再会
仲間たちが来るまでは、まだまだ時間がある。
なにせグランゼル王国王都からシルエスタ王国ブラスディア伯爵領までは二週間かかった。王都に戻らず、月ノ迷宮に直行したとしてもそのぐらいはかかるだろう。
だから俺は夢から覚めてからの事を話すことにした。何よりラナに聞いて欲しかった。俺が歩んできた軌跡を。
思い返すと色々あった。
ここ数ヶ月はとても濃密な時間を過ごしていたのだなと今更ながらに思う。そう感じられるのもこうやってラナと再会できて心に余裕が生まれたからだろう。
幼馴染が勇者に選ばれたと言った時、ラナは面白いぐらいに驚いていた。この空間全体に響くぐらい大きな声を上げたものだから俺はつい笑ってしまった。
続けてもう一人の幼馴染は地球の魔術師だったなんて言った時には驚きを通り越して変な顔をしていた。
カナタの正体を知った時の俺より驚いていたかもしれない。
聞いてみると幼馴染の正体に驚いたというよりは地球に魔術師がいるという事実に驚いたのだとか。
そんな幼馴染が付いてきていると言った時は喜んでいた。
地球の魔術について聞きたいらしい。カナタも聞きたがっていたので丁度いいだろう。
もちろん聖女の正体は秘密にしてある。アイリスとの約束だ。
こちらに来てからできた仲間のこともしっかりと説明した。
一族を恐怖の象徴から変えようとしている少女、カノン。
普段はテキトーに遊び歩いているが、いざという時には頼りになるS級冒険者ウォーデン。
二人がいなければここに辿り着くまでは遥かに時間が掛かったはずだ。
仲間には感謝してもしきれない。
話し終えると「私もお礼、言わなきゃね」とラナは微笑んだ。
今は祭壇に腰掛けて、二人で手を繋いでいる。
晴れて恋人になれたのだから指と指を絡ませた恋人繋ぎというやつだ。地球では恋人同士になるとこうすると教えたらラナは満足そうにニコニコしていた。
ずっとこうしていたいと思う程に幸せな時間だ。真っ白で殺風景な空間だが、心が安らぐ。
そんな時、ふと聞きたかったことを思い出した。
「そういえばさっきの第六封印が解けかけたって話なんだけど、封印に何か細工してた?」
奈落の森で枯れ木と戦った時の事だ。
第六封印が解けかけて、冷気が溢れ出した。
その瞬間、ラナの声を聞いた気がする。おかげで殺戮衝動が消え、枯れ木を撃退することができた。
あれはきっとラナの魔術だ。
「してたよ。封印の中に魔術を組み込んでおいたの。一回なら解けそうになっても大丈夫なようにって!」
「そうなんだ。俺、あの時ラナの声を聞いたんだ」
「声?」
ラナが不思議そうに首を傾げる。
「うん。『大丈夫。私に任せて』って」
「ん〜なんだろ? あの魔術式はね。二つの役割を持っていたの。一つ目はレイの殺戮衝動を肩代わりするもの。二つ目は発動後、一定時間経つと封印を強制起動させるもの。だから声が聞こえるなんて事はないはずだけど……」
「そうなんだ……」
俺が聞いたのは幻聴だったのだろうか。
そんなことを思っていたらラナが「でも」と言葉を続けた。
「本当に聞こえたなら嬉しいな」
ラナが柔らかな笑顔を浮かべる。そのまま俺の肩に頭を預けるよう寄りかかってきた。
「この封印を作ってた時、どうかレイを守ってくれますようにって祈りながら作ってたから。もしかしたらその想いが魔力に乗ったのかも」
「そんなことあるのか?」
「ある……って断言はできないけどね。昔から魔力には想いが乗るって言われてるから」
「そうか……でもそれなら俺も嬉しいな」
俺が聞いた声はそれだけラナが想ってくれていたことの証明だ。嬉しくないはずがない。
「でも私、解けかけた時は心配したんだよ?」
ラナが一転、ムッとしたように唇を尖らせる。
「え? もしかして伝わってたのか?」
「もちろん! 私が作った魔術だもん! 発動してわからないはずがないでしょ?」
「それは……なんていうかごめん」
俺が謝るとラナは首を横に振りながら表情を和らげた。
「ううん。いいの。レイは大丈夫って信じてたからね。嬉しいの方が大きかったよ」
「嬉しい?」
「うん。約束通り、世界を超えて救いに来てくれたって分かったから。さっきは発動したらわかるっていったけど、さすがに違う世界だとわからないかもだから」
「じゃあこっちに来てるのはわかってたんだ」
「うん! 本当に嬉しかった。泣いちゃったもん」
恥ずかしそうに言ったラナはやはり可愛いかった。
「だからありがとね。本当に」
「俺こそだよ。あの魔術がなかったら正直危なかった。本当にありがとう」
お互い頭を下げ合って笑顔を浮かべた。
俺たちは離れていた時間を埋めるように他愛のない話をしたり、模擬戦をしたりして過ごした。
