偽剣
「みんな、魔王に関して知っている事はないか?」
この世界ではほとんど全ての人間が知っている常識。それが魔王と勇者だ。
数十年単位で出現し破壊と死を撒き散らす厄災、魔王。
対して、魔王から世界を救うために召喚される異世界人、勇者。
それがこの世界の人々の共通認識だ。
だがここで一つ奇妙な事がある。
俺が禁書庫に篭っている時に思った事だ。
歴代の勇者、歴代の魔王の情報が極端に少ない。
城の書庫はおろか禁書庫にもそれらを記した書物は一切なかった。
あったのは何十、下手したら何百年前に書かれたのかも定かではない伝説としての物語だけだ。
その為、前魔王、前勇者に関して俺が知っている事など殆ど無いと言っていい。
なにせ勇者の名前すらわからないのだ。
だからこの世界に生まれ育ったラナやアイリス、カノン、ウォーデンなら何か知っているのではないかと思った。
少しでも情報があればこれからの戦いに役立てる。
「多分レイは何も知らないと思うから、まず私が前提を説明するね。前魔王の名前は天穿つ厄災っていうの」
「大仰な名前だな」
「それだけ凄まじかったんだって。ともあれそんな魔王が現れたのが約二十年前。同時期に勇者とその仲間たちが召喚された。勇者は【輝ノ勇者】って呼ばれている」
「ちょっと待ってくれラナ。仲間たちが召喚って前回も俺たちみたいな異世界人がいたのか?」
「そうだよ。魔術師の四元素使いと剣士の黒血刃は地球人だね。陽光ノ聖女はこっちの人だけど」
「……巻き込まれたのか?」
「私が知ってる記録だと光の柱に飛び込んだって書かれていたね。勇者が自慢してたんだって」
まさか俺たち以外にわざわざ巻き込まれに行く人がいるとは思っても見なかった。
それも自慢するあたり、その勇者は自分のために飛び込んできてくれたのがよほど嬉しかったのだろう。
「まあでも目の前で親友が光の柱に呑まれたら飛び込むよな?」
実際に付いてきたカナタが言うと説得力が凄まじい。
「じゃあアレだね! 前勇者と二人は私たちみたいに親友だったのかもね!」
「もしくはどっちかと恋人だったのかもな」
「だね!」
幼馴染二人の言うことは確かにあるかもしれない。
が、今はあまり関係ないだろう。
「ごめんラナ。話が逸れた」
「初めに脱線したのはお前だろ」
カナタの言葉には返す言葉もなかった。そんな俺を見てラナが笑った。
「でも大丈夫だよ! って言っても私が知っているのはそれぐらいかな。あと、魔王が討伐されたのは勇者が召喚されてから一年後!」
「わかった。ありがとう。でもラナはどこで知ったんだ? どこにも書いてなかったよな?」
俺が見落としたのかもしれないが、その可能性は限りなく低いだろう。
一つ二つ見逃すのならわかるが、全てとなると話が変わってくる。
ラナは俺の言葉を肯定するように頷いた。
「勇者と魔王の情報は扱いが特殊でね、創世教が管理しているの。私は星剣保持者だから、いろいろな情報にアクセスできるんだ。でもそんな私でも勇者と魔王の情報はこれしか持ってない」
「なるほど」
……って事は殆ど情報なんて無いのかもしれないな。
そんなことを思っていると、ウォーデンが口を開いた。
「オレも少しだけ知ってるぜ? みんなは生まれてないだろうけど、俺は駆け出しを卒業したぐらいの冒険者だったからな」
確かにそうだ。ラナの話が本当なら前魔王出現から二十年しか経っていないのだ。ウォーデンは実際に前魔王の時代を経験している。
「って言ってもオレも討伐戦には参加してないから聞いた話だけどな」
「ウォーデン。遮って悪いが、その討伐戦って言うのは?」
「知らないのも無理はないか。まあ簡単に言えば魔王の取り巻きの間引きだな。魔王ってのは魔物を従えてるからバカみたいに強い魔物がゴロゴロいるんだ。だから勇者が魔王に専念できるようにってS級冒険者が総動員される」
「なるほど」
「それでここからは実際に討伐戦に参加したS級冒険者から聞いた話だ」
ウォーデンが姿勢を正して言う。
「彼は勇者と魔王の戦いを見ている」
俺は驚いて目を見開いた。
唐突に重大な情報が転がり込んできた。
「前魔王は黒ローブを頭まで被った魔術師だ。武器は身長と同じぐらいの杖。天穿つ厄災の名に相応しく、巨大な魔術を雲の上からバカスカ撃ち込んできたらしい」
「それはめちゃくちゃ重要な情報だな。相手が魔術師ならば至近距離で開戦できるこの場所は有利だ。初めから近接戦に持ち込める」
魔術師なら十中八九、後衛タイプだろう。
必ずしも後衛が近接戦闘が苦手だとは限らないが、近接戦闘の方が得意な魔術師はほぼ居ない。
「ウォーデン。その魔王ってのは取り巻きを勇者との間において後衛から攻撃するタイプか?」
「聞いた話だとそうだ。最終的に大勢の死者を出しながら勇者が近接戦に持ち込んだらしい」
それなら俺の予想は外れていないと考えていい。
