回復魔法と異世界の煮込み料理-2
「すみませんー!」
店員を呼んで料理と酒を注文する。
注文をする時に酒を冷やすバイトも出来るか尋ねたが、今日はもう氷魔法の使い手が来てくれているのだそうだ。
回復魔法で金稼いで来てて良かったな!危うく無銭飲食になるところだったぜ……
俺は内心ホッしながら、体の持ち主のおじさんが食べきってしまった皿やコップを横に避け、頬杖をついて調理場の様子を眺め始めた。
大きな、本当にかなり大きな寸胴に、濃いブラウンのスープが入っているようだ。
あれが煮込みだろうか?
大きな大きなおたまですくい上げられたスープの中には拳ほどはありそうなサイズの肉塊がゴロゴロと入っていた。
うぉぉぉ!!美味そうー!!
この世界の料理はどれも豪快だな、肉の塊のサイズがすげぇデカい!いや、かなり嬉しいんだけどな!
俺の分かな?と眺めていると、木の深い皿に入れられたその煮込みは、小さい樽に入った冷えたエールと共に目の前まで運ばれてきた。
「お待たせしましたー!」
「ありがとうこざいます!」
きたきたきたきたー!!!
テンション高めに店員にお礼を伝えると、おじさんが食べ終わった皿を渡して、早速いただきます!と、煮込みの肉にフォークを当てる。
(ふにゃっ)……え、柔らかっ!
フォークで刺した肉は、なんの抵抗も無くスっと刺さりカツンッと皿まで到達すると、拳程もある大きな肉はふにゃっと2つに割れた。
すっげぇ!すげぇ!めちゃくちゃ柔けぇ!!
尚更楽しみになり、フォークからスプーンに持ち替えると、割れた片方の肉をそおっとすくい上げ、大きな口を開けて頬張った。
ハフハフと、しっかり煮込まれ熱々の肉に空気を送り込んで冷ます。
すると口いっぱいに広がる芳醇なワインの香りと刺激的なスパイスの香り、それから甘い肉の脂の香り。
いい香りを感じつつ、肉に歯を立てると、歯も必要ないほど柔らかくに煮込まれた肉塊は舌に触れると繊維に沿ってホロホロと解けていく。
解けた繊維一つ一つから肉の旨み、肉の甘い脂が口いっぱいに広がり、ワインやスパイスと一体となり、舌全体を包み込んだかと思うと、口の中から消えていった。
「う……うっめぇえええええええ!!!」と満面の笑みだ。
マジで美味ぇ!噂以上に最高だ!
前世で食ってた牛肉も美味かったが、牛の魔物の肉も最高だ。
なんせ旨みが強いのなんのって、一口でも大満足できそうな程の美味みだ。
確か魔物はブラウンホーンブルって名前の魔物だったな。
地球の牛の3倍~5倍程はあるほどデカい牛の魔物だと聞いた。
魔物なのに基本的には草食で一日ですごい量の草を食べるのだとか。
しかし草食だが、肉食獣相手でも、相手を吹き飛ばすほどの怪力の持ち主で、ホーンブルと名前にも入っているこの2つの角の威力がそれはそれは強烈らしい。
その生命力がこの肉にも反映されてるんだな、美味すぎるわ!ブラウンホーンブル!!
その肉が赤ワインベースになんのスパイスだろうな?それと魚醤も入ってるのか?それとも塩か?肉の味を最大限に引き立たせるような見事な味付けで、とにかく最高だった。
さらにここに美味いエールを……
ぷはぁ!美味い!幸せだわ!……だが少し冷やし方が足りないな……
そう思ったのは俺だけでは無かったようだ。
俺からは少し離れた席に座っていた男が、冷やし方が足りねぇと怒っている。
あの男はキンキンに冷えたエールを飲んだことがあるのだろう。
記憶には無いがもしかしたら俺がこれ以上ないくらい完璧に冷やしたエールを飲んだ内の1人の可能性もあるな。
また氷魔法使いが冷やし直すんだろうと思っていると、なんだか揉め始めた。
冷やすのに金を請求されたようだ。
さっき払っただろうと言う冒険者風の客、もっと冷やして欲しいなら追加で金を払えと言う氷魔法使いの男。
ちゃんと冷やしてなかったお前が悪いんだろう!と文句を言う冒険者風の客。
充分冷やしていただろうと反論する氷魔法使いの男。
おお……あんな事で口論になるんて、日本じゃ考えられないな……
日本だったら、氷魔法使いの方がささっと冷やし直して解決だ。
たが、ここは日本ではなく、地球でもない異世界だ。なかなか血の気が多い奴が多いのかもしれないな……
なんて考えている間にも、口論はどんどんヒートアップしていっている。
誰か止めないのか?と少し不安に思いながら見ていると、口だけでなく、手が出てしまった。
冒険者風の男が文句を言うと共に、ドンと氷魔法使いの男の肩を押したのだ。
それを皮切りに、取っ組み合いの喧嘩になってしまった。
ひぇぇ……マジかよ……
周りの客も、冒険者風の男の仲間もオロオロするばかり。
店員も、どうやって止めようかと困惑顔だ。
先程から、もう止めろよ、落ち着けって!と声はかけられているが、男2人は聞く耳を持たないのだ。
聞こえているのかいないのか、喧嘩はますますヒートアップして、ついに武器の剣を抜いてしまった。
ギョッとする他の客達。もちろん俺もだ。
睨み合う冒険者風の男と氷魔法使いの男。
そんなに広くない店内で剣を構え、氷魔法使いに向かって剣を振り下ろした。
氷魔法使いはサッとその剣を避けたが、僅かに腕をかすり顔を顰めると、冒険者風の男に向かって氷魔法を放った。
先の尖った複数の氷の礫は、飯を食うのに防具を外してしまっていた冒険者風の男の身体に無数に突き刺さった。
胸や腹、腕辺りに集中して刺さった氷の礫の周りからじわりと滲み出した血に、俺はヒュっと息を飲んだ。
「てめぇ!!」とキレている冒険者風の男と、さすがにやり過ぎたと思ったのか、しまったという顔で少し戸惑っている氷魔法使いの男。
俺は咄嗟に2人に向かって走り出した。
やばい、これはやばい、これ以上ほっとくと死人が出かねない!
