器
東の空が白み始めた頃、ガチャリと音がして背後の扉が開いた。
「……おわった」
振り返ると扉の隙間からカノンが顔を出していた。
額には玉のような汗を浮かべ、目の周りにはクマができている。まさに疲労困憊と言った様子だ。
「お疲れ様。どうなった?」
「……成功。……呪いはこれに移した」
カノンが手に持っていたモノを俺たちに見せてくる。
「これはなんですか?」
アイリスが疑問を浮かべるのも無理はない。俺にもソレが何なのかはわからなかった。
カノンが手に持っていたモノは一言でいえば結界に囲われた肉塊だ。その肉塊にはヒュドラの牙が刺さっている。
牙はわかるがこの肉塊はどこから出てきたのだろうか。紫色をしていて毒々しい。
「……これは器。……肉はヒュドラの眼球を調整したモノ。……そこに呪いを移して牙で封じている」
「調整って……」
その言葉の意味する所は正確にはわからないが何だか物騒だ。
「それはどうするんだ」
「……研究に使う。……何か掴めるかもしれない」
廃棄するのかと思っていたが、魔術師らしい答えが返ってきた。
現状、敵の情報が何もない。なら少しでも調査してもらったほうがいいだろう。だけど心配もある。
「ソレは危険じゃないのか?」
「……超危険。……でもわたしが持つ限りは何の心配もない」
「わかった。ソレの扱いはカノンに任せる」
「……ん。……レイ。……ライムさんを呼んできて……」
言うなりカノンの身体がグラリと揺れた。アイリスが慌てて支える。
「大丈夫ですか?」
「……ごめん。……かなり疲れた」
夜通し解呪にかかりっきりだったのだ。この疲労具合も無理はない。
「ありがとな。先に休むか?」
「……もう少しならヘーキ」
呟くと自分の力だけで立ち上がる。アイリスが心配そうに見つめていた。
「わかった。ならライムさんを呼んでくる。アイリス。カノンを頼む」
「はい