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婬櫃 -the casket  作者: あーてぃ
1日目
1/9

Day 1

 合成皮革の焦げる臭い。そして車内に漂う血臭――

 「ハッ ハッ ハッ」 全力疾走じみた荒い息が喉から無限に漏れる。


 ”どうして!?……”

 今になって、突き出されたままの両腕がガタガタと震えだした。

 

 ”こんな拳銃モノ撃った事すら無かったのに!”

 発砲の事実を認めた途端、霞がかった視界がようやく像を結ぶ。


 血が点々と跳んだダッシュボードにハンドル。

 運転席側のドアは大きく開き、座面シートの上には血溜まりだけが残されている。


 「警報音カナリヤが鳴ってる……」


 汚染大気の存在を知らせるN・B・C(放射能・生物・化学)警報器が鳴り響く中、後部座席からハスキー気味の小声が届いた。


 私は首振り人形(ボビンヘッド)の様に無我夢中で頷き、シートベルトを振り払って助手席から精一杯身体を伸ばす。

 

 ”熱ッ” 発砲直後の空薬莢が掌にくい込む感触。

 両腕を滑らせる妙にヌルッとした液体。

 ソレらに構う余裕もないまま、抵弾素材ライナーで内張りされた無骨なドアを力任せに引き寄せる。

 

 バタン。重量物(ドア)密閉材(ゴム)との衝突音。

 数秒開けてプシュという圧搾空気音。

 車内与圧が復活したらしく警報音が徐々に小さくなっていく。

 

 「正当防衛(レジティメト)だよ。あのままじゃ、きっと酷い目に合ってた」


 「……そうね、その通りよ……」


 息も絶え絶えで後部座席にそう返すが、ドアの下部からチラリと覗いた男性の末路 ――むき出しの太腿と脱ぎかけのパンツ……そして苦悶の表情―― が脳裏から離れない。


 私は目を瞑ったまま深々と座席にもたれる。利き手にはズッシリと重たい凶器(拳銃)が握られたままだ。


 「本当に連れて逃げてくれるの?」


 耳朶を震わせたのは、至近距離からの囁き声。

 纏まらない思考を放り投げて目を見開けば、年端も行かぬ少年が身を乗り出して私を凝視している。


 ――整った貌立ちの中でも特に印象的な、深く濃い茶色(ダークブラウン)の瞳。

 その縋るような眼差しが、際限なく湧き上がる罪悪感を有耶無耶にしてしまう。


 ”そうよ今更だわ! 私は()()()()()()()と決めたのよ!”


 今朝クリーニングから帰ってきたばかりの白衣を脱ぎ捨て、車内に跳び散った血液を乱暴に拭い取る。

 普段、自律走行車オートモビルに乗る機会すら滅多に無いが、この状況では言い訳にもならない。低身長ゆえの視界の低さに閉口しながら運転席に収まった私は、怪しげな知識頼みで足板(ペダル)にパンプスを載せる。アクセルかブレーキかの確率は1/2(多分)。


 「シートベルトだけはシッカリしといて!」


 そう振り返って叫んだ直後、e-HMMWV(ハンヴィー)の名で知られる大型軍用ジープが電気駆動独特のモーター音を奏でながら悪路を走り出した。



 私と()、二人きりの逃避行が始まった――。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 緊迫感とスピード感を落とさないまま的確に伝えてくる情報量が素晴らしかったです。 従来のハンビーではなく、頭に《e》の電動モーター仕様であることから漂う『未来感』が好き(*゜∀゜)=3 [一…
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