賭け
ラナは出来上がった魔術式を保持しながら、休息を取っているカナタに声をかけた。
「カナタ。準備はいい?」
カナタは静かに目を開け、答える。
「ああ」
重そうに身体を起こしたカナタはラナに向き直る。そこで角にノイズが走り、顔を顰めた。
「……だいじょうぶ?」
横からカノンが心配そうにカナタを見る。
少し休んだとはいえカナタの顔は青く、衰弱していることは明白だ。だが、それでもカナタはカノンの目を見てしっかりと頷いた。
「問題ない。大丈夫だ」
「……わかった」
カノンはそれ以上何も言えず、ただ頷くことしか出来なかった。
「ラナ。俺は何をすればいい?」
ラナは魔力変換の魔術式をカナタに渡す。
「カナタはこれを魔王に。当てて魔力を流し続けるだけで全部やってくれる」
「わかっ――」
「それ、私でもできないかな?」
頷きかけたカナタを遮ってサナが言った。しかしカナタは即座に首を横に振る。
「ダメだ。危険過ぎる」
「力不足なのはわかってる! でもそんな状態のカナタがやるなら万全の状態の私がやった方がよくない? 魔力を流し続けるだけなら私でもできるよ」
「……」
カナタは言葉に詰まった。
今はまだ動ける。雷鳴鬼も維持できている。だが戦闘となるとどれだけ保つかはわからない。既に限界を超えている事はカナタ自身が一番よくわかっていた。
ここでミスをするわけにはいかない。チャンスは一度しかないのだ。
ならばいっそサナに任せてしまって方がいい。力不足とは言え、サナは勇者だ。決して弱いわけではない。
……それに、俺とウォーデンで援護に入った方がいいか。
そう結論付けて頷いた。
「……わかった。サナに任せる。ウォーデン。悪いが俺とサナの援護に回ってくれ」
「おう。任せときな」
「……わたしも、いつでも援護できるようにはしておく」
「悪いなカノン。助かる」
「……ん」
そしてカナタはラナから受け取った魔術式をサナに渡した。
「やり方はわかるな?」
「うん。大丈夫」
準備は整った。
ラナは再び戦いに目を向け、ひたすらに機を待った。
視線の先では、魔王が悪魔に追い詰められていた。
限界を超えているのか、剣技や魔術に精細さが欠けている。
……たぶん、もう少し。
人は誰しも隙ができる時がある。
それは、決着がつく瞬間だ。
どれだけ択一した技能を持とうと激戦であればあるほど取りに行く瞬間は全意識をそこへ集中させる。
よって他への意識が散漫になるはずだ。
加えて、悪魔にはラナの思考誘導が掛かっている。故にそれが顕著に出るだろう。
全員が全員、口にしなくても機はその瞬間だと確信していた。
だから己の武器を構えて、ひたすらに機を待つ。
そして、その瞬間は唐突に訪れた。
悪魔の振るった漆黒の刀。それを迎え撃った魔王の聖剣。
いままで何度も繰り返してきた光景だ。片腕を失っている魔王では膂力が足りず、聖剣は弾かれる。その隙を埋めるように魔王は魔術を使い難を逃れていた。しかし今回ばかりはそうならなかった。
刀と剣が交差した瞬間、悪魔の刀が黒く瞬く。
悪魔が邪悪な嗤みを浮かべた。
――バリン。
硬質な響きを残し、聖剣が砕け散る。
そこで初めて魔王の表情が動いた。
驚愕。まさか聖剣が砕けるとは思っていなかったのか大きく目を見開いた。
魔王は即座に魔術を使う。しかし聖剣が壊れたせいで魔術式が乱れた。
そして悪魔は刀を引き絞り――。
「――今!」
カノンとアイリスを残して四人は駆けた。
先行したのはラナだ。時を止め、一瞬で悪魔の前に躍り出る。
それを追うようにサナは縮地を使い、全速力で悪魔の前へ。カナタとウォーデンはそんなサナに追従するように駆け抜けた。
ラナが星剣で悪魔の刀を逸らす。その時にはサナが既に魔力変換の魔術を魔王に叩きつけていた。
