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2.魔法訓練

「シエル起きなさい。朝ごはんよ」


 母の声で目を覚ます。背筋を伸ばしてから布団から出る。


 あれから5年の歳月が流れた。

 俺も立派な美幼女となり、この世界に馴染んできている。

 普通の異世界転生だと思っていたのに、TSな異世界転生だと初めて知ったときの衝撃は今でも忘れない。何度目かのオムツ替えであったはずのものがないことに気づき、驚きのあまり声を荒げてしまった。母も俺が突然叫び声を上げたので驚いていた。その驚き方も可愛かったので今でも覚えている。


 自分の性別に気がついてからというもの、俺は何度も脳内でシミュレーションし、女の子としてのロールに努めていた。気がついたのが性も何も関係ない様な時期だったので気づかれていないはずだ。

 幼女と関わることは勿論、女児が出てくる本をあまり読むこともなかったので少しおかしなこともあったかも知れないが、今のところバレる様な気配はない。自分の意外な才能に驚きを隠せない。


 母と二人で席に着き朝食を食べる。

 父は居ない。私が生まれてすぐに亡くなっている。詳しくは教えて貰っていないが、依頼先で魔物の討伐に失敗したらしい。薄情かも知れないが、この世界の父とはいえ知りもしない人間の生死にあまり興味ない。

 推測だが、俺の養育費を稼ごうとしたのだろうが、今の暮らしぶりから考えてもわざわざ遠出までして稼ぐ必要があったのかと思う。父が死んだ方が母に苦労をかけるというのに。


 今日の朝食はパンとサラダとスクランブルエッグ。さらに温かいスープとミルクが付いている。これはこの世界の一般的な朝食で、一人暮らしの大学生をしていた俺の朝食とは比べ物にならないほど豪華だ。

 不満を上げるとすれば米を食べることができないという事くらいだが、こればかりは仕方ない。俺たちが暮らしている国では気候的に栽培が難しいためこの国では作られていない。栽培している国も遠いのでこの国ではあまり流通していない。


 前世でよく食べていた国産小麦の食パンと遜色ないトーストを食べることができるのは異世界転生ものの中では恵まれている方だと思う。パンだけでなく、他の食べ物も食にうるさい日本と比べても決して劣ることはない。


 最後に牛乳を飲み干し、一息吐く。


「ごちそうさま」


「はい。それではシエル、30分後に中庭に来なさい」


「分かりました」


 5歳の誕生日を迎えた日から母は俺に魔法の訓練を本格的に始めた。朝食後、片付けが終わってから2時間ほど。俺や母の体調がすぐれない時は別だが、それ以外の日は毎日訓練をしている。


 30分後、中庭に向かうと既に母が待機していた。


「それでは今日もまずは昨日の復習からです。こちらの傷を治してください」


 そう言った母は自分の指をナイフで軽く切り付けた。プクッと血が膨らみ、流れる。その指を俺に差し出す。


「ふーっ。回復<ヒール>」


 母の指の傷が治る。

 俺は呪文を「回復<ヒール>」と唱えたが、これは何でもいい。

 魔法を使うには起こしたい現象のイメージが必要で、例えば、魔法で火を出すときに赤い火をイメージすると赤い火が、青い火をイメージすると青い火が出る。ただイメージするだけでは色が違うだけで温度や火力が上がったりする訳ではない。炎の魔法の威力を上げようと思えば、しっかりと酸素の含んだ炎をイメージし、必要なだけ魔素を使わなければならない。他にも魔法の威力を上げる方法はあるが、それは技術的なものだ。

 そして、呪文もイメージを具体化するものなので、事前に思い描いていたイメージを固めることができるのであれば全く意味のない言葉でも自分の名前なんかでもいい。

 俺も、最初は前世でプレイしていた国民的RPGと全く同じ呪文を使おうと思ったが、シンプルなものの方が使い勝手がいい事に気がついたのでやめた。


「よろしい。それでは今日の授業を始めます」


「よろしくお願いします」


 いつもは優しい口調の母だが、訓練のときだけは厳しい口調になる。そして、母と娘という関係から師匠と弟子になる。


 娘というポジションはいまだに慣れていないので弟子でいられるこの時間が俺は好きだ。

 しかし、そうしていられる時間は短い。母は昼間は治療院で仕事をしているので修行時間も朝食後から昼までのわずかな時間のみ。

 母が仕事をしているときは家に一人だけなので娘ロールをする必要はないが、夕方になって母が帰ってきた後は娘に戻る。その時間は苦ではないが、慣れていなくて疲れる。いつかは普通に母に接することができる様になりたい。


