシューが騎士のようにガードしてくれているけれど、それで逆切れされて友人(マシュー)の身になにかあってもいやだ。

「……わかった。じゃあ、今日研修のあとに警察行ってくる」

「俺も、」

「いーって、面倒くさがらずにちゃんと行くから」

「……終わったら連絡して」

「はいはい」

 そう安請け合いし、研修を終えたのち、いよいよ警察へ行こうと廊下を歩いていたちょうどその時、またしてもあの彼女から電話がかかってきた。

 一瞬、出るか出ないか迷ったけど、もしかしたらちゃんと話せば納得してもらえるかも、と言う甘い考えにそそのかされ、散々逃げ回っていた電話に出た。

「Hello」

 こちらの流儀にのっとって『もしもし』ではない言葉で通話すると、『もしもし、翔君?』と彼女は予想通り懐かしいスタイルで返してきた。――その言葉に、胸のどこかがぐっと痛んだけど、気付かないふりで階段を降りつつ話す。

「断ったのにしつこくしてきて、どういうつもり? 通話記録もメッセージのログも、俺を付け回してるところが映ってる防犯カメラの映像も、当局は把握してるって話だよ。正直言って迷惑だし、あなたにもよくないからやめた方がいい」

『“あなたにもよくないからやめた方がいい”』

 彼女は揶揄するようにこちらの言葉をなぞった。

「――付け回し事案は、昔より厳罰化されてる。就職にも響くんだ」

 ストーカー行為をなんとかやめる方向にもっていこうと、俺がつたなく連ねていた“親切”に似せた言葉たちを、彼女はばっさりと切った。

『翔君て、きれいごと言うよね。こっちの人みたい』

 ――ああ、本当にこの人は、こちらの気持ちを逆なでするのが上手い。

 エントランスのど真ん中で立ち止まって息を吸う。吐く。少しだけリフレッシュできた自分で再び歩きながら応えた。

「そうだよ、悪い?」

 “プライドばっかり肥大してるあなたが嫌いだ”

 “もうありもしない昔を懐かしんでばかりで、今を見ようともしないあなたが嫌いだ”

 正直にそう伝えるよりずいぶんマシだと思うんだけど。

 でも彼女には、薄っぺらい俺の思惑なんて丸見えだったらしい。

『翔君は私のことが嫌いよね』

「……周波数の合わない人だとは思ってるよ」

『まったく、その今流のスタイル? いけ好かないな。はっきり言ってよ』

「言ってどうするの?」

「決別するのよ」

 研修施設を出た途端、ビルの陰から現れた彼女と目が合った。その瞬間、バチッと火花が散る音がした、ような気がした。

「なんて嫌な奴、二度と会うもんかって、なにもかもバッサリ切るの。誰も傷付かないようにスマートに、なんて無理な話なのよ」

 それは、こちらの流儀を重ねて言っているのか。

「俺は、ちゃんと断ったつもりだったけど」

「『悪いけど付き合えない』なんて断ったうちに入らないわ」

「……なんで俺に固執するの? 好きでもないくせに」

 俺が聞くと、彼女は素直に「そうね」と認めた。

「あわよくば結婚なり寄生なり出来たらと思ってたの。それしか私がここで生きる方法はないだろうから。でも、同じ価値観の人じゃなくちゃいや。そうしたら、候補者はもうあなたくらいしかいないじゃない?」

