旅の僧侶と異世界のパン屋-3
この国では、王都でパンを作る店を出すには国王の許可がいるそうだ。
城で王族が口にするパンも、同じパン屋で作られるからだ。
王都にあるパン屋は全部で10店舗のみ。
この10店舗で、王都中の人々が食べるパンを全て作り上げている。
商業ギルドのギルドマスターに連れてこられたパン屋は、10店舗ある中でも、全てのパン屋を統括する役目も任されている1番大きなパン屋だった。
パン屋の名前は石窯パン工房『麦の香』。
そこのパン職人を纏めあげるのは、料理長のカールトン・ベイカーだ。
ぽっちゃり体型のおじさんで、かなりの美食家でもある。
カールトンは美味くないパンを何とか美味く出来ないかとパン屋で働き始めたそうだ。
手間ひまをかけて、一般の人が食べる黒い硬いパンよりは柔らかい白いパンを生み出した功績から、パン屋全店舗の統括の役目を賜ったそうだ。
王族や上位貴族の人達はその黒パンより柔らかい、白いパンを食べているそうだ。
いいなぁ……柔らかい白パンかぁ……
あの黒いパンは、マジで石でも齧ったかと思うほどかったいからなぁ……
「それで、そのドライイースト?を見せてもらっても?」
「はい、こちらです」
ドライイーストをドロップした皮袋ごと取り出し、カールトンに渡した。
カールトンは袋の中を覗き、匂いを嗅いで顔を顰めている。
「それで、試してもらう事は出来ますか?」
「……本当に使い方を知っているのだね?」
旅の僧侶が本当にこんなモノの使い方を知っているのかと怪訝な顔をされるが、問題ない!任せておけと、使い方を説明していく。
用意するものは、強力粉、塩、バター、牛乳、砂糖は無いので水飴で代用、それから肝心のドライイーストだ。
それをひとまとまりになるまで捏ねて貰っている間に厨房内を漁り、丁度いいピッタリ蓋が閉まる鉄鍋を見つけた!
今回作ろうとしていたのは型が必要なパン、そう、食パンだ。
四角い型はさすがに無かったので、丸だが、コレで代用しよう!
鉄鍋の内側にバターを塗って、後は生地待ちだ。
カールトンはせっせと生地を捏ね、ひとまとまりにすると、発酵して膨らむのを待つと伝えるとまた怪訝そうな顔をしていた。
それをボウルに入れて、乾かないように濡れ布巾を乗せておくと言うと、さらに顔を顰めていた。
「次は……」
材料や、やり方をメモに書いているカールトンに、次は違うパンの準備もしてもらおうと声をかける。
は?という顔で、そんなに種類があるのか?と驚くカールトン。
あるとも、ありますとも!美味しいパンは幾らでも!
今日はアレンジのし易いパンを幾つか作ってもらうつもりだ!
種類があれば硬い石のような黒パンを出す店も減るだろうという魂胆だ!
次の材料は、強力粉、薄力粉、塩、砂糖、ドライイーストだ。
今回も砂糖は水飴で代用だ。
こちらのパンは、少々値の張る牛乳やバターが入らないのでコストは少し下げられる。
こちらもひとまとまりになるまでカールトンに捏ねていってもらう。
ひとまとまりになるとこちらも発酵して膨らむまで置いておく。
今度はバターや牛乳は入らないんだな……と不思議そうに聞いてくるカールトン。
牛乳やバターが入ると、しっとり柔らかい食感になるのだと伝えるておいた。
だが、今この世界で食べられているパンは石だ。白パンも柔らかいがパサパサしているらしく、しっとり柔らかと聞いてもピンとこないようだ。
そう、今回はしっとり柔らかになる牛乳やバターが入らないので、表面がバリバリッカリカリッとなり、中はモチっとなるバゲットの材料だ。
楽しみにしているがいい!驚く顔が目に浮かぶぜ!ハハハッ
さて、次の材料は……そう言うと、まだ他のものがあるのか?!と驚愕の表情だ。
そうそう、これで最後だ。
材料は、強力粉、塩、牛乳、卵、バター、砂糖の代わりに水飴、ドライイーストだ。
こちらは卵も入るので、しっとり柔らかくフワッとしておりコクもある、バターロールの材料だ。
バターロールの生地は成形段階で色々アレンジができる万能生地だ。
中にクリームを入れればクリームパン、ジャムを入れればジャムパン、ウインナーを入れればウインナーパン、コロッケを入れればコロッケパン、カレーを入れればカレーパンと、だいたいこの生地で出来るという、何にでも使える万能生地だ!
