天使
光が突き立ったのは石室の中心、祭壇のある場所だった。祭壇が光に呑まれ崩壊していく。
何をしても壊れず、暴走した俺と魔王の戦いの後でも傷一つ付いていなかった祭壇が、だ。
それを考えるとこの光がどれだけの異常事態なのかがよく分かる。
ラナ達も異変に気付き、振り返った。発動寸前だった魔術は放たれることなく霧散する。
「……なん……だ?」
状況が刻一刻と変化していく。
次から次へと理解が追いつかない。だが、分かることが一つだけある。
……この光はまずい。
ラナが星剣を構えた。続けてカノンが虚空から死鎌を召喚、サナとウォーデンも己の武器を構える。
俺も殺戮衝動を抑えながら僅かに漏れ出た闇で黒刀を作り出した。
全員が臨戦態勢。固唾を飲んで光の柱を見つめている。
するとわずか数秒後に動きがあった。
光の柱が徐々に縮小していく。当然の様に天井は削り取られ消滅していた。光と天井の隙間からは星空が見えている。
ここは月だ。
外が星空である以上酸素の心配をしなくてはならないが、天井に開いた穴から空気が出ていくことはなかった。
だが、今はそんなことどうでもいい。
俺は自分の目を疑った。
光の柱が消え、穴からゆっくりと人影が降りてくる。
その人物は、長い金糸のような髪を漂わせながら浮遊していた。
「なんだか面白い事になっているね」
背には純白の三対六翼。これまた純白に金の装飾が施された法衣を身に纏っている。極め付けはその頭上。そこには光り輝く輪があった。
俺はこの存在を知っている。
地球では聖典や伝承に登場し、主に神の使いとして描かれている存在。
対してレスティナでは、伝説や文献を見てもその存在は確認できていない。しかし、いるのは確実だ。
なにせ石室に至る前、壁画に描かれているのを俺は見ている。
即ち――天使。
地球での伝承や壁画に描かれていた存在と同じモノなのかはわからない。だが、天使の纏う厳かな風格がそうであってもおかしくはないと思わせてくる。
天使が空中でゆっくりと足を組んだ。そして金色の瞳で眼下を睥睨する。
勇者パーティの面々をぐるりも見回した後、最後にその視線が俺へと向いた。
すべてを見透かすような視線に心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。その瞬間、頭が沸騰しそうになるほどの激情に襲われた。
「く……ぁ……」
天使から目が離せない。
感情がぐちゃぐちゃに掻き乱される。そして生まれるドス黒く昏い感情の数々。
――嫌悪。
――――怨念。
――――――憎悪。
気が付いた時には、俺は天使に向かって跳躍していた。
闇を翼に変えて羽ばたく。
「グォォォオオオオオオオ!!!!!」
口から獣の様な咆哮が迸る。
自分が何をしているのかわからない。
だが、止まらない。身体が言うことを聞かない。
とにかく、殺さなければ。
ただそれだけが在った。
天使へと肉薄した俺は黒刀を振るう。
繰り出すは最強の斬撃。そこに躊躇いは一才無い。
――偽剣、斬
流れるような動作で繰り出した斬。
斬という結果だけを押し付ける最強の剣技。故に斬れない物はない。
それが、天使の首元へと吸い込まれていく。
「すごいね」
天使が呟いたその言葉が静かに聞こえた。
そして、視界の端で腕が動く。一瞬にして黒刀と首の間に差し込められた人差し指。
それが斬を受け止めた。
「その剣は我らに届きうる可能性を秘めている」
天使は清らかな声で呟いた。聞くものが聞けばとても落ち着く声音。だが、俺は戦慄していた。
……素手……だと?
いや、素手ですらない。たった一本の指で最強の剣技が受け止められた。
身体が勢いを失い、重力に引き摺り下ろされる。
俺は翼を大きくはためかせ、もう一度黒刀を振るう。
その時、天使が指を鳴らした。すると虚空から金色の鎖が出現。俺の身体を雁字搦めに拘束した。
「くっ!」
拘束から逃れようと踠くが、鎖はびくともしない。
動けば動くほどにその拘束を強めていく。そして俺は完全に動けなくなった。
天使が顔を近づけ、瞳を覗き込んでくる。
気味の悪い瞳だ。底の底までを見通すような金色の瞳。俺はその瞳を射殺さんばかりに睨み返す。
「混沌だね。その残虐性は中身ゆえかな?」
薄らと笑みを浮かべた天使がそう言った。
俺の殺意を天使は意に介さない。まるで柳のように受け流す。なんの脅威にも感じていない。そんな様子だ。
「普通なら耐えきれずに器が崩壊しているはずだ。なぜその程度で済んでいる?」
天使は顎に手を当てて思考に耽る。俺の瞳を、観察するようにじっと見ながら。
やがて何かに気付いたのか、唐突に目を見開いた。
「……まさか。………………キミはヒトかい?」
天使の纏う雰囲気が変わった。
薄らと浮かべていた笑みは消え、その表情は真剣そのものだ。
「……これはヤツの計画か? 私と遭遇するのも計画の内? 見たところ僅かに混じっているから無関係はあり得ない。………………どちらにしろこのままでは話にならないか。それに……」
天使は一度地上を見た。
「責任の一端は私にもありそうだ」
一人頷くと天使は左手で手刀を作った。
……まずいっ!!!
なんとか拘束を逃れようと踠く。しかしやはりというべきか、身体はびくともしない。
そして、天使の手刀が俺の胸を深々と貫いた。
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