 彼女がゆっくりとバッグの中から取り出した果物ナイフを、どこか他人事のように見てた。

「でも嫌われちゃったから、仕方ないわね」

「……俺から離れてくれるってこと?」

 やたらと口が渇くな、と思いながら問うと、あでやかな笑みを向けられた。

「決別するって言ったのよ」

 ナイフを両手で握ったまま、一歩ずつこちらに近づいてくる彼女。その歩みはゆっくりなのに、俺は動けずにいた。

 俺の真ん前で止まる。彼女が身体の前に構えているナイフが、俺のシャツを撫でる。

「私、美人でしょう?」

「ああ」

 メイクも髪型も思い切り昔のものなのに、はっと目をひくほど。

「連れて歩いたら鼻が高いでしょう?」

「ああ」

 一度だけお茶した時、たしかに少しだけいい気分ではあった。でも。

「――俺は、今を生きたいんだ」

 昔を懐かしむ気持ちはある。戻れないやるせなさも、自分を知る身内がいないという心もとなさも、これから先どうやって身を立てていこうかという不安も。

 でもそれは、すべてをシャットアウトして『あの頃はよかったね』と思い出だけを舐めあうことにはならない。

 いろいろあった選択肢の中から、このアンサーを自分で選んだのだから。

「残念ね、もうそれは叶いそうにないわ」

 ナイフを持った手に力を込められたのが見えた。そしてそれは、俺の腹に突き立てられ――――。





「……どうして、」

 呆けた彼女がこぼした言葉は、幼女のようにあどけなかった。

「だから、研修はちゃんと受けなって」

 無傷の俺が、破けたシャツの前面をざっと手で払うと、残っていたナイフの粒子はぱらぱらと舗道に落ちた。


 予期せぬ事故や殺傷事件といった痛ましい事案を軽減するために、刃物類――公的機関が所持する武器を除く――は、人体を感知すると粒子になる仕様で作られています。なので、かつてのように怪我をすることはありません。

 研修で配られた資料に、そう書いてあった。そしてこの時代の人たちはほぼ自炊をしないから、ナイフや包丁で手を切りそうになるたびに刃物が粒子化する、なんてことも日常生活においてそうは起きない。ちなみに節約目的で自炊派の俺(コールドスリープする前は、料理なんて家庭科でしかしてないレベル)は、もうすでになんどかやらかした。

 そんなことを、笑い話にできる間柄だったらよかったのに。


 俺を殺して自分も死ぬつもりだったか、はたまた刑務所行きをもくろんでいたのか。

 前者が潰えた彼女に、俺は言葉をさらに重ねた。

「あと、結婚して家庭に入るつもりっぽかったけど、この時代に婚姻制度はないから」

「え、」

「それに自分の身は自分で養うのがデフォルト。老人や子供は社会全体でフォローするけど、それ以外は基本的にないから」

「……そんな、」

「ぜんぶ、研修の中で講師の先生が教えてくれたことだよ」

「やだ!」

「は?」

「そんなのやだ!」

「やだって……」

「やだもん! やだ!」

 俺の前では頑ななほど『二十一世紀のイイオンナ』であり続けた彼女は、道端にしゃがみこんで駄々をこねるように繰り返す。そして泣きじゃくりながら「帰りたいよお!」と叫んだ。

「帰りたいよお! ここやだ! おとうさぁん、おかあさぁん、助けに来てよぉ――!」

 付け回し+ナイフで襲撃、の様子が映された防犯カメラから警察に自動通報がいったのか、わらわらと駆けつけてくる複数の足音が聞こえた。そのことにほっとしつつ、俺は彼女の傍らに膝をついた。

「帰りたいよな。俺もだ」

 病気はあっけなく治った。その代わり、覚悟の上とはいえすべてを喪った。友人も身内も仕事も自信も常識も。

「……でも帰れないんだ」

 こわごわと抱き寄せると、彼女は「うわぁ――――!!」と大きく叫びながら泣く。ナイフの粒子と残った柄を見つけた警察官が彼女の様子を見て一気に警戒を強めたので、手で大丈夫、と伝える。

「俺もあなたも、ここで生きるんだ」

 彼女に、というより自分自身に言い聞かせるようにそう口にすると、彼女は俺の背中にしがみついたまま、いつまでも泣き続けた。



「もぉー翔はすぐ一人で無茶するぅー」

 研修施設の前で大騒ぎしてしまった手前、何も話さないというわけにもいかず、翌朝俺は心配顔で取り囲んできた人たちにざっくりとことのあらましを伝えた。その輪の中にいたマシューに、ねちねちとした口調で咎められたってわけだ。

「悪かったよ、勝手に突っ走って。……素直に頼ればよかったんだよな」

 ナイフは砕けるから刺されそうになっても刺さらない、大丈夫、と理解はしつつ、でももしかしたら運悪く不良品で砕けなくて、大怪我するか最悪死ぬかも、と思った時、浮かんだのはマシューとあの二一世紀マニアの子の泣き顔だった。そんなのどっちも見たことないのに。

 そして自分はずいぶんと肩ひじを張っていたけれど、彼らにもっと寄りかかってもいいのだと今回の件でつくづく思い知らされた。

 四歳児よりも世界に疎かった自分ですが、研修のおかげで常識を身に着けたしもう大丈夫、大人なんだからトラブルなんて自分で解決できます。そう示したかったのかもしれない。


