問題
封印魔術には様々な種類がある。
結界で対象を封じ込める基本的な方法をはじめ、身体を器として意識だけを封じる方法、対象を道具に封じる方法などと、用途によって様々だ。
なかには、身体を封印して意識はそのままに、なんて凶悪な方法もある。
一つずつ挙げていけばキリがないほどに。
今回の場合はレイという器に魔王を封じる必要がある。
言葉にするだけなら簡単だが、そう単純な話ではない。
魔王という実体を器に封じるには、一度魔力に変換する必要がある。
問題はこの魔力変換。掛かる時間が未知数なのだ。
普通の魔物ならば一瞬で終わるだろう。しかし、魔王は存在自体が強大だ。短いなんてことはまずあり得ない。
ラナは目の前で繰り広げられている死闘に目を向けた。
一瞬の内に繰り出される何百もの斬撃と魔術。魔王は何とか致命傷を避けているものの、傷は刻一刻と増えていく。対する悪魔は無傷だ。傷を負うたびに再生している。
凄まじいの一言だ。
もしこの戦いが石室の中ではなく、地上で起きていたらと考えるとゾッとする。
そんな死闘の中、封印を施さなければならない。
不可能だ。時間が足りない。
……どうしよう。
ラナの頭にいくつか策が思い浮かぶ。しかしどれも良案とは言い難かった。
例えば、星剣の ティリウス=ブリジリアで時を止め、魔力変換の時間を稼ぐ。
魔力の消費量はとんでもないが、確実だ。
だが、悪魔はずく時止めに適応してくる。ラナにはそんな予感があった。
なにせ初めて会った時にも適応したのだ。それもわずか数秒で。あの時よりも遥かに強くなっているならば即座に適応してもおかしくはない。
だからこの方法は取れない。リスクが大きすぎる。
……なにか……なにかない!?
ラナの額に汗が浮かぶ。
焦る思考とは裏腹に良案が浮かばない。思考の迷路に囚われていく。
……ダメだ。落ち着かないと。
ラナは一度大きく深呼吸をした。
焦ってばかりでは、いくら考えても意味がない。
……レイも急いては事を仕損じるって言ってたっけ。
封印を創っている時にレイから聞いた日本の諺だ。
何事も焦っていると失敗しやすくなる。聞いた時はその通りだと思ったものだ。
……まずは魔王の情報から整理しよう。何かヒントがあるかもしれない。
魔王とは、数十年から数百年毎に出現する厄災だ。
出現する間隔や出現場所はその都度様々で、特に法則が決まっているわけではない。
だが一度姿を現せば、魔物を率いて手当たり次第に破壊を撒き散らす。
そこに例外は無く、交渉の余地も無い。魔王と意思疎通を図る事は不可能だとされている。
……そしてそれは正しい。
相対して理解した。
魔王は人の形をしているが、およそ意思と呼べる物を感じない。
まさに破壊の化身。それが魔王という存在だ。
では、どうやって出現するのか。
説は様々ある。
強力な魔物が進化し魔王となる。
集まった魔力が形を成し魔王となる。
強力な魔物が強力な魔物を喰らい、進化し、やがて魔王となる。
そんな現実味を帯びた説からはじまり、天から降臨するなどといった眉唾物まで多岐に渡る。
原因を突き止めた者は誰一人として存在しない。
レスティナに於ける最大の謎と言う学者もいるぐらいだ。
……だけどレイは確信していた。
――魔王を殺した者が次の魔王となる。
理由はわからない。
しかしラナにはあの切羽詰まった状況でレイが不確かな情報を口にするとは思えなかった。
だからこれは確定事項として思考を進める。
……なら、この魔王は前回魔王を殺した者だ。
そうなれば魔王の正体がおのずと見えてくる。
前回魔王を殺した者、それは――。
「……前、勇者」
ラナは誰にも聞こえないような小さな声で、言葉を溢した。
「……お姉ちゃん?」
勢いよく顔を上げるラナ。それをアイリスが不思議そうな顔で見た。ラナはそんなアイリスに気付くこともなく当事者に言葉を投げかける。
「ウォーデンさん! 前の魔王を倒したのは勇者で間違いない!?」
勇者パーティで唯一当時から生きている人物、ウォーデン・フィロー。
ウォーデン自身は実際に討伐戦には参加できなかった。だが、討伐戦を生き残った者たちが口を揃えて【輝ノ勇者】が【天穿つ厄災】を倒したと語っていたのを聞いている。
彼らは決着の瞬間をまるで伝説を語るように話していた。
だからウォーデンは力強く頷く。
「ああ! 間違いない!」
確定だ。それならば色々と辻褄が合う。
魔王がウォーデンの情報とは違い、魔術師ではなかった事。
扱う魔術が光属性だという事。
そして、聖剣を所持している事。
初めに気付くべきだった。
そうすればいろいろと――。
……いや、今はそんな事を考えている場合じゃない!
ラナは逸れかけた思考を頭を振って中断する。
肝心なのはそこではない。
ただでさえ強大な魔王。その中に勇者の力もあるとしたら魔力変換に掛かる時間は計り知れない。
……でも気付いといてよかった。
気付かなければきっと致命的な事態になっていた事だろう。だがそれがわかったからと言って何も解決していない。事態がより複雑になっただけだ。
……どうする?
結局は振り出しだ。何も解決していないし、依然として良案は浮かばない。
……なら、一度シンプルに考えてみよう。
頭で考えているだけでなく、実際に手を動かしたら何かわかるかもしれない。
ラナは魔力変換の魔術式を記述する。
やはりこのままでは時間が掛かりすぎてしまう。平時ならこれで何も問題はないが、今はそうじゃない。
だからラナは魔術式に改変を施していく。
複製、分離、そして再構築。
並行的に処理できるよう立体魔術式に書き換える。
思考加速による効果か、ものの数秒で効率化は終わった。
……でもこれじゃダメだ。
処理速度は速くなるが、それでも限度がある。
あくまで使っているのは一つの脳だ。
……ん? ひと……つの……脳?
その瞬間、頭を電流が突き抜けた。
……そうか! そうだ!
ラナは弾かれたように振り返る。
視線の先にいたのはカノンだ。正確に言えばカノンの使い魔たち。
……いける……かもしれない。
脳が一つならいくら効率化したところで処理速度はタカが知れている。
だがもし、使い魔という脳が複数あるのなら擬似的な並列思考が可能となる。そうなれば処理速度は爆発的に上昇するだろう。
「カノン! この魔術を使い魔たちで処理する事はできる?」
ラナの言葉にカノンは魔術式をまじまじと見た。視線が式の流れを追うように慌ただしく動く。そしてすぐに頷いた。
「……できる」
「わかった。なら!」
ラナは魔術式を再び改変する。
立体魔術式を鴉とシル、合わせて二十一個に複製。起動と同時に並列処理へ移行するように改変。そして繋ぐ。
「カノン。繋げていい?」
「……ん」
カノンが頷いたのを確認すると、ラナは使い魔たちに魔術式を繋いでいく。
そして、封印魔術と魔力変換魔術を紐付ける。変換が終わったら自動的に封印へと組み込まれるように。
……完成!
これで大幅に時間を短縮できたはず。どれだけ長くてもおそらくは数秒だろう。
……あとは、その数秒を命懸けで稼ぐ。
たとえそれがどれだけ困難だとしても。
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