ラナも俺と別れてから魔術の研究をしていたらしく、俺の封印を色々といじっていた。
何をしているのかさっぱりわからなかったが、俺にとって大事なことをしてくれているのだとはわかった。
途中、近くの村へと買い出しに行ったりもした。
俺が携帯食料を食べているのを見て、ラナも何か食べたくなったみたいだ。
魔王封印に繋がれているラナは食事の必要はない。だからと言ってここ数年何も食べていないのだ。その欲求は当然のものだ。
そんな彼女の前で食べたのは軽率だったと反省しながらすぐに買い出しに向かった。
置いて行くことに不安はあったが、ラナの願いを優先した。
ラナは守られるだけの女の子じゃないから。
結果として買ってきた果物や串焼きを満面の笑顔で食べてくれた。
そんなこんなでおよそ二週間が経った頃、俺の仲間たちが到着した。
「お、来たな」
二人で模擬戦をしていた時に、気配を感じた。ラナも気付いたようで扉の外へと目を向けている。
「レイ! 私、変じゃない?」
氷で作った剣を消すと髪を手櫛で整えながらパタパタと近付いてきた。いつもサラサラの髪はくせの一つもない。
純白のドレスもラナが成長して胸元が少しだけ苦しそうだが、それだけだ。いつも通り美しい。
だから俺の言う事は一つ。
「いつも通り、可愛いよ」
「えへへ。ありがとね」
はにかみながら微笑んだラナはやはり可愛いかった。
祭壇の上で仲間を待つ。ラナは扉の外を見ているが、俺はラナの顔を見ていた。
視線に気付いたラナが俺を見て首を傾げる。
「なに? 顔になんかついてる?」
「ううん。付いてないよ」
「そう?」
アイリスと再会した時の表情が見たかった。だから俺は笑って誤魔化した。不思議そうな顔をしていたラナだったが、すぐに視線を戻した。
気配はすぐそこだ。
「お姉ちゃん!!!」
「アイリス!?」
驚いたラナと視線が合う。
唇を噛み締めて、涙を堪えているような表情だ。だけどすぐに満開の花のような笑顔を見せてくれた。
この顔を見られただけで秘密にしておいた甲斐があるというものだ。
「なんでこんな嬉しい事ばかりしてくれるのかなぁ!!!」
駆け寄ってきたアイリスがラナに抱きつく。身体強化でも使っているのか一足飛びで祭壇の上まで来た。
「ひさしぶりアイリス。心配掛けてごめんね?」
「ううん。私のせいだもん! ごめんなさい! ずっと謝りたかったの!!! 本当にごめんなさい! 捕まってごめんなさい!!!」
ラナはアイリスが人質に取られたと言っていた。それをアイリス自身、ずっと気にしていたのだろう。
アイリスは胸の中で涙を流し続けていた。
ラナはその背中をゆっくりとさすっている。優しく、丁寧に。アイリスを落ち着かせるように。
「アイリスが悪いんじゃないよ。あれは私が弱かったから……」
「違うもん! お姉ちゃんは弱くない!」
二人とも間違っている。どちらのせいでもない。ここに悪い人なんているはずがない。
だから俺は横から口を挟んだ。
「二人とも悪くないよ」
それだけは断言できる。悪いのは全て帝国だ。初めから魔王封印なんて馬鹿げたものを作らなければこんな悲劇は起きなかった。
だから全て帝国のせいだ。
ラナが俺に視線を向けると頷いた。
「そうだね。私が悪い訳でもないし、アイリスが悪い訳でもない。それにまた逢えた。今はそれで充分だよ。ありがとねアイリス」
「うん! うん!」
「レイもありがとね。連れてきてくれて」
ラナは勘違いしていた。
俺は連れてきたのではない。アイリスが自分で道を切り拓いたのだ。
だからきちんと訂正する。
「違うよ。俺は連れてきたんじゃない。アイリスは仲間だ」
「え? どういうこと?」
「それはアイリスから聞くべきだな」
アイリスが至近距離からラナを見つめる。
「私がんばったの! お姉ちゃんみたいにいっぱい勉強した! でも私、剣の才能がなくて……。でもでも! 回復魔術が得意だったから聖女を目指したの!」
「ってことはレイの言ってた聖女ってアイリスだったの?」
「うん!」
「だからレイははぐらかしてたのね」
ジッと責めるような視線をラナが向けてきた。俺は曖昧に笑い頬をかく。
「アイリスと秘密だって約束してたからな」
「まさかのグルか! この〜!」
ラナがアイリスの髪をくしゃくしゃした。アイリスが「きゃ〜」と可愛らしい悲鳴を上げる。
「アイリスの助けがなかったらこんなに早くここまで辿り着けなかったよ」
「だから仲間ね。助けてくれてありがとねアイリス」
「うん!」
涙を流しながら姉妹は笑い合った。その笑顔はとても似ていて、綺麗だった。
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