 みんなの前では余裕の態でいるマシューは、昨日の騒動のあと事情を聴くために警察に連れていかれた俺のところまで駆けつけると、こちらの流儀をかなぐり捨てて『バカ!!! 心配させやがって!!!』と本気で怒ってくれた。ぎゅっと握ったこぶしは、ぶるぶると震えていた。

 それが、やけに嬉しかった。


 向こうもちょうどそれを思い出したのか、俺と目が合うと片方の眉をぴくりと動かし、優雅に顔をそむけて輪の中を抜けた。講義の準備でもあるのか、廊下に出たヤツの後ろをついて行きつつ、俺は大げさにへつらう。

「機嫌直してくれよマシュー、今晩ビールおごるから」

「向こう半年は奢ってもらわないと気が済まないな」

「お前、俺の支給金知っててそれ言うかあ??」

 国に養われている身で言っちゃなんだが、カツカツだぞ?! 月イチで飲みに行くのがせいぜいだぞ???

 憤る俺に、マシューはくるりと振り向きざま「はい」と紙ぺらを突き付けた。

「よかったね、今回の対応が認められて保護スタッフになれるってよ」

「……えっ?」

 ぱっと離され、落ちかかった紙を慌てて両手でつかみ、まじまじと目を通す。そこには、マシューが今言ったことが違わず記してあった。

「てか、俺なんもしてねえよ」

「彼女を傷つけずに保護してくれただろ? ――ああいうのは、俺達にはできないから」

 寒い日にぬるい湯へ浸るような、親しいようで間に薄紙が挟まっているような、『洗練された時代』の流儀。おそらく、警察でも彼女は丁重に扱われていることだろう。けれどそれは彼女の欲しいものではない。

 痛みと現実を突き付けて、共感する必要があった。

 そしてそれができたのは、確かにあの場では俺だけだった。

「で、あのあと彼女は……?」

 昨日の晩、襲撃に続いて行われた事情聴取ですっかりくたくたになった俺の代わりに、事の顛末をきいておいてくれるよう帰りしなマシューにお願いしてみた。俺が頭を下げるとマシューはまだ怒った顔で、――でも流儀に倣って、穏やかな口調で――承諾してくれた。それで一足先に帰宅し、泥のように眠ったので、どうなったかはまだ聞けていなかった。

 マシューはさらりと、けど決して冷淡ではない口調で(その微妙な匙加減を、今度ぜひ伝授してもらおう)「意識が後退しちゃったって。ちなみに今は四歳くらい」と教えてくれた。

「……そっか」

 普通に考えたらよくないことだろうけど、二一世紀前半以外を認められなかった彼女には、あのままでいる方が辛かったかもしれない。

「なら、これから一つずつ覚えてこっちに馴染めるかもしれないな」

「だといいね」

 そう言いつつ肩をすくめる。

 そんな仕草が実に様になっているマシューに、「今晩だけどさ、二一世紀マニアの子にも声かけてみていいか?」とお伺いを立てた。

「お好きにどうぞ」

「……でもさすがに三人分出すのは厳しい……」

「女の子の前で、現代人のこの俺が翔に恥をかかせると思う? 半分持つよ」

「!」

「翔のおごりはまた今度ね」

「さすが、持つべきはスマートな友だな! 助かる!」

「はいはい、わかったから喜びすぎ。少し抑えな」


 解凍人。

 二一世紀人。

 野蛮人。

 何と言われようと、マシューやあの子がいるから大丈夫。やっていけるさ。

 そんな気持ちのまま誘いの言葉を送ると、すぐにOKの返事がきて喜んだのもつかの間、俺ははたとあることに気づいてしまう。

「……デート未満の時って何着てったらいいんだろ」

 これまで会ってた時はマニアであるあの子にウケるといいなと思っての『ザ・二一世紀スタイル』だったので、服装については考える必要すらなかったけれど、今回はそうもいくまい。悩む俺に、マシューはふわりと笑う。

「それは俺だけじゃなくほかの人にも聞いてみるといいんじゃないかな」

 その助言に従うべく、俺は仲間の解凍人、講師、事務スタッフに手当たり次第声を掛けた。研修の始まりを告げるチャイムが鳴るまで、ああでもないこうでもないと、洗練された人間も、そうでない人間も、実に楽しそうに相談にのってくれた。

25/03/30 誤字修正しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 死んでしまうよりは、と選んだコールドスリープ。どんなに説明されても、想像出来ない程の変化について行くのは難しいことでしょう。 でも、努力しようとしている人には手助けしてくれる人もいるものです…
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