一条の光
気がつくと陽は完全に沈んでいた。談話室は闇で包まれておりカーテンの隙間から差し込む月光だけが唯一の明かりだった。
頭を整理するとは言ったが、碌に思考が働かない。自分が思っている以上にショックが大きかったらしい。
状況は振り出しに戻った。
だがいつまでもこうしている訳にはいかない。それこそ本当に手遅れになる前になんとかしてラナを探し出さなければならない。
……こうなったら片っ端から迷宮を捜索するか?
半ばヤケでそんなことを考える。
時間は掛かるがラナが迷宮に囚われていると仮定したらそれが確実だ。
六人で手分けをすればだいぶ早く終わるだろう。
しかしそれは危険すぎる。S級迷宮に潜ってわかったが迷宮という物は想定外が起きすぎる。
……やるなら俺一人でやるべきだ。
しかしそれだと本末転倒だ。時間がかかりすぎる。
……何か、何かいい方法はないか?
その時、ふと一つのアイデアが浮かんだ。
……あるじゃねぇか。確実で簡単な方法が。
要はラナを攫った連中に聞けばいい。単純明快で確実な方法だ。幸い、それがどこの誰かはわかっている。
ヤツらもラナの家族も殺しているのだ。ならばやり返されても文句は無いだろう。
……邪魔する奴は皆殺しにすればいい。
俺は机に置いてあった紙に「少し出かける」と書き置きをし、談話室から続くバルコニーへと出た。夜風が熱くなった思考を冷ましていく。
……まずいな。思考が暴力的になってる。
一度、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
皆殺しはダメだ。万が一、やったのが勇者パーティの前衛だとバレたらグランゼル王国の責任になる。
ラナを救い出した後、戦争にでもなったら目も当てられない。
それはラナが悲しむから絶対にダメだ。
やるなら殺すのは最小限、尚且つ正体がバレないように一人でだ。
目的を定め、封印を解除する。
「……第四封印解除」
殺戮衝動が暴れ出す。
胸から溢れ出た闇を背中に集めて翼へと変える。
地図は頭に入っている。
全速力で飛んでいけば、三日も経たずに到着するだろう。
標的は帝国宰相。名前すら知らないが城にでもいけば会えるだろう。
……わかりやすくていい。
俺は翼を羽ばたかせて天高くへと舞い上がる。
……みんな、ごめんな。
心の中で仲間に謝り、ぐんぐんと高度を上げていく。
いつのまにか目の前に満月があった。陽の光を反射して闇夜を照らしている。
この世界でも夜空に浮かぶ満月は幻想的だ。
日本から見える月は、兎が餅をついていると言われる模様だ。しかしこの世界の月は模様が違う。本当に異世界なんだなと思い知らされる。
こんな時でもなければずっと眺めていたい。その隣にラナがいれば最高だ。
それを実現する為にも、ラナを救い出さなくてはならない。
俺は満月を視界から追い出すと帝国の方角へ目を向ける。
そこで何故か後ろ髪を引かれるような感覚に陥った。
……ん?
何か胸の内に引っ掛かる物を感じる。ほんの小さな違和感だ。
重大な何かを見落としている気がした。
殺戮衝動に侵された思考では取りこぼす。そんな予感があった。
「……封印再起動」
翼が消え、空を真っ逆さまに落ちていく。
殺戮衝動が消えていく。これで意識がはっきりした。俺は目を閉じて思考に没入する。
それは例えるなら、霧の中に差す一条の光だ。一瞬でも意識を逸らしたら見失いそうなほどに小さな光。その光を必死に手繰り寄せていく。
……なんだ? 何を見落としている?
俺はこちらの世界に来てからのことを思い出していく。
……勇者召喚、祭壇、聖女、教会、創世教、騎士団長、魔術師団長。
なにか、月に関わる物を見た気がする。まだ浅い。深く、より深く記憶を掘り起こす。
……勇者、聖刀、迷宮、冒険者、魔物。
………………禁書庫。
瞬間、一条の光が天啓のように閃いた。
――もし、ペンデュラムが正確にラナを指し示していたとしたら?
禁書庫で自分が口にした言葉を思い出した。
――月があるなら太陽があっても良さそうなものだけどなぁ。
俺は目を開けた。
……まさか。
「第四封印解除」
翼を作り出し急制動を掛けた。そのまま翼を羽ばたかせて滞空する。
この仮説が正しいのならば、標のペンデュラムが動かなかったのも当然だ。
動かないながらもペンデュラムはしっかりとラナの居場所を指し示していたのだ。
地面を越えた先、この惑星のさらに先にある天体を。
即ち――月。
グランゼル王国には「月ノ迷宮」と言う攻略済みの迷宮があった。しかし「太陽ノ迷宮」はない。
俺が調べた限り、他国にも存在していない。
あの時は考えもしなかったが、もし「月ノ迷宮」が本当に月へと続いていたら。
そんなことはあり得ない。悪夢を見る前ならそう断じていただろう。しかし地球やレスティナには魔術がある。その先入観は当てにならない。
そうであるならば「太陽ノ迷宮」がない理由にも頷ける。なにせ太陽は恒星だ。とても人間が生活できる環境ではない。
月も空気がなく生活できないが、それは地球の話だ。
……十分に試してみる価値はある。
今、月は頭上にある。俺の仮説が正しければペンデュラムは動くはずだ。
俺は懐から標のペンデュラムを取り出し、再び目を閉じる。
思い浮かべるのは当然、ラナだ。
俺にとっては星剣よりもラナの方がイメージしやすい。
天使のような美しい少女、華やかな笑顔。今もそこにいるかのように思い出せる。
忘れた事は一度もない。別れたあの日から一度もだ。常に再会することだけを考えて行動してきた。
……だから今度こそ……頼む!
逸る心臓を抑えながら俺は目を開けた。
標のペンデュラムは動いていた。
指し示していたのは遥か頭上に浮かぶ天体。
――月。
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