異世界の街と異世界の串焼き-3
「うっめぇぇぇええ!!」
「何だこれ!美味い!美味すぎる!」
「冷やすとこんなに違うのか!マジでうめぇ!!」
3人のエールを冷やして渡すと、恐る恐る口をつけていたが、1口飲んだ後はカッと目を見開いてゴクゴクと半分以上残っていたエールを一気に飲み干してしまった。
ぷはぁと言いながらドンとテーブルにジョッキを置くと、幸せそうな顔で叫んでいる。
そうだろ、そうだろ!
3人の様子に満足気にうんうんと頷いていると、3人はエールのおかわりを注文した後、俺に詰め寄ってきた。
あのエールはなんなんだ?お前いつの間に魔法が使えるようになったんだ?と、次から次から質問を浴びせかけられ、俺は内心やっちまった……と焦りつつ、なんて返そうかと苦笑いで悩んでいると、お待たせしましたー!と元気な声と共におかわりのエールが届いた。
待ってましたと受け取る3人。
3人はエールを受け取るとすぐに俺の方へそのエールを差し出してきた。
「これも冷やしてくれ!」と、声を揃えた3人はいい笑顔だ。
俺はエールを受け取りながら、冷やす代わりにもうゴチャゴチャ聞くなよと伝えるが、それとこれとは別だと言う3人。
「……ごちゃごちゃ言うならもう冷やさないぞ?」
エールを冷やそうとした手を止め、顔を顰めてエールをつき返そうとすると、3人は焦った様子で、わかった!わかった!もう聞かねぇから!早く冷やしてくれ!もうあの冷えたエールの味を知っちまったら、温いのじゃ満足出来ねぇ!と即座に前言撤回した。単純な奴らだ……
3人のおかわりしたエールも冷やして渡すと、美味い!美味い!とデカい声で言いながら飲むので、周りにいた他の客達にかなり注目されている。
その内の1人が恐る恐る声をかけてきた。
「な、なぁ、話が聞こえちまったんだが、エールを冷やして飲んでんのか?それは美味いのか?」
「めっちゃくちゃ美味いぜ!!」
俺が返事をする前に、仲間の1人がデカい声でニカッと笑い返事をしたせいで、俺のも冷やしてくれ!俺のも頼む!と、周りの席からエールを持った客達が集まってきてしまった。
冷やすのは全然構わないんだが、これは俺の体ではない。
という事は、今日は良いが、明日以降はこの借りている体の男が色々言われることになってしまう……それはこの体の持ち主が困るのでは……?
黙ったまま悩んでいると、寄ってきた人の1人が、いくら払えば冷やしてもらえるんだ?と尋ねてきた。
「へ?!」
日本では普通に冷やして提供されていたビール。なので冷やす代わりにお金を貰うという発想が俺にはなかった。エールを冷やすだけでお金を取れるのか?!と驚きだ。
だが、他の人は、魔法をつかってもらうのだから、これくらいの額はどうだ?と口々に金額を提示してきた。
えっと……と戸惑っていると、客同士で話し合い、100ゴールドではどうだと勝手に金額まで決めてしまったようだ。
エールは1杯500ゴールド。日本円で言うと500円程の価値のようだ。
「……そこまで言うなら」と引き受けることにした。
もう既にやらかしちまってるし、後日あれこれ言われるのは今更変わらないだろう。それに、借りた体の持ち主に、しこたま食べた料理とエール代を返すのに丁度いいと思ったからだ。食べた記憶もないのに腹だけ膨れているというのも味気ないだろう。まぁ、俺が我慢出来ず体を拝借しているせいなのだが……ハハ……なら返せる範囲だけでも金を返しておくのがいいかと思ったのだ。
みんなはエールと100ゴールドを持って俺の前に並び始めた。
並んだ人のエールを冷やして渡していくと、冷やしたエールを飲んだ人から、うめぇええ!何だこれは!美味すぎる!冷やしただけでこんなに味わいが変わるなど信じられん!とあちこちで絶賛の声が上がる。
こんなに喜んで貰えるなら、引き受けた甲斐もあるというものだ。
中にはエールではなく、ワインを飲んでいる人もおり、みんなが美味い美味いと声を上げるので、ワインも冷やして見てほしいと頼まれたりもした。でも赤ワインの温度は冷やしすぎない方が良かったのではなかったか?
