一件落着
微睡みの底から意識が浮上していく。
身体がすごく重い。何をしていたのかは思い出せないが、今日ばかりは心配も不安もなかった。
あるのは安心だけ。
だから俺は微睡に身を任せながら、ゆっくりと目を開けた。
「……ん」
視界いっぱいに光が差し込んできて、俺は思わず眉を顰めた。
「レイ!?」
声が聞こえ、視界に影が差した。
光が弱まり、目をはっきりと開ける。
「ラ……ナ?」
ラナが俺の顔を覗き込んでいた。それと共に感じる後頭部の感触。この光景には覚えがある。膝枕をしてくれているのだ。
それと共に記憶が蘇ってきた。
「……よかった」
俺は安堵の息を吐いた。
服が汚れてはいるものの、ラナに目立った傷は無い。
「成功……したんだな」
「うん。うまくいったよ。みんなも無事」
「そうか。……ありがとなラナ」
頬に手を添えると、ラナはくすぐったそうに微笑んだ。
「私もありがとね」
なぜお礼を言われたのかがわからなかった。
そんな俺の表情に気付いたのか、ラナは朱が差した頬をかく。
「任せてくれて嬉しかったからし……ふふ。あとは内緒」
ラナは人差し指を口に当て、お茶目にウィンクをした。
心臓がドキッと跳ねる。
「……その……ラナならやってくれるって信じてたからな」
「……ゴホン」
そんなやりとりをしていると隣から、わざとらしくも控えめな咳払いが聞こえた。
慌てて手を下げ、視線だけを咳払いの聞こえた方へと向ける。そこには体育座りをしている人物が一人いた。アイリスだ。
「また二人の世界に入ってますよー」
そう言われると膝枕をされているのも相まって恥ずかしくなってくる。なんとも居心地が悪い。
「……わるい」
謝り、他の仲間を探そうと視線を巡らす。そして気付いた。
石室の惨状に。
壁には大穴が空き、地面も抉れている。
俺たちと魔王との戦いでは傷一つ付かなかった石室が、だ。
一体どれほどの激闘が繰り広げられればこのような有様になるのか。まるで想像が付かない。
「これ……もしかして俺がやったのか?」
無意識的に俺は身体を起こそうとした。
だが、ラナに額を指で押さえつけられて失敗。再び膝枕へと沈んだ。
「まだ休んでて。みんなも休憩してるから」
「……わかった」
そう言われると素直に従うしかない。
俺が目覚めたら真っ先に飛んできそうなサナとカナタが来ないのだ。二人も相当消耗したのだろう。
「それで……」
「うん。レイと魔王の戦闘でね。……レイ、あの頃より遥かに強くなってた」
「あの頃って初めてあった時か?」
ラナは小さく頷く。
「そう。魔王を一方的に倒せるぐらいに強かった」
「…………え?」
ラナの言葉に間の抜けた声が出た。
……あの魔王を……一方的に?
信じられない。だが、ラナの表情を見る限り冗談ではなさそうだ。
「……まじか。よく封印できたな……」
「大変だったよ〜」
ラナは軽く言うが、俺に心配をさせないようにだろう。
きっと俺が思っている以上に大変だったはずだ
「ありがとな。助かった」
「うん!」
……後でみんなにもしっかりお礼をしないとな。
そんなことを考えながら目を瞑ると、再び眠気が襲ってきた。
「まだ寝てても大丈夫だよ?」
「……ならお言葉に甘えて。……少し寝させてもらうよ」
言った途端、急激に眠気が強くなった。再び意識が微睡の中へと沈んでいく。
……ともあれ、ひとまず安心だな。
問題は解決した。
気になることは色々とあるが、それは帰ってから考えよう。
今はただ、この心地よい微睡に身を委ねたかった。
――ドクン。
眠りに落ちる直前で胸の中心が脈打った。
そして、封印されたはずの殺戮衝動が顔を出す。
「――ッ!?」
眠気が一気に吹き飛んだ。
俺は跳ね起きて、ラナから距離を取る。
石室の入り口付近まで後退したところで、あまりの殺戮衝動に額を抑え膝をついた。
「レイ?」
聞こえてきたラナの言葉に顔をあげる。
視界が赤く染まっていく。そんな中でラナは困惑していた。何が起きたのかわからないといった表情だ。
そんなラナから目が離せない。見ていると殺戮衝動が増していく。それが……酷く心地良い。
「ぐあっ!」
この感覚は危ない。
俺はギリギリと歯を食いしばり、ひたすらに耐えた。殺戮衝動に呑まれないように。
しかし、俺の思いとは裏腹に殺戮衝動はどんどん増していく。
「……ラ……ナ! ……刀を!」
ラナは一瞬だけ逡巡したが、すぐに氷で刀を用意し投げてくれた。俺はそれを受け取り、太ももに突き刺す。赤い血がボロボロになったズボンを濡らしていく。
「……くっ!」
元々痛覚が鈍い為、そこまでの痛みはない。殺戮衝動を紛らわすにはちょうど良い刺激だ。
すこしだけ考える余地ができた。
……これは……なんだ!?
いままでこれほどの殺戮衝動を俺は感じたことがない。
本来ならば暴走していてもおかしくないほどだ。だが、瀬戸際で耐えている。なぜ耐えられているのかは自分でもわからない。
……いや、暴走だけを封じているのか?
耐えているのではなく、無理矢理封じているだけ。
そちらの方が感覚として近い気がした。
「レイ!」
ラナとアイリスが駆け寄ってくるのが見えた。
だが今、近く来られるとマズイ。殺戮衝動はそういうものだ。何もかもを考えずに殺したくなる。
だから俺は叫んだ。
「来ないでくれ!!!」
鋭い声にラナとアイリスの足が止まる。
……原因を探さないと。
俺は胸の封印を見た。そこには以前より複雑さが増した封印が刻まれている。そしてしっかり機能している感覚もある。
しかしなぜだか、殺戮衝動が消えない。
……何か前提を間違えたのか!? それとも魔王を封印したことによる弊害か? どうすればいい!?
狂いそうになる程の殺戮衝動が思考の邪魔をする。歯を食いしばって堪えるが、一向に治らない。
「カノン! 手伝って!」
顔をあげるとカノンが慌てたようにラナの元へと駆け寄っていた。その後ろにカナタを背負ったシルとサナ、ウォーデンが続く。
カノンが俺の封印を見た。
底を見透かすような紅い瞳。おそらくは魔眼だ。
「……ちゃんと動いてる。……でも……なんだろうこれ」
「なに!?」
「……反発? ……封印に負荷がかかってる? ……もしかして中のモノが封印を破ろうとしてるのかも」
――ピシッ。
カノンの言葉通り、封印に亀裂が走った。
そこから闇が漏れ出し、周囲に漂う。
「ぐぁっ!」
また殺戮衝動が増した。
封印が解かれたらまた暴走してしまう。それだけは阻止しなくてはならない。
「みん……な! 俺に……拘束を!」
「わかった! ごめんね! 少し我慢して!」
ラナが魔術式を記述する。カナタ以外の全員がラナに続いた。
すぐさま魔術は完成し、一斉に放たれようとしたその時――。
石室の中心に、光の柱が突き立った。
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