第六封印
闇が氾濫し全てを呑み込む。
ラナが、カナタが、魔王までもが飛び退った。
「グッ!」
溢れ出した殺戮衝動が仲間を傷付けないように抑え込む。
視界が赤く紅く赫く染まる。肌が浅黒く変色し、身体が変容していく。
かろうじてヒトであった肉体をバケモノのソレへと。
「ガッアアアアア!!!!!」
獣のように吼える。
視界が明滅し、意識が飛びそうになる。
――その時、フッと殺戮衝動が消えた。
視界が元に戻り、意識が明瞭になる。
あの時と同じだ。
胸の封印を見ると刻印が咲いていた。
五枚の花弁を持つ氷の華だ。ラナが封印に施した魔術だろう。
花弁の一つ一つが殺戮衝動を肩代わりしてくれている。
ラナが提示した制限時間は五分。一枚あたり一分ということか。
次の瞬間、魔王が動いた。
瞬時に目の前に現れ、剣が振り下ろされる。
先程までよりはよく視える。俺は半身になって避けた。
――が、魔王の剣が光り輝き、左腕が跡形もなく吹き飛ばされた。
鮮血が噴き出す。
「レイッ!」
ラナの悲鳴が聞こえる。その悲鳴を聞いても頭は酷く冷静だ。この程度、何も問題はないと理解していた。
闇を操り、左腕を再生させる。
……いよいよバケモノじみて来たな。
しかしこの再生も万能ではない。
腕の一本や二本ぐらいなら即座に再生するが、複雑な構造をしている内臓は時間が掛かる。特に首と力の源である胸の中心はダメだ。再生できないと解る。
だがそれだけだ。要は弱点以外、致命傷になり得ない。
便利な身体だ。
ならばやりようはいくらでもある。
……集中しろ。
俺は両手に握った冥刀を振り上げる。
――第七偽剣!
放つは二つの第七偽剣。それを超至近距離から叩き込む。
黒が一瞬にして魔王を呑み込んだ。
だがしかし、唐突に黒が割れた。
魔王がなんらかの方法で防いでいることは確実だ。これでは僅かな時間しか稼げない。
ならばこの隙に準備を整える。
俺は有り余る闇を使い、天井を満たすほどの大量の冥刀を作り出した。全身には闇の鎧を纏い、周囲に二つの大盾を浮遊させておく。
次は肉体の強化だ。
魔王の膂力にも太刀打ちできる肉体が必要だ。
俺は肌から闇を取り込み、身体中の筋肉に行き渡らせていく。
ブチブチと筋肉が断絶する音が体内に響く。
並大抵の痛みでは苦痛を感じない身体でも叫びそうになるぐらい強烈な痛みだ。
だが耐えられる。俺が経験した数多くの痛みには遠く及ばない。
ただの人間だった俺が耐えられたのだ。今、耐えられない理由がない。
並行して眼球だ。ヤツの攻撃を見切るには動体視力が圧倒的に足りない。
闇を眼球に流し込んだ瞬間、破裂した。柔く、脆い眼球は闇に耐えられない。だけど続けていけば変わる。
何度も何度も、破壊と再生を繰り返し闇に耐えられる眼球に作り変えていく。
そして第七偽剣が消えた。
強化は間に合った。だから俺は即座に動いた。
縮地を使って距離を詰める。それと同時に後ろでラナが指を鳴らした。
――と思った瞬間には隣にラナいた。
……瞬間移動か?
目で追うとか追わないとかのレベルじゃない。絵が切り替わったように現れた。
……いや違うな。
星剣ラ=グランゼルは【停止】を司る剣だ。
時を止めることも不可能ではない。だけどその時間はラナの体感時間で十秒だけ。そのわりに魔力のほとんどを使うらしい。
だがそれを聞いたのは昔だ。
きっとこの一年半で使いやすいように改良したのだろう。流石だとしか言いようがない。
もともと暴走した俺を封印したぐらいだ。素のままでもラナは強い。
……問題はカナタだが……。
横目で見るとカナタは目を瞑り、身体の周りに巨大で複雑な魔術式を記述していた。
声をかけるべきか悩んだが辞めておいた。
集中を乱すわけにはいかない。この局面で使う魔術だ。きっと必要な事だろう。
……ならば完成するまでの時間を稼ぐ。
俺は右の冥刀で第七偽剣を放つ。
ラナも俺に合わせて星剣を振るう。すると氷の津波が出現し魔王を呑み込むべく迫る。
だが、やはり届かない。直前でぐにゃりと軌道が曲がった。
「ラナ! わかるか?」
「魔術なのは確定! もうすこしサンプルが欲しい! 少し任せていい?」
「ああ。任せろ」
ラナが指を鳴らし、後退する。
俺は左の冥刀で偽剣を放つ。次は第六偽剣だ。
次元をも斬り裂く斬撃。だがそれも予報通りと言うべきか、軌道が曲がった。
ラナも後方から多種多様な魔術を放った。氷の槍、水の弾丸、氷の竜巻などなど。
その全てが魔王に着弾する寸前で軌道を変えた。
「ならこれはどうだ!」
天井の冥刀を魔王目掛けて射出するが同じだ。遠距離攻撃は全て曲がる。
そこで魔王も動いた。
吹き荒れる魔術を無視して突っ込んでくる。
……曲がるから避ける必要もねぇってか!
頭上に迫る剣を、内心で悪態をつきながらも二刀を使い剣を受ける。
……重い!
やはり凄まじい力だ。強化してやっと受けられる。押し返すのは不可能だ。
だが馬鹿正直に付き合う必要もない。俺は身体を少し移動させ、剣の軌道を急所から外した。
そして冥刀を闇へと戻す。
当然のように魔王の剣は俺の右腕を斬り飛ばした。
激痛が走るが、ただ腕が斬られただけだ。何も問題はない。
代わりに、魔王が体勢を崩した。
……腕一本でコイツの体勢を崩せるなら安い代償だな。
俺はすぐに右腕を再生させると冥刀を作り出し、胴体目掛けて第四偽剣を放つ。縮地で助走をつけていない分、威力は落ちるが第六封印まで解放しているのだ。鎧武者に使った時よりも威力がある。
だがそれを魔王を曲芸じみた動きで回避した。
……やはり近接は効く。
回避を選択したと言うことは近接攻撃ならば通るということだ。
魔王がなんらかの魔術で曲げられるのは遠距離攻撃だけなのはほぼほぼ確定だ。
「レイ! 三十秒ちょうだい!」
「わかった!!!」
ラナの魔力が膨れ上がるのを感じる。おそらく魔王の湾曲の魔術とでも言うべきものを解除するのだろう。
俺の役目はラナの言葉を信じてひますらに時間を稼ぐ。
――バリン。
胸から何かが砕ける音がした。
見ると花弁の一枚が散っている。少しだけ殺戮衝動が溢れ出した。
制限時間まで残り四分――。
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