異世界の街と異世界の串焼き-2
「いらっしゃーい」
扉を開けてお店に入ると明るく元気な女性の声が響いた。
お店の名前は肉串の店『串屋』看板に焼き鳥の様な絵が描いてある店だ。日替わりで色々な肉の串焼きを出してくれる店のようだ。
「おーっす!」
その声に気さくに声をかけ、慣れた様子で注文をしながら席に着く3人。
そう、今は3人だ。1人ここに来る前に用事があるとかで別行動を取っている。用事が終わったら合流するらしい。
なので、3人が座った4人がけのテーブル、その余っている1席に座ってのんびり情報収集させてもらうことにした。
お待たせしましたー!と元気な声と共に届いたのはビールだ。
いや、似ているがこの店員の女の人はエールと呼んでいた。
1リットルは入りそうな程の、ジョッキにしては大きな小さい樽に取っ手がついている入れ物が届いた。
これがビールもとい、エール用のジョッキ?デッカイな……
「カンパーイ」とぶつけ合うそのジョッキは、冒険者の屈強な男達が持つとあまり大きく見えないので不思議だ。
「ぷはぁ」
「うめぇ!」
「仕事上がりはこれに限るぜ!」
いい顔で本当に本当に美味そうにエールを飲む男たち。
見ていてヨダレがたれそうだ。
はぁ……俺も身体があったら……
男達が今日の仕事について話しているのを聞きながら、お腹は全く空かないが美味そうなエールが羨ましくて仕方ない。
俺も知っているのだ。仕事をしてクタクタになって帰ってきて飲むビールの美味さを……
そこにお待たせしましたー!と何かの肉が串に刺さった料理が運ばれてきた。
「おー!美味そう!」
「今日は何の肉だ?」
「いい匂いだな!」
「これは、こっちがブラウンクック、こっちがオークだよ」
男達が尋ねると、店員の女の人は元気に答えた。
その説明も待ちきれないとばかりにテーブルに皿が置かれた瞬間に串に手を伸ばす男達。
表面にカリッと香ばしい焼き目のついた、握りこぶしくらいありそうなサイズの肉の塊にハフハフ言いながら食いついた。
「うっめえぇ」
「最高だな!」
「うんうん!」
目の前で本当に本当に美味そうに串焼きを食い、それをエールで流し込み満面の笑みだ。
羨ましすぎる……
そんな3人をガン見していたせいで俺は気づかなかったのだ。
用事で分かれていたもう1人の仲間がやって来た事に。
「次の串だよ!」
店員が追加の皿を持ってきたと同時に、「エール1つ」と店員に言って、用事で別れていた男が俺が座っている席に座った。
そう、俺の上に……と言っても俺の事は見えないし、俺もなにかに触れることも出来ないので重さも感じないハズだった。
が、上に座られたままも嫌なので席を立とうと立ち上がると身体が重い。
「え……?」
急にズシッと身体にかかった重みに驚き、何事だと手や体を見たり動いたりしてみるが、その動いている身体は俺の体ではなく、俺の上に座った男の物だった。
「は?……はぁぁ?!なんじゃこりゃー!」
俺は男の身体に憑依してしまったようだ。驚きのあまり大声で叫ぶと、声は男の体から出ているので周りの人にも聞こえる。
もちろんこの男の仲間達にも。
「ブッ?!」
「ゲホッ、おい!?」
「なんだ、なんだ?急に叫んで!?」
男の仲間は俺の叫び声に驚き、飲んでいたエールを吹き出したり、むせたり、怪訝な顔で声をかけてきたりしている。
だが俺はそれどころでは無い。
やばいやばい!人の体を乗っ取っちまった!と、大慌てだ。
一旦落ち着こうと、椅子に座り深呼吸をする。
男の体から出る、男の体から出る……そうボソボソ呟きながら、男の体から抜け出そうとすると……おぉ!やった!出られた!!良かったぁ〜
ホッと安堵のため息を吐き、体を乗っ取ってしまった男は大丈夫だったかと様子を見る。
仲間にどうしたんだ?急に叫んでと声をかけられている男は、なんの事だ?と不思議そうな顔をしている。
どうやら俺が体を乗っ取って……いや、聞こえが悪いな、憑依して……一緒か……?まぁ、憑依していた間の記憶が無いようだ。
そこに「お待たせしましたー」とエールが男の目の前にドンッと置かれた。
美味そうな酒、美味そうな肉串……そして、憑依出来る体……
ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……
ダメなのは分かってる……
分かってるが……
ッ……ゴクリッ……
「ゴクゴクゴクッ!うっめぇえええ!!」
誘惑に負けました。
俺は再び先程の男に憑依し、男が頼んでいたエールに手をつけてしまったのだ。
今日1日、あちこちの飲食店でお預けをくらった俺はもう我慢の限界だったのだ。こんな事をしてはいけないと分かっていた。34歳といい大人だ、常識もある。だが、だが、我慢が出来なかった。
自分がこんなに意思が弱いとは思いもしなかったぜ、ハハハ……
まぁやっちまったもんはしょうがない!と気持ちを切り替えて、ちょっとの間、体を拝借することにした。
この世界のビールは、エールと名前も違うだけあり、どうやらビールとは若干製造方法が違うようだ。
いつも飲んでいたビールは、喉越しとキレがよくスッキリとした味わいだったのに比べ、このエールという酒は香り高い芳醇な味わいがある。
飲めば飲むほど、麦やホップの味わいの他に、果物のようなフルーティーな香りもしてくる酒だ。
これは美味い!
