混沌
本日二度目の更新です!
前話を読んだいない方はご注意ください!
「ぐぁぁぁああああああああああああ!!!!!」
耐え難い痛みが全身を駆け巡り、視界が明滅する。
胸を貫かれた事なんて何度もあるがこれは違う。激痛なんて表現じゃ生ぬるい。中身をぐちゃぐちゃにかき混ぜられているようだ。
気を抜けば意識が飛んでしまいそうになる。
「レイ!!!」
ラナの絶叫にも似た悲鳴が響く。直後、膨大な魔力が立ち昇った。
天使が再び地上に視線を向ける。
「……ふむ。さすがは星剣適合者と言うべきかな」
「レイを離せ!!!」
その言葉はすぐ側で聞こえた。
ラナが星剣を掲げ、天使の腕に向かって振り下ろす。
「でも……まだまだだ」
天使が静かに呟いた。そして指を鳴らす。
すると先ほどと同じように虚空から光の鎖が出現し、ラナに襲い掛かった。
「くっ!」
身を捻り、何とか鎖を避けるラナ。しかし、避けたはずの鎖はラナに追従し、四肢を絡め取った。
だがラナは止まらない。剣がダメならと大量の魔術式を記述する。
それを見て天使はため息をついた。
「落ち着きなよ。いつものキミなら状況を正確に見極めるはずだ。違うかい?」
「うるさい! お前に何がわかる!!!」
魔術が完成した。
――氷属性攻撃魔術:絶氷刃
四方八方から無数の氷刃が天使に襲いかかる。
だが天使は動かなかった。動く必要がなかった。
天使に直撃する寸前、不可視のナニカに阻まれ、氷刃はあえなく砕け散る。
「――!? ……なら!」
続けてラナは星剣を中心に立体魔術式を記述する。数でダメなら質で勝負するつもりだ。
立体魔術式を構築している間、天使は動かなかった。妨害するつもりもないらしい。
それ以前に興味すら失ったのか既にラナの方は見ていない。
見ているのは手刀が突き刺さっている俺の胸だ。相変わらず激痛が続いているが、周りの様子が分かるぐらいには和らいでいる。
そしてラナの立体魔術式が完成した。
姿を現したのは天を衝かんばかりに聳え立つ氷の大剣。
……魔星術:星穿つ大いなる氷剣
「断ち斬――」
「ハイ、終わり」
ラナの言葉を遮って、天使は俺の胸から手刀を引き抜いた。
そして穴が空いた俺の胸へと軽く触れる。すると傷は瞬く間に塞がっていく。
「調子はどうだい?」
問われ、気付いた。殺戮衝動が綺麗さっぱり消えている。
胸を見ると亀裂の入っていた封印が元通りになっていた。心なしか形も変化しているように思える。
「レイ?」
そんな俺の様子にラナは呆気に取られていた。
手を伸ばそうとしたのか、腕を縛っている鎖がガチャリと音を鳴らす。
「ひとまず降ろすからじっとしててくれるかな?」
天使はそう言うと、ゆっくりと降下を開始した。
天井から地面までは十数メートル程。わずか数秒で地面に降り立つと光の鎖が宙に溶ける様にして消えた。
「レイ!!!」
「おっと……」
ラナが胸に飛び込んできたので、慌てて支える。
穴の空いていた胸をペタペタと触ったラナは上目遣いで俺を見た。
「大丈夫……なの?」
「うん。殺戮衝動も消えてる」
頭上に聳え立っていた氷の大剣が、ラナの心を表すかのように溶けて消えていく。
「よかった……! 私……! 私……!」
ラナの目から涙が溢れた。顔をくしゃくしゃに歪め、頭を胸に擦り付けてくる。
俺はそんなラナを抱き寄せた。
「ごめん。心配かけたな」
そう言うとラナは頷いた。
胸の中から小さな嗚咽が聞こえてくる。
そんなラナの背中を撫でながら俺は天使に視線を向けた。
「……それで、俺に何をしたんですか?」
警戒は解かない。
わざわざ助けてくれたのだから敵である可能性は低い。だがそれと信用するかどうかは別問題だ。
何があっても対応できるように意識を研ぎ澄ませる。