あぁ、楽しみだ。パン生地3つでもかなり驚いていたので、今回は普通のバターロールに仕上げてもらうことにしよう。
という事で、こちらの材料も同じようにひとまとまりになるように捏ねてもらう。
と、そろそろ食パンの生地が膨らんでるんじゃないか?
そろっと、濡れ布巾を避けてみると、丸くまとめた生地が3倍程に膨らんでいた。
それを見て、見学していた商業ギルドマスターのクラレンスも、先程から疑わしそうな顔で生地をせっせと作ってくれていたカールトンも驚愕の表情だ。
その膨らんだ生地にそっと触れたカールトンは、さらに驚きの声を漏らした。
「な、な、なんと、なんという柔らかさだ……この生地の時点でこんなに、こんなに違うなんて……まるで空に浮かぶ雲に触れたかのようだ……」
雲は水蒸気の塊なので触れませんよ……なんて、野暮なことは言いませんよ、俺は!静かに見守っていましたとも。
「何?!私にも触らせてくれ!!」
カールトンの言葉を聞いて、急いで手を洗いそっと触れるクラレンス。
「ふぉぉぉぉ……何だこの柔らかさは……クセになりそうな感触だ!!」と、生地を触って、どこから出たんだ?という声で叫んでいる。
怪訝な顔が驚きと感動の表情になったのを見て俺はドヤ顔だ。
だが、何時までも見ていても終わらないので、次の指示を出す。
指で押して戻ってこないくらいになってれば、中の空気を抜いていくと伝えると、は?!と動きを止めていた。
せっかくこんなに柔らかく膨らんだのに、潰すだと?!と、空気を抜くのは勿体ないと抵抗してくるが、早くしないと乾いてモソモソになってしまうと言うと、顔を顰めながらも手を動かすカールトン。
文句を言いながらも、渋々指示に従ってくれている。
空気を抜き、スクレーパーは無さそうなので包丁で適当なサイズに切り、また丸く丸めて、休ませる。
「えらく手間のかかる物だな……」
今まで作っていたパンより工程がかなり多いと、ボヤいている。
だが、ドライイーストを使うなら、この工程を守ってもらわないといけないのだと伝えておいた。
そうでなければ美味いパンが食べられない。中途半端に不味くされては大変だ。必ず厳守するように念押ししておく。
バゲットの生地も、バターロールの生地も同じようにしていき、終わる頃には食パンの生地が休ませ終わっているので、形成だ。
先程準備していた鉄鍋に、形を整え直して並べていく。
「これでもう焼くのか?」
「もう一度膨らませる!」
「は?!まだ……まだかかるのか……?!」
「そうだ!美味いパンを食べる為には必要な工程だ!」
「ぐっ……仕方ない……」
俺がそういうと若干不服そうな顔をしながらも指示に従ってくれる。美味いパンは食べたいようだ。
バゲットも形成してと、形成のやり方を伝えると、食パンとは全然違うんだなと驚いていた。
そりゃ仕上がりの形が全然違うからな!と思ったが、そういや仕上がりがどんな形か知らないもんな、そんな疑問が出ても仕方ない。
さらにバターロールも形成していき、発酵を待って焼いてもらう。
夏なだけあり、室内の温度も十分に高く、膨らむのもなかなか早かった。
焼きは任せてくれと言っていたが、温度も時間も伝えようがない……そう、この世界には温度計が無いようだ、さらに時計も魔道具しかなくとても高価なのだ。
パン職人の長年の技術とカンで焼き上げてみせるので任せておけと言われてしまえばもう任せるしかない。
発酵に時間がかかる為、失敗されたら辛いが、釜で焼いたことの無い俺がやると確実に失敗する未来しか見えないので、カールトンを信じて任せることにした。
さて、焼いてもらってる間に、アレンジの材料でも準備しとくかな!!
あぁ〜久しぶりの柔らかいパン……楽しみだ!
厨房にある食材の使用許可を貰うと、アレンジ食材の準備を始めるのだった。




