4、回復魔法と異世界の煮込み料理-1
「……よし!痛い所は、他に無さそうですか?」
「すげぇ!……ああ、大丈夫そうだ!ありがとな!」
「どういたしまして!」
今日は朝から冒険者ギルドの一角で、怪我人相手に回復魔法をかけているところだ。
体は酔いつぶれて寝ている酔っぱらいの身体を拝借中だ。
朝まで飲み明かしてる人も結構いるみたいで、道で寝こけている人もよく見かける。
今日は冒険者ギルドに来た時に、ギルド内に併設されている飲食店で飲み明かしていた人の身体を貸してもらった。
忙しくしている人の身体を借りるのは気が引けるなと思っていたが、酔いつぶれて寝てるなら身体を借りるのに丁度いい!と、最近は酔いつぶれて寝ている人の身体を借りている。
酔っているのも眠っているのも、俺には大して影響ないみたいだしな。
身体に憑依しても、俺は酔っている感覚にはならないし、眠くもないし、問題なしだ!
それもこれも、こないだセリーヌの怪我を治して思ったんだが、ちょっとした傷なら治せるが、酷い怪我になるとレベルが足りなくて治せなさそうなんだよな。
もしレグルスに身体を貰っても、大怪我をしたらと思うとゾッとする。
なので、怪我とは無縁の霊体の間に、回復魔法の練習をしとこうと思って、頑張っているところだ。
セリーヌはあれから何度か様子を見に行ったが元気そうにしていた。無駄遣いもせずに節約しながら生活しているようだ、本当にしっかりした子だ!
仕事も無茶はせず、少しずつ薬師の技術を学んでいるようだった。
あの様子なら安心だな!
「次の人どうぞ!1000ゴールドです」
「おう、頼むぜ!」
回復魔法をかけた人からは、ちょっとお金も貰っている。
この額でもかなり安いようだ。
治癒士ギルドで治してもらおうと思うと、ちょっとした傷でも1万ゴールドは取られるそうだ。
怪我の度合い、要は使う回復魔法のレベルによって値段も上がっていくのだとか。
それに比べると、初級の回復魔法しか使えないとはいえ、かなり良心的な値段で、冒険者だけでなく一般の人も「今日治療をしてくれている人はいますか?」と訪ねて来るほどの人気だ。
魔法だけ練習するんでも良かったんだが、治す対象があるほうが治療のイメージをしやすいし、効果も確認できる。
それに、俺はお金も貰えて、回復魔法の練習も出来て嬉しいし、怪我をした人は格安で治してもらえるしで、ウィン・ウィンの関係なのだ!
さらに体を借りた酔っぱらいは、飲食代は払ってから身体を返しているという、誰も損をしない完璧な作戦だ!
ただ、毎回違う身体を借りているせいで、妖精の仕業か?みたいな噂が出てるんだよな……
まぁ、悪いことはしてないから、討伐対象に指定されるなんてことはないと思うが……
まぁ、もし討伐対象になったとしても姿は見えないし、俺に触れる人はいないから平気だろうけどな!
……いや、体を借りている人には迷惑がかかるか……?んー、まぁ、今の所は特に問題も起きて無いし大丈夫そうなので、何かあったら考えるかな。
最近はこの調子でせっせと働いているので、かなりお金も貯まってきた。
金はいくらあっても困ることは無いし、霊体のままじゃ触れないが次元収納に入れることはできるからな!無くす心配もないし、保管は完璧だ!
治癒士ギルドではなく、冒険者ギルドでこんな事をしているのは、冒険者ギルドの方が怪我人が集まりそうだったからだ。
そう、治癒士ギルドに行く程の怪我じゃ無いけど、痛いから治したいという人をターゲットにしている。
それなら、治癒士ギルドから客が減った、客を取られた等のクレームが来ることも無いかなと思っての事だ。
まぁ、森に攻撃魔法の練習にも行ってたりするので、ずっとここにいる訳じゃないんだけどな!
そうそう、こないだ情報収集した時には気づかなかったが、治癒士ギルドなんてのがあったんだよな。
この世界には神殿があって、そこに使えている人達で成り立つのが治癒士ギルドだそうだ。
治癒士ギルドに入るには回復魔法の適性があるのが条件なんだとか。
回復魔法の適性がある人はほとんど治癒士ギルドに所属する。
だから、怪我や病気になるとみんな病院に行くみたいな感覚で神殿に行くんだってさ。
神殿は凄かった、城ほどでは無いがかなり凝った造りの大きな建物だった。
サンタ・エウラリア大聖堂みたいな、屋根の先がツンツンと尖った建物で、かなりの広さだ。
中では神への祈りを捧げる部屋、挙式を執り行う部屋、治療をする部屋等が別れており、毎日多くの人達が足を運んでいるようだ。
この世界の人は祈りに行ったり、治療に行ったりと、目的があって行っているみたいだが、地球なら観光地になっていそうな程の壮観な建物だった。こんな中世っぽい世界であれだけ凝った造りのものが建てられるのは魔法の力も使って建てているからだろうか?壁には彫刻が施されていたりと、とにかく凄かった!いやぁ、語彙力が足りなくて申し訳ない……ハハ……
まぁそんな治癒士ギルドを挑発するような事や敵対するような事はしたくないからな、冒険者ギルドの端っこを借りて、細々と希望者の治療をしてるって訳だ。
いつもは昼過ぎから始めるんだが、今日は、美味い煮込み料理を出す店があるって噂をチラッと聞いたからな、朝からこうやって頑張っている訳だ。
エールやワインを冷やすバイトが出来なかったら、金を貯めとかないと支払いに困るからな。
◇◇◇
街の呑み屋が開き始める夕方の時間。
冒険者ギルドが混み出す前に、治療を早々に切り上げると、噂の煮込み料理の店を探して街中をふわふわ歩いている。
混みだしたら怪我人がひっきりなしに来るからな、途中で抜けられねぇんだよ、そのせいでこないだは大変な目にあったからな……
というわけで、今日は早めの時間に抜けてきたんだ。
確かこっちの方って聞いてたんだけどな……
あー……あちこちからいい匂いがするな、目移りしそうだ。
もう既に酒を出す店も開いており、開け放たれている入口からいい匂いが漏れ出ている店が多い。
いや、ダメダメ!今日は噂に聞いた煮込み料理を食べるんだから!
この世界にも牛に似た魔物がいるらしくてな、今日行く店は、その魔物の肉を煮込んで作る煮込み料理らしいのだ。
久々の牛肉……楽しみでしょうがないぜ!
お!ここかぁ……
店の名前は煮込み料理『肉萬』。すぅーっと息を吸い込むと、店の外にまでいい匂いが立ち込めている。
誰か身体を借りられそうな人がいればいいけど……と、店内に入っていく。
まだ少し時間が早いかな?とも思ったが、場所が分からずウロウロと迷っていたせいで、店内はもうかなり満員状態だ。
こんな早い時間から、いっぱいになるなんて、やっぱ噂通りの人気店なんだな……
キョロキョロと店内を見回しながら、そんなことを考えていると、奥のカウンター席に、もう既にだいぶ出来上がっているおじさんが居た。
あそこのカウンター席なら、調理している所も見えるし、席も最高だな!
目の前で料理をしてくれるのが見えるライブ感はめちゃくちゃ好きだ。
作っている所を見て楽しみながら、美味い飯と美味い酒を楽しむ……うん!最高すぎだろ!
よし、あのおじさんにしよう!
ふわふわと歩いておじさんの所まで行くと、すうっと体の中に入っていった。
……うん!上手く入れたな!よし、早速注文だ!!