「ちょ、もうその辺で止めろ!」
周りの客も、店員も、その様子に驚いて動けなくなっている。
なんで俺がこんな事……と思いはしたが、仕方ない。
「はぁ?!誰だよ、おっさん!」
「ほら、怪我も治してやるから、な!」
と、冒険者風の男に回復魔法をかける。
ふわっと温かく心地よい光に包まれ、冒険者風の男は少し落ち着きを取り戻したようだ。
痛い所は無いかと聞くと、大丈夫そうだった。
続いて、氷魔法使いの方の傷も治すと、氷魔法使いの男も冷静になり、やり過ぎて悪かったと俺に謝ってきた。
俺に謝られてもな……と思い
「さぁ、お互いに謝って、コレでもう、喧嘩は止めてくれ!」
そう伝えると、氷魔法使いは素直に冒険者風の男に謝るが、冒険者風の男の方は、でも……と聞き分けが悪い。
「はぁ……酒は俺が冷やしてやるから、ほら謝ってさっさと席に戻るぞ!」
そう強引に謝らせると、男の仲間達が心配そうに見ている席の方へ引っ張って行った。
「あんたの酒はどれだ?」
「ん……」
まだ1口しか口のつけられていない、並々とエールが入ったコップを差し出され、受け取ると俺がベストだと思う温度までしっかり冷やして渡した。
こんなおっさんに酒を冷やせるのかよという顔で見ていた冒険者風の男はかなり驚いている。
エールを受け取ると、そっと口をつけて1口。
ゴクッと飲むと、目をカッと見開いて、ゴッゴッゴッゴッッと嚥下音が聞こえるほどの勢でエールを飲み、ドンッとコップをテーブルに置くと、ぷはぁ!といい顔で息を吐いた。
そして、
「うっめぇぇぇぇええええ!!!これだこれだ!あ"ーーー、最っ高だぜぇぇぇ!!」
と、ご満悦の表情だ。
ふふふ、そうだろ!そうだろ!!1番エールの香りも感じられつつ、喉越しが最高の状態に冷やしたからな!
と、いい笑顔につられて、口元がにやける俺。
「おっさん、悪かったな……その……ありがとな」
冒険者風の男は、怒りもすっかり収まったようで、少し気まずそうな顔で俺に声をかけてきた。
「うん、落ち着いたならよかった、もう食い物屋の中で喧嘩するんじゃないぞ!」
「ああ」
その様子を見て、氷魔法使いが話しかけてきた。
どうやらどのくらい冷やしたら良いかを尋ねたかったようだ。
俺は1番最高の状態の温度を、氷魔法使いの男に伝授するのだった。
しばらく店内の客達の酒を練習台にさせてもらいながら教え、おかわりをした先程の冒険者風の男の所に戻ってくると、
「なぁ、あんた、串屋にいた兄ちゃんか?」と尋ねられた。
は?!嘘だろ?気づかれるわけないと思ってたのに、まさかバレたのか?!
「な、なな何を言ってんだ?ハハハ」と、笑って誤魔化す俺。
「……だ、だよな、そんなわけねぇよな!悪かった、変なこと言って!」と、苦笑いの冒険者風の男。
「おう……」
と、顔が引き攣るのを必死に抑えて笑顔で返事をするが、心臓はバックバクで冷や汗がダラッダラだった。
まさかこんなに脳筋ぽい男に、核心をつかれるとは思っていなかったな……まぁ勘違いだと思ってくれたようだし、よかったよかった……ふぅ……
氷魔法使いに、酒の最高の冷やし方を伝授し終わると、俺も自分の席に戻って、煮込みの続きを食べ始めるのだった。