そう伝えてみるが、ワインを持ってきた男はどうしても試してみたいのだと言うので仕方なく引き受けた。
エールよりは少し高めの12℃~15℃くらいにして渡してみると、「うめぇぇぇええ!!美味すぎる!これは同じワインか?!」と叫んでいる。
どうやら上手くいったようだ。
それを見てワインを飲んでいた客達も100ゴールドを持って俺の前に並び始めた。
その様子に頬を引き攣らせながらも笑顔を作るが、1度引き受けてしまったものは仕方が無いと、並んでいる人の酒をひたすら冷やしていくのだった。
テーブルの上に100ゴールドのコインである大銅貨が山になった頃には、みんなかなりの量の酒を飲み酔いつぶれている人がほとんどだった。
あ、ちなみに貨幣価値はこんな感じだ。
光金貨=1000万ゴールド=1000万円
大金貨=100万ゴールド=100万円
金貨=10万ゴールド=10万円
大銀貨=1万ゴールド=1万円
銀貨=1000ゴールド=1000円
大銅貨=100ゴールド=100円
銅貨=10ゴールド=10円
鉄貨=1ゴールド=1円
紙幣はなく全部硬貨だからか、1000万円の価値の硬貨まで存在するらしい。確かに紙より重いコインで大金を運ぼうと思うと大変だもんな……
まぁ金貨でさえ一般の人が使うことはほぼ無いみたいだがな。
金貨より上のコインは大きな額の商取引なんかで使われるらしいから、街中で一般的に使われるのはせいぜい大銀貨位までのようだ。
ふぅ、やっと酒を冷やす仕事が終わったな。
さて、まだまだ食べ足りないから追加注文しちゃうぜ!
俺は店員の女の子にブラウンクックとオークの串焼きを追加で頼むと、みんなの酒を冷やしていた間に温くなってしまった自分のエールを冷やし直して口に運んだ。
体を借りている男の仲間も酔いつぶれて机に突っ伏して寝ている。
美味い!美味い!ってテンション高く、すごい勢いで飲んでたからな……
気持ちよさそうにヨダレを垂らして寝ている男達をぼんやり眺めていると頼んだ串焼きが届いた。
「お兄さんのおかげで、今日はいつもより沢山売れたので大将からサービスです!」
そう言って机に置かれた串焼きは頼んだ物の倍の量がさらに盛られていた。
「え、いいのか!?」
嬉しそうに大将な方を見ると、こちらを見て笑っていた。
俺は大きな声でありがとうございます!と声をかけて串焼きに齧り付いた。
だが、こんなに沢山の肉、塩味だけでは味気ない。
少し味変したいところだ。
もうほとんどの客は酔いつぶれており、注文もされていないようなので少しくらい大丈夫だろうと、串を2本食べた俺は、残りの肉が乗った皿とエールを持って、厨房の方へ歩いていく。
すると、それに気づいた大将が、どうしたのかと尋ねてきた。
そこで俺は塩以外の調味料は無いのかと尋ねてみる。
「え、他の調味料か?」
大将は厨房の中をゴソゴソと探してくれると、胡椒と唐辛子は出てきたようだ。
普段串は塩のみで焼く事ばかりで、他の調味料はほとんど使わないようで、これしかねぇが……と渡された。
粒のままだがしっかり乾燥されている胡椒と、こちらも乾燥されている唐辛子。
「大将ナイス!」
すり鉢を借りて、俺はその二種類を別々にすり潰し始めた。
すり潰し終わると、まずは胡椒を、パラパラとかけてガブリと1口。
もぐもぐと少し咀嚼して、そこに冷えたエールをグビり。
「うっめぇぇぇええ!ピリッと口の中を刺激する胡椒が塩だけでも美味かった肉の味をさらに引き出して、マジうめぇ!あー、最高だ!」
俺が感想を漏らして、串を食べていると、大将がそれをかけるとそんなに美味いのか?と尋ねて来たので、胡椒を少しかけて、食ってみろよ!と言いたげな顔で渡してみた。
大将は訝しげな顔で、肉を受け取るとガブリと齧り付いた。
1口齧ると、カッと目を見開いて、うめぇ!え?何でだ?ちょっとそれをかけただけで、こんなに味が変わるのか?!と驚いている。
よく話を聞いてみると、この世界の魔物の肉は美味い。それはもう塩以外の調味料などかけなくても全然問題ない程だ。むしろ余計な味付けをしない方が好まれることの方が多いそうで、何処の店の料理も素材の味を生かすように余計な味付けはされないことがほとんどだそう。
胡椒も不味い肉の臭み消し等に使われる事はあっても、美味い肉に、しかも後からかけるような使い方はされないそうだ。
こんな使い方をしたのは始めてだ。しかもこんなに美味くなるなんて!と大将は驚いていた。
ついでとばかりに、今度は唐辛子の方もかけて渡してみた。もちろん俺も食べる。
んー!こっちもうめぇ!ピリッとするこの辛味が美味い肉を引き締めてさらに美味くしてくれている。大将も同じ事を思ったのか目を見開いて肉を凝視していた。
そして俺に尋ねてきた。
「こ、こ、こ、この味付けを店で出してもいいか?」
「もちろん、どうぞどうぞ!」
美味いもんが食べられるようになるのは大歓迎な俺は、二つ返事で了承し、残りの肉とエールを堪能するのだった。
「はぁ〜美味かった〜!もう大満足だ!ご馳走様でした!」
体を借りていた男と、その仲間の4人分の会計をするが、客に貰っていた硬貨の方が多かったようだ。
調味料があまり使われていない世界のようなので、味変用に調味料を買うのに貰っておこうと、次元収納に硬貨の残りを入れた。俺が稼いだ金だし、会計を終わらせた残りは貰っておいてもいいだろう!
憑依していた体から抜け出し、男の体は仲間の傍に移動させると、休む場所を探し夜の街にふわふわと歩いていくのだった。