だが、このエール、かなり温い。いつもキンキンに冷やされていた美味いビールを楽しんでいた身としては、温度が温い事には残念でならない。
……これ、魔法で冷やしたり出来ないのか?
森で少し試していた魔法。初期の魔法しか使えないとはいえ、このエールを冷やすくらいはできるのではないか……?
俺はエールの入った小さい樽を両手で包み込み、氷魔法を使った。
俺の手で覆われている場所からどんどん冷えていく小さい樽。
エールを冷やすのはなかなか難しい。
中まで凍らせてしまっては飲めないので、樽が凍るギリギリを狙って冷やしていく。
このエールはとてもフルーティーな芳醇な香りが素晴らしかった。冷やしすぎるとこの良い香りが感じられなくなってしまうだろう。という事は、中のエールの温度は8℃~10℃くらいがベストだろう。
この調整がなかなか難しかった。
だが、美味いビール、いや、エールを飲む為だ!
細心の注意をはらい、エールを冷やしていく。
「ふぅ」
俺は満足気なため息を吐くと、そっとエールに口をつけた。
ジュワッとした炭酸の刺激と冷たさが口の中に広がり、ふわっと鼻に抜けていくフルーティーな風味豊かな香り……
「うっまぁぁぁい!最高だ!コレよ!コレコレ!」
冷やし方は完璧だ!
1人でそんな事をしていると、仲間3人に、お前今日なんか変だぞ?大丈夫か?と心配そうな顔で声を掛けられた。
大丈夫!大丈夫!とヘラっと苦笑いで返事をするが、内心ドッキドキだ。
やべぇバレたか?いやバレることは無いと思うが……
と、いいタイミングで次の肉串が運ばれてきた。
俺は誤魔化すようにそれに手を伸ばし、1口かじった。
「うっまぁぁぁい!何だこれ!」
「それは、オークのバラ肉ですよ」
「オーク……?」
え、オークってあのオークか?ファンタジー小説の定番、あの豚の魔物のオークか?……いや、ゴブリンに続いてそんなもんまで出てくるのか?いや、名前が同じなだけで違う生き物じゃ……
と思ったが、はい、一緒でした!
二足歩行の豚の魔物、この世界でもそれがオークという名前の魔物のようだ。
オークを始め、この世界では魔物の肉も普通に食べられているようだ。
しかもかなり美味い!
このオーク、味付けは塩だけで焼かれた肉は、噛めば噛むほど溢れる甘い肉汁、肉も柔らかいのに、弾力はしっかりとあり、尚且つ歯切れの良い、高級な豚肉のようだった。
んー!確かにこんなに美味い肉なら、素材の味を生かすために塩だけの味付けなのも納得だ!
本当に美味いわ!
霊体のまま異世界に放り込まれた時はどうなる事かと思ったが、人の体を借りてではあるが、美味い飯が食えるならコレはこれで有りかもしれねぇな!
そう、ご機嫌にオークの肉を口いっぱいに頬張って味わっていると、仲間の1人に声を掛けられた。
「なぁ、アンドレ?お前のコップ何でそんなに濡れてんだ?」
「ん?」
中身を冷やしたから結露している事を話すと、結露の意味が分からないようでみんな困惑気味だった。
それならと、3人のエールも冷やしてあげることにした。