「次の課題は5つの魔法を同時に操作できるようになることです。直径30センチの水球で行ってください」


「はい。水球<ウォーターボール>」


 頭上に水球を浮かべるようにイメージをして魔法を使う。

 水が宙に浮かぶ。

 制御がうまくできていないのか、ゆらゆらと不安定に揺れる。

 イメージはできているが魔法の制御が甘いと今の様に魔法が不安定になる。

 制御が甘くなった水球が崩れ頭上に降り注ぐ。全身がずぶ濡れになる。


「まだまだだね」


 そう言って母はあらかじめ用意していたであろうタオルで俺の頭を拭く。こういうふうに俺が魔法で失敗したときにも母は師匠から母になる。

 あらかた拭き終えると風の魔法でドライヤーのように残りの水分を飛ばす。


「はい、もう一度。イメージはできているみたいだから後は制御だけね。昨日までの練習をきちんとしていれば出来るはずです」


 一瞬で師匠の顔に戻る母。


「水球<ウォーターボール>」


 再び頭上に水球を浮かべる。5つの水球は先ほどと違って安定して浮かんでいる。崩れる気配はない。


「よろしい。それではそのまま10秒キープした後、時計回りに3回回しなさい」


 母の指示に従い水球を操作する。少しもたつきながらも、指示通りに水球を動かすことができた。母も納得したように頷く。


 その後も少しずつ練度を上げて魔法の訓練をし、2時間が経った。


「今日の訓練はこれ絵で終わりです。昼からも怠らずに自主練しなさい」


「分かりました」





 昼食をとり母が仕事に出かけたので一人で魔法の訓練をする。訓練の内容は魔法の制御訓練と魔素増強。魔法を使うためにはイメージが大切だが、それ以上に魔法の制御力と魔法を行使するために必要な魔素が必要だ。

 このうちのどれかが欠けてもいけないが、制御力と魔素が頭ひとつ抜けている様に思える。制御力が高ければ魔法の威力は上昇するし、魔素総量が増えれば単純に使うことのできる魔法の量や規模が増える。

 しかし、イメージを鍛えても大きく変わるのは見た目だけ。突き詰めていけばできないことは無くなるが、やはり制御力や魔素量が共わなければ使うことができない。

 それに、イメージを鍛えるのは難しく、効率が悪い。


 魔素総量を増やすための方法は二つある。魔素を圧縮して魔素の密度を上げるか、限界まで魔素を消費し魔素を溜め込むための器を大きくするの二つ。魔素の圧縮は確かに増えるが、体の成長が止まると圧縮率を上げなければ増えない。

 すぐに効果がでる訳ではないのでコツコツとした積み上げが必須だ。


 制御力を上げるための訓練も根気が必要で、針の穴に糸を通す様な訓練をひたすら続ける必要がある。朝したように実際に魔法を使っての訓練もあるが、使う魔法によっては危険だし効率がよくないので魔法が問題なく使えるかの確認くらいにしか使わない。


 魔素増強と制御力の訓練では基本的に制御力の訓練を先にする。魔素の圧縮は常時するものだが、魔法の制御の訓練には魔素が必要だからだ。魔素を消費した状態でも訓練できない訳ではないが、まだ制御が甘いうちは変な癖がつく可能性があるので母が見ているときにしかしない様にしている。


 俺がやっている制御の訓練方法には穴に糸通す方法を採用している。魔素を糸状に伸ばして穴に通す。母の練習方法も同じで、この方法が一番だと言っている。俺はそこまで言える程魔法の制御訓練をしているとはいえないのでこの方法が一番だとはいえないが、前世の偉人がお金の穴を使った鍛錬方法をとっていたという逸話を聞いたことがあったので何となくだけどいい様な気がする。


 50エリス硬貨を用意し、1メートル先にぶら下げる。

 エリスとはこの国の硬貨単位で、50エリス硬貨は前世の50円玉と似たような硬貨だ。価値はどれくらいか分からない。まだこの世界に転生せして5年なのでということもあるが、一番の理由は家で魔法と剣の特訓ばかりで買い物をしたことがないからだ。


 右手の人差し指から魔素を糸の様に細長く伸ばす。それを真っ直ぐ50エリス硬貨に向かって伸ばしていく。

 真っ直ぐ伸びた魔素の糸は硬貨にあたり止まる。穴から少し右に逸れたところに当たったので手を動かさずに魔素を操作して左にずらす。ちょうど穴の位置に魔素の糸がきたが、糸が太くて穴に入らない。孔経4ミリの穴を通すにはそれ以上に糸を細くしなければいけない。これが今の俺の課題。

 この課題をクリアしたら10センチずつ距離を離していき、2メートルの距離でも同じ様にできれば穴の大きさを少し小さくする。ちなみにだが、母は0.1ミリの穴に余裕で通す。


 2時間の訓練の末、俺は目標を達成した。


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