極致
次元すらも切断する斬撃が、魔王の首に吸い込まれていく。
完璧なタイミング、完璧な速度。零距離から放たれた第六偽剣。流石の魔王でさえ、これは避けられない。
そう確信できるほどの斬撃だった。
しかし――。
――ガキン。
鈍い音が響き、斬撃は阻まれた。
魔王の首、その肌に。
「……な……に?」
素肌で受け止められた。次元すら斬り裂く斬撃を。完全に想定外。思考が停滞する。
「レイ!」
ラナの叫びに意識が引き戻された。
一瞬の停滞。それは致命的な隙となる。
魔王はその一瞬で第三偽剣を全て弾き飛ばし、拘束から逃れていた。
目前に光り輝く剣が迫る。
……まずッ――!
咄嗟に冥刀を引き戻し、受けの体勢を取る。だが遅すぎた。
魔王の剣は冥刀を掻い潜り、俺を捉えた。
「がはっ!」
胴体を深々と斬り裂かれ、吹き飛ばされる。そして勢いよく氷壁に叩き付けられた。
俺は立っていられずに崩れ落ちる。
咄嗟に縮地を使ったことにより、両断は免れた。だが傷口は深い。口からは凄まじい量の鮮血が飛び散った。
ドクドクと全身から血液が失われ、血溜まりを作っていく。
「レイ!」
「レイさん!」
氷壁の向こうからくぐもった悲鳴が聞こえた。
だが気にしている余裕はない。咄嗟に闇を集めて再生を試みる。しかし速度が途轍もなく遅い。
傷口からは真っ赤な内臓が飛び出していた。おそらく身体中の骨も折れている。何度も経験したからこそわかる。
これは致命傷だ。
不幸中の幸いなのは胸の刻印が無事なことか。
霞む視界で前を向けば、ラナとカナタが必死に戦っている。
しかし、俺が抜けた事により防戦一方だ。いずれ崩される。
……早く……早く再生を……!
闇を使い、内臓を体内に押し込む。しかし再生は遅々として進まない。
……クソ! 時間がねぇってのに!
こうしている間にも二人の傷は増えていく。
致命傷は避けているようだが、それも時間の問題だ。
俺は再生を待たずに、黒刀を作り出す。それを杖にしてなんとか立ち上がった。
押し込めていた内臓がボトリと落ち、激痛に顔を顰める。
肩で息をしながらも縮地を使い、距離を詰めようとした。
だが、足がもつれて転倒する。溢れ出した血が地面に血溜まりを広げていく。
その時、バリンと胸の花弁が一枚散った。
「ぐあっ!」
自我が呑み込まれそうになるほどの殺戮衝動を意志力だけで捩じ伏せる。
――制限時間まで残り一分。
頭を思い切り地面に叩きつけ、熱を冷ましていく。
ここで冷静さを失えば恋人を、親友を、仲間を失う。
……冷静になれ! 今はとにかく援護に……!
再度、黒刀を杖にして立ち上がる。ぼたぼたと大量の血が流れ落ちた。血が少なくなり寒気がしてくる。
「ガッ!」
カナタが魔王の剣を受け損ない、吹き飛ばされた。壁に叩きつけられ血を吐いている。
「カナ……タ!」
駆け付けようとするが足が鉛のように重く、一歩が踏み出せない。
……まずい! まずいまずいまずい!
心ばかりが逸る。だが身体が言うことを聞かない。血を流しすぎて意識が朦朧としてきた。
それでも前を向く、ラナが一人で魔王の猛攻を防いでいる。
……行かな……いと!
いくらラナでも一人で魔王の相手をするのは不可能だ。それほどの差がある。
俺は再生を諦めた。素手で内臓を戻すと、表面にある傷を闇で覆う。これで少しは持つ。
……どうせ一分しかない。これで充分だ。
身体の中でじわりと血が広がっていく。気持ちの悪い感覚だ。
暗くなっていく視界で前を見る。
するとラナの星剣が弾かれ、今まさに斬られようとしていた。
サァッと血が引いていき、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。
「ラ……ナ!!!」
掠れた声で叫ぶ。
それだけはダメだ。絶対にやらせない。
ラナは俺が守る。
……そう誓っただろうがぁあああ!!!
「がぁぁぁあああああ!!!」
雄叫びを上げ、全ての闇を足に集める。身体を強化していた闇も、黒刀を作っていた闇も、傷口を覆っている闇も全て。
動かない足に変わり、闇を操作して無理矢理に縮地を使う。
地を蹴った足の感覚が無くなった。耐えきれずに壊れたのだろう。だがラナを救えるのなら構わない。
おかげで間に合った。
間一髪のところでラナと魔王の間に割り込めた。
まともに魔王の剣を受け、ラナもろとも吹き飛ばされる。
「レイ! レイ!」
一瞬、意識を失っていた。
気がつくと真白な壁の前でラナに抱えられるようにして倒れていた。
意識が朦朧とする。身体の感覚がない。だがまだ魔王は健在だ。
……早く……早く立たないと。
気持ちが逸るばかりで指一本動かせない。全身が沼にでも沈んだかのように重い。
耳元でラナが俺の名を呼んでいる。何度も何度も呼んでいる。それがひどく遠くの世界のことのように感じた。
……早……く。
この感覚も知っている。
死に際だ。
何度も経験したから間違いない。だがこのままでは死ねない。
魔王をどうにかしないと、仲間が死ぬ。ラナが死ぬ。
それだけは許せない。
……なんとしても魔王を斬る。
俺は無意識に立ち上がった。
身体の感覚は既に無い。音が消え、色が消え、匂いが消える。世界が、認識が削ぎ落ちていく。
残ったのは斬るというたった一つの宿願。
斬を放つ時と似た感覚だ。だが明確に違う。そう直感が告げている。
俺は最後の力を振り絞り、刀を作る。
再生なんてもはや必要ない。必要なのはただ一つ。
命を焚べて焔を燃やせ。決して消えない至純の焔を。
鉄は闇。深く、重く、黒く。何よりも暗い深淵の闇。熱く熱く、灼熱する。
魂を刻め、命を刻め。
此処に求めるは究極の一刀。
込める願いもただ一つ。
刀の鼓動が聞こえ、世界が闇に閉ざされる。
世界に存在するは刀、一振り。
其れは刀の理。斬の理。
振るうに値する敵はただ一人。
魔王。
相手にとって不足なし。
ならば斬ってみせよう。
此処が俺の――。
――極致。
⬛︎⬛︎剣、斬。
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