満身創痍の魔王には避ける余裕がなかった。サナの手の中にあった魔術が魔王の胸に吸い込まれ、起動する。
「カァ――!」
「ワォン!」
鴉が鳴き、シルが吠えた。
その瞬間、魔王の身体はつま先から崩壊を始め、魔術式に吸い込まれていく。
しかし、悪魔もただやられていたわけではない。
最後に残った力を振り絞り、無数の魔術式を記述した。
一瞬で生成される無数の光剣。その全てがサナへと照準を合わせている。
サナも聖刀を抜き放つが、魔力を流し続けなければならない都合、動けない。
「チッ!」
――ズドン。
雷鳴が轟き、閃光が飛翔する。
そして瞬く間に、数十の光剣を撃ち落とした。だが、まだ光剣は残っている。
カナタは再び、脚に魔力を集め――。
――ジジ。
その途中で角にノイズが走り、消失した。
身体から力が抜け、空中から落下する。
「……シル!」
カノンが叫び、シルが駆ける。
そして地面に激突する前にカナタを受け止めた。
「くっ! ウォーデン!」
カナタは最後の力を振り絞り叫んだ。
その時にはウォーデンの魔術式が完成していた。
「おう!」
――炎属性攻撃魔術:灼天炎舞
ウォーデンの周りに十の炎槍が出現し、放たれる。
飛翔した炎槍は光剣に直撃すると爆発を引き起こし、何十本もの光剣を消滅させた。
しかし爆発の火力が足りなかったのか、数本の光剣が残ってしまった。
「くそ!」
悪態を吐きながら、ウォーデンは槍を両手に飛び出した。サナを守るように。
飛来する光剣。
ウォーデンは二槍を駆使して光剣を捌いていく。だが一本、二本と打ち払ったところで、左手に持った槍が砕けた。
その槍はいくら魔槍とはいえ、無槍には遠く及ばない。故にその結果は当然と言えよう。
槍を砕いた光剣がサナへと迫る。
サナは聖刀を構えて迎え撃つが、いかんせん数が多すぎる。
「くっ!」
そして――。
――呪属性攻撃魔術:呪槍影穴
サナの足元に黒く大きな影が出現。そこから無数の槍が突き出し、サナへと迫っていた光剣を全て打ち砕いた。
続く光剣は……ない。
その時には既に魔王は魔力へと変換され、姿を消していた。
「ラナ……!」
悪魔の刀を逸らした後、ラナは即座に封印を叩きつけた。
刀を逸らされた事により体勢を崩した悪魔。ラナの手にあった封印は悪魔の胸に吸い込まれていく……はずだった。
しかし。
「……なっ!?」
気がつくとラナの手に闇がまとわりつき、動きを止めていた。封印は起動していない。
完全に想定外だ。
悪魔は意識外の攻撃にも完璧に反応した。
そのままヒラリと身を捻った悪魔は、殺戮衝動の赴くままに敵を殺すべく刀を振るう。
迫る凶刃。
ラナは星剣を握りしめて、一か八か叫ぶ。
「ティリウス――!」
だがそれはあまりに遅く。
……間に合わな――。
ラナは反射的に目を瞑った。
「……?」
しかし一向に痛みが来なかった。
恐る恐る目を開けると、刀はラナの鼻先で止まっていた。
「……レ……イ?」
ラナはレイの目を覗き込む。
だが、そこに光はない。完全なる無意識で刀を止めていた。その刀身は殺戮衝動に抗うよう震えている。
ラナは自分の胸が高鳴るのを感じた。
……うれしい。
こんな状況だというのに胸に暖かいものが込み上げてくる。今にも叫び出し、想いのままに抱きしめたい。そんな衝動が湧いてくる。でも我慢だ。
それは全てが終わってから。
「ラナ……!」
封印に目を向けると、手に纏わりついていた闇が消えていた。
ラナはニコリとレイに笑みを向けると、胸に空いた穴に封印を押し付けた。
「戻ってきて! レイ!」
術式が起動する――。
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