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みやびなみの日

作者: 第六感

 白河隼人しらかわはやとの今日は、ふわふわした妙な日だった。

 パチっと目が覚めて、鳴る直前の目覚まし時計を止めた。

 父が弁当を持たずに会社に行ったので白河の分のハンバーグが増えた。

 好きな子と通学バスで乗り合わせた。

 昨日はなかった秋の花がちょうど咲いたのを見つけた。

 体育教師が病欠してマラソンが翌週になった。

 いつも一緒に帰るヤツが家人にお使いを頼まれて別方向に帰った。

「白河くん、一人? 一緒に帰らない?」

 宮地灯みやじあかりが一緒に帰ろうと誘ってきた。

 時刻表ちょうどの時間に、バスがすでに出発していた。

 バス停の自販機が当たりを出した。


 そんな日のことだ。


 誘ってきたくせに宮地は黙りこくっている。

 小銭を出して、聞いた。えーと。おはじきでもする?

「しない」

 もぞもぞとポケットにしまう。コイツはどこか大人びた雰囲気がある。くそ、あんな顔で見やがって。高校2年生でおはじきしたっていいじゃないか。長縄や上坂なら喜んでやるぞ。

「あー、金曜日なのに委員会じゃないんだな?」

「うん。みやびに代わってもらった。今頃花壇の雑草を抜いたり肥料やったりしてくれてる」

 じゃあ、みやびと、違う上坂と一緒に帰れたかもしれないのか。

「いま。

 だったらみやびと帰りたかったなって思った?」

 図星だ。きっと表情にも出た。

 こいつは、なんでどうして僕と一緒に帰ろうなんて言い出したんだ。

「あんたってさ」今度は宮地から話を振ってきた。「そういえば中学までは僕って言ってたよね」

「まあな。なんだったかな、いつの間にかみんな俺って言い始めたんだよね」

「そう」じっと僕の目をみてくる。「白河君は、昔の方がよかったよ」

 え、うそぉ。思わず頬が緩んでしまう。なんだコイツ俺のこと好きなのかなと勘違いしてしまいそうになる。ダメです、私には心に決めた人が。

「あんたってさ、みやびのこと、好きなの?」

 新発売。シュワッとすっきり爽やかな「チェリオ トルネード」がおいしくなって新登場!

 新作チェリオが白河の口から虹を描き出した。

「どういうところが好きなの?」答えないでいると宮地は質問を重ねてきた。

 どういうところ?? なぜ俺はみやびが好きなんだ。いや、好きなのか。好きなのは確定でいいのか。言っていいのか。それを聞いてどうするんだ。

 いや、なんだよ。良いだろ別に。

「お前こそ長縄とはどうなんだよ」

 コイツは首を傾げた。「私たちはそんなんじゃないよ」

「長縄はすごい奴だ。すごく友情に篤いやつだよ。もし俺が悪いことをしたら、ちゃんとコラッて怒ってくれるんだ」

 そうだな。するならこの話がいい。

「中一のとき花壇に石が投げられてるって話で怒られたの覚えてる? 上坂と宮地はクラス違ったけど、あれやったのうちの組なんだ。男子がサッカーで女子が、なんだバドミントンだった時かな。とにかく男子だけがグラウンドのとき。体育の終わりにみんなで、つっても何人か。楽しいんだな、ああいう、悪~いことするの。誰だったか忘れたけど、前歩いてるやつも、投げたんだよ。だから、俺もって。花壇に石をなげいれようとした。したら、あいつ、長縄な。長縄が、俺の手をつかんだんだ。よしなよって」

「話、そらさないでよ」宮地が、缶をベコッと鳴らした。「長縄のことなんてどうでもいいよ」

「いや」まねしてペットボトルと握ってみたが音はならなかった「関係あるんだよ。みんなが花壇に捨てちゃった石をな、拾ったんだ」

「誰が」

「俺が」思い出しても気恥ずかしい。みんなの前ではできなかった偽善。善などかけらもなかった。「放課後にこっそり。いやウソついた。」

「さっきから何の話してるの」

 まあ聞けって。

「こっそりってのがウソなんだ。帰り道、花壇の前通るだろ、校門のとこにあるんだから。人目があるところで、ぶっちゃけ女子が見てるとこで花壇の石を拾った。そいつが、みやびだった。たまたま」

 はあ、と。ため息ともつかない相槌を打った。

「あいつ、褒めちぎったんだ、俺のこと。良いことをすると、良いことがあるんだなって知ったんだ。これがまた可愛いじゃん、上坂。ああ、コイツに褒められるようなことしたいなって、どっかで思ったんだよね。そのあとだよ、長縄と宮地と上坂がみんな小学校同じって知ったの。一緒に帰ったり遊んだりするようになった。コイツに褒められたいって気持ちが、好きって気持ちなんじゃないかって思うね」

 ちなみに、みやびが気になるって言ったら、長縄は、よしなよって言っていた。これは宮地には言わなくていいだろう。あいつらは、仲が良すぎる。

「ふうん、良い子ね」

「そうだろう。俺はいい子だ」

「いえ、みやびが」

 そうかよ。ペットボトルに口をつけても、もとから弱い炭酸が抜けて甘ったるい。

 

 次に沈黙を破ったのは宮地だった。そろそろバスが来るかというときだ。

「ねえ、委員会終わったころかもよ。電話かけてみたら?」

なんでだよ。

「いいからさ」

「だったらお前代わる必要なかったってなっちゃうだろ」

「いいから」

 電話を掛けた。本当は嫌がる理由がない。好きな子に電話を掛けられるというのだから。

『もしもし? どうしたの?』1コールで出た。

「あのさ、まだ学校いる? タッチの差で1時間前のバス逃がしちゃってさ」

『それはそれは、かわいそうに』

「実は宮地も一緒なんだ。みやびもせっかく美化委員変わってやったのにな、意味ないぜ。で、もう花壇整備終わった? 良ければ一緒に帰らない?」

『うーん』

『実はまだ終わりそうにないの』

「そっか」そりゃ残念。

『だから先に帰っててね』

「残念だな。なんだったら、もう一本バス待ってもいいけど?」

『ううん。あーちゃんにも、そう伝えて。……そう言ったら、わかってくれるから』

「うん、ああ、わかった」

 聞こえているとは思うが。請け負っておくのが自然か。

「じゃあ、また、週明け。学校で」

『うん。月曜日に、えっと』

 白河は切ろうとした。

『あー』しかしなにか言いかけている。うまい言葉が見つからないという様子だ。

「どうかした?」

『ううん、切るのもったいなくなっちゃった』

「そうだな。ああ今日、花壇のコスモスきれいに咲いたな。アレ今年初のやつだろ。きっとコスモスのやつも開くや否や上坂に手入れされて喜んでるぜ」

『……私、白河のそういうところ、嫌いじゃなかったです』

 ポロン。電話が切れた。わけがわからない。唐突過ぎる。

 消化しきれない気持ちのまま、バスに乗った。

「ごめんね」灯はなぜか謝った。コイツは、こいつなりにくっつけてくれようと思っているのかもしれない。

「いや、こっちこそごめん。えっと、先に帰ってて、だってさ」

「聞いてたよ。いや、……うん」宮地は窓側のくせにすっかりうつむいてしまった。

「おい、外見てみろよ。真っ赤で綺麗だぜ」

 バスの窓から、川縁かわべり一面に彼岸花ひがんばなとコスモスが競うように咲いているのが見えた。本当にきれいだった。

 今日は一日そんな日だった。

FIN


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