「調整だよ。キミ、自分の中身がどうなっているか正しく把握しているかい?」
「……」
俺はその質問に答えられなかった。
今、俺の中にはバケモノの力と魔王が封じられている。だが、それらが中でどうなっているかなんてわからない。
考えたこともなかった。
「……まあそうだろうね。ならもう一度言おう。ハッキリ言って異常だ。本来ならば器が崩壊している。たかだか残虐性の発露で終わるはずがない」
そこで一度言葉を区切ると、俺の目をしっかりと見て言った。
「だから聞きたい。キミはヒトかい?」
「人? たしかに俺は人間ですが……」
俺の答えに天使は再び顎に手を当て、視線を地面に落とした。
「ふむ。………………どこまでがヤツの計画だ? ……それとも………………」
天使が言葉を止めてもう一度俺を見た。
「……もう一つ聞きたい。ライゼス=クロムウェルと言う男に心当たりは?」
「ライゼス……クロムウェル?」
口の中で反芻する。
名前の響きからしておそらくはレスティナの人間だろう。もしかしたら地球の外国人という説もある。
だけど俺はレスティナでの交友関係は広くない。ここにいる勇者パーティの面々と、せいぜい王城にいた人たちだろう。
もちろんその中にライゼスという人物はいない。
地球でも外国人の知り合いは居なかった。母は外国人だがその親族には会ったこともない。よってその線は薄い。
残念ながら聞き覚えはなかった。
「ない……と思います」
「……そうか」
天使はまたも顎に手を当てて思案に耽る。
「……おそらく間違いはない。……ならば干渉しすぎるのも悪手……か」
何か結論に達したのか、天使は踵を返す。かと思ったら思い出したように顔だけをこちらに向けた。
「おっと、忘れるところだった。一つ忠告を。調整だけどね。まだ定着していない。だからしばらく封印を解く事はお勧めしないよ」
「……もし解いたら?」
ごくりと喉を鳴らす。
心なしか天使の眼光が鋭さを増した。
「次は無い……とだけ言っておこう」
「……わかりました。ちなみにしばらくと言うのはどれぐらいか聞いてもいいですか?」
「正確にはわからないね。なにせキミは例外だ。一ヶ月か二ヶ月か、はたまた半年か。そうだな。……一年かかることはないと思うよ」
「そうですか。わかりました」
「定着したらわかるようになっている。だからそれまでは……ね?」
「はい。……それと、いきなり斬りかかってすみませんでした」
俺は頭を下げた。
殺戮衝動に支配されていたとはいえ、初対面の人物に斬りかかったのは事実だ。
ラナも俺から離れると流麗な所作で頭を下げた。
「私も早とちりでした。申し訳ございません」
天使は振り返らずに答える。
「あの状況なら仕方ないよ。って言いたい所だけど、ラナ=ラ=グランゼル。恋人がやられたからといって冷静さを失うのはよろしくないね。それじゃ大切なモノが掌からこぼれ落ちるよ?」
「……肝に銘じておきます」
ラナの答えに雰囲気を和らげた天使は翼を広げ、浮遊した。
「あの……」
その背中にアイリスが控えめに声をかけた。
「なにかな? 聖女アイリス=ラ=グランゼル」
「……貴方は何者なのですか?」
「私かい?」
天使は優雅な動作で振り返る。
そして、翼を大きくはためかせた。
「私はレニウス=オルトレール」
純白の羽根が舞い散る中、天使の頭に載っていた光輪が複雑な紋様を描く。
それは今までに見たこともない魔術式。
……いや、これは魔術式じゃない。
幾何学的な模様や記号が入り組み、構築されている。
これは――。
「……魔法使いさ」
魔法陣を頭に載せた天使、改めレニウスはなんて事のないようにそう言った。
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