異世界の女の子と異世界の揚げ物-2
さて、晩飯を食べに行こうとしている人は……えぇ?!
誰の後を着いていこうかとキョロキョロしながら歩いていると、先程の女の子がガラの悪い男に絡まれている。
近づいて行くと、薬師ギルドから出てくるところを見られていたようで金を出せと脅されているようだ。
人の往来がある道で堂々とこんな事をするなんて……
誰かが衛兵を呼んでくる!と走って行ったが、直接止めに入れる戦闘職の人や、勇気ある人はいないようだ。
少し遠目にハラハラした面持ちで見守っている人がほとんどだ。
そんな人垣から顔を出した1人のおばさんが、声を上げた。
「マリーヌ?!な、なんてこと!」と、顔を真っ青にしている。
近くにいた人の体を一瞬だけ拝借してそのおばさんに知り合いかと尋ねると、あの女の子マリーヌは両親を亡くして、弟の面倒を見ながら生活している子なのだとか、おばさんは近所に住んでいてよく話す間柄らしい。
弟の面倒も見ないといけないから、魔物も出る森にまで出かけたんだな……めっちゃいい子じゃねぇか!
よし、俺に任せとけ!
俺はマリーヌとガラの悪い男の方へとふわふわ歩いていく。
近づくと、マリーヌは腕を捕まれ、それから逃げようと暴れている。
だが、ガラの悪い男は声を荒らげ、金をせびっているようだ。
俺はすーっと後ろから近づき、男の体に憑依した。
「大丈夫か?」
「……へ?」
急に変わったガラの悪い男の態度に、マリーヌは理解が追いつかないという表情でポカンと俺を、いや、男を見ている。
掴んでいた手首を見ると、赤くなっており、少し内出血したように赤くなっている場所もあった。
俺はそこをそっと両手で包むと、治癒魔法を使った。
ふわっと温かい優しい光に包まれると赤くなっていた手首はキメの細かい綺麗な肌に戻っていた。
「よし、他に痛いところは?」
「え……と、大丈夫、です……」
「うん、なら早く行きなさい」
「は、はい!」
パタパタとかけて行くセリーヌを見送っていると、衛兵が到着したようだ。
俺は衛兵の前まで行くと、体からスっと抜け出した。
ガラの悪い男は、ハッと気がつくと女の子はいなくなっており、代わりに目の前に衛兵がいることに理解が追いつかない様子で、驚き慌て顔を青くしている。
だが、周りにいる人に女の子から金を取ろうとしていた所はバッチリ見られているので、言い訳をしても聞き入れて貰えず連行されていった。
ざまぁみろ!
ニヤニヤしながら満足気に衛兵にしょっぴかれて行く男を見送ると、なんだか心配になりセリーヌの様子を見に行くことにした。
セリーヌはまっすぐ家まで走って帰ったようだ。
少し入り組んだ路地を抜けた先の家に住んでいるようだ。
え?なんでわかったかって?
俺はべつに道を通らなくても壁も有って無いようなもんだからな。セリーヌが走っていった方角の家を順番に覗いて行ったんだ。
は?不法侵入だって?大丈夫、ラッキースケベは無かったしセーフだ!
まぁ、そういう訳で、セリーヌの家を見つけた訳よ!
家に帰ると、パンやスープをテーブルに準備してまだ小さい弟とご飯を食べようとしている所のようだ。
弟は少し年が離れているようで、10代前半程のように見える。
仲はかなり良いようで、セリーヌが今日あったことを話しながら笑いあっている。
こういう中睦まじい姉弟ってのはいいよな、俺は一人っ子だったから兄弟がいるのには憧れるぜ!
だが、晩飯がかなり少ない。大人の拳程の大きさの黒いパンと味の薄そうなスープだけだ。
肉や野菜も成長期の子供には必要だろうに……
しばらくそのまま様子を見ていたが、夕食を食べ終わると、濡らしたタオルで体を拭き、そのまま眠りにつくようだ。
この世界の人は日の出と共に起き、日の入りと共に休む人が殆どなので、セリーヌも早起きをする為に早く寝ているのだろう。
それなら、今日はこの子の体を借りようかな!
まだかなり早い時間だがもう寝入ってしまったようだ。すぅすぅと寝息を立て始めると、俺はセリーヌの体に憑依した。
細く、軽い体だ。腹を触るが肋が浮き出してそうな触り心地だ。
今日は俺が代わりに、肉をしっかり食って来てやるからな!!
◇◇◇
さて、今日は何を食べようかな?
酒を冷やすバイトをさせてくれる店じゃないと、支払いが出来ないんだよな……
どこの店が良さそうかな?とキョロキョロしながら飲食店が並ぶ通りを歩いていると、「セリーヌか?」と上から声が降ってきた。
え?っと、声のした方を見ると、デカい熊?!……ではなく、デカい熊のような大男だった。……うん、獣人でもなく普通の人のようだ。
あ、セリーヌが小さいから余計にこの熊男がでかく見えるのか!
「えっと、こんばんは」
「こんな時間にどうしたんだ?」
この熊男、セリーヌと知り合いのようでかなり気安く話しかけてくる。だが、俺はセリーヌではないので、この男の事など知るはずもない。
なんて誤魔化そうかと苦笑いを返して悩んでいると、近くの店から、マスター!と呼ぶ声が響いた。
「おっと、呼ばれているようだ、セリーヌ1人で帰れるかい?」
マスター?って事は、この店の店主か!ちょうどいいや、セリーヌの知り合いでもあるようだし、信頼できるだろう!
「あの、熊……じゃなくて、マスター」
危ねぇ!熊男と心の中で呼んでいたのがそのまま出るところだったぜ!
「ん?どうした?」
「今日だけ、お酒を冷やす仕事をさせて貰えませんか?」
「え……えぇ?!セリーヌがか?!」
マスターはかなり驚いていたが、何度も頼むと了承してくれた。
マスターについて店内に入る。
お店の名前は肉揚げ処『すず屋』。
肉の揚げ物のお店のようだ。
どうやって揚げるのかと厨房をちらりと見ると、素揚げのようだ。
素揚げかぁ!まぁそれも美味いけど、何か付けて揚げたいよな……
そんなことを考えつつも、なかなかに混雑している店内の、エールやワインが置いてある場所に案内された。
マスターは、先程マスターを呼んでいた店員の女性に、あの子が酒を冷やしてくれるから希望を聞いてくれと伝えてくれている。
店員の女性はこちらを見ると、ニカッと笑いかけてくれた。
なかなか溌剌とした雰囲気の可愛い子だ。
傍にあった椅子に座って注文が来るのを待っていると、「エール冷えた方2」と頼まれたのを皮切りに、次々と冷えたエール、冷えたワインの注文が来る。
冷えたワインも冷えたエールも、カラッと上がった肉や魚にはピッタリだろう。
店内から「うめぇ!」「やべぇ!」「合う!合いすぎる!」と声が響いている。
そうだろ!そうだろ!
冷えた芳醇な味わいのエールを飲んで、カラッと上がったあの肉を齧る!すかさずそこにまた冷えたエール!
サクッとした肉の中からジューシーな肉汁が溢れ、口の中が熱く、ハフハフとなっている所に冷えたエールを流し込む……あぁ、最高だろうな……
今日はセリーヌの体なので酒は飲めないのが残念だなと思いつつ、みんなの嬉しそうな楽しそうな賑やかな声を聞きつつ、次から次へとエールとワインを冷やしていくのだった。