「なら魔王一人だと大分弱体化してると考えるべきか。それは好都合だな」
「そうだね。私もそう思う」
ラナも頷いた。
「ありがとなウォーデン。助かったよ」
「おう。役に立ったならよかったよ」
「あとは……どれだけ強いかだな」
なにせ封印されているのだ。前勇者でも倒せなかった可能性が高い。
……まあ前勇者がどれだけ強かったのかもわからないがな。
勇者が召喚されてから魔王を倒すまで少なくとも一年という時間を要している。
サナはこの数ヶ月で凄まじい程の成長を見せた。その成長が勇者特有の能力だったとしたら前勇者の実力は計り知れない。
……もしかすると今のサナでは実力不足かもな。
だがやる事は変わらない。真の意味でラナを救うには相手がどんな存在であろうと倒すしか無い。
「でもやるしかないよね?」
「だな」
サナの言葉に俺は頷く。
「まずは俺が封印を斬る。その後に至近距離から第一偽剣を放つ」
前魔王が魔術師ならばそれで終わる可能性もある。
だが最悪の場合も想定しておく。
「それで決まればいいが、決まらなかったら俺とラナとカナタで前衛を受け持つ。サナとウォーデンは中衛、アイリスとカノンは後衛でいこう」
「レイ。それはいいが、斬れるのか?」
カナタが言っているのは封印の事だろう。
そう言いたい気持ちもわかる。なにせカナタは魔術師だ。俺よりもこの鎖の異形性は理解しているのだろう。
だが何も問題はない。
「斬れる。偽剣はその為の剣だ」
第一から第七まである偽剣はすべて副産物でしかない。全てはこの忌々しい鎖を断ち切る為に研鑽を重ねてきた。
俺は斬れると確信している。
「わかった。任せる」
「任せろ。じゃあ位置に……って思ったけど。みんなは休まなくても平気か?」
俺はずっとここに居たから充分に休息は取れている。
だけどみんなは先ほどまで馬車で移動していたはずだ。あれは予想以上に疲労が溜まる。
これから魔王と戦うというのに疲れた状態なら万が一もあり得る。
敵は強力。だから万全の状態で臨みたい。
だけど俺の心配は杞憂だったようでカナタが首を振った。
「問題ない。近くの村で充分休んでから来たしな」
「私も大丈夫だよー!」
カナタとサナが言い、他のみんなが頷いた。
「わかった。なら位置についてくれ」
みんなが頷き、方々へ散っていく。そんな中、俺は祭壇へと上った。
「絶対にみんなで帰ろうね」
隣にラナが来て手を握ってくれた。俺は微笑みかけるとしっかりと頷く。
「ああ。絶対だ」
「うん!」
満足そうに頷くとラナは手を離した。そして己の剣を呼ぶ。
「ラ=グランゼル」
ラナの手にクリスタルの星剣が現れた。続けて幾重にも強化魔術を掛けていく。
アイリスも後ろから全員に強化魔術を付与していた。
俺は鎖を束ね、前に立つ。
以前は斬れなかった鎖だ。これを斬るために全てを費やした。全てはラナを救い出す為。
「大丈夫。出来るよ」
ラナが俺を見て頷く。それだけで不安は消えた。
「ありがとな」
一度、深呼吸をして胸に手を当てる。
「……第五封印解除」
闇が胸から溢れ出し、殺戮衝動が――。
……あれ?
ラナを見ると自慢げな笑みを浮かべていた。
決してない訳ではないが、第五封印を解除しているとは思えないほど殺戮衝動が軽減されている。
それに胸から溢れ出る闇も多くなっている。
「ラナ。なんかした?」
「色々いじってたでしょ? あの時に改良しました! 殺戮衝動を抑える術式と封印の調整です!」
「さすが天才」
「でしょ! もっと褒めてもいいよ?」
「ありがとなラナ」
そう言って頭を撫でるとラナは心地良さそうに目を細めた。
そんな俺たちを見てカナタが咳払いをする。
「みんな見てるぞー」
「……わるい」
ここ数日当たり前のようにしていたが、人の目があるところでは少し自重しないといけない。
なんといっても恥ずかしいし顔が熱い。
俺はもう一度深呼吸をして熱を冷ましていく。
そして冥刀を作り出す。
加えて体に闇を纏わせる。ラナのおかげで使える闇が増えた。冥刀を作り出してさえ身体全体を強化できる余裕がある。
俺は冥刀を上段に構えた。
ここからは集中力がものを言う。
大きく息を吐き、呼吸を止める。
斬るべき対象――鎖へと意識を集中。
ただひたすらに斬る。鎖がなんであろうと斬る。何があっても斬る。
ただ『斬』る事だけに意識を向ける。
音が消え、色が消え、匂いが消える。残ったのは刀を握る感覚と鎖を見る視界だけ。
その視界ですら鎖以外を見る必要はない。
世界を削ぎ落としていく。
今この瞬間、世界に存在するのは俺と斬る対象だけ。
他は何も無い。要らない。
必要なのはその先。斬という結果だけだ。
ソレだけを押し付ける。
――偽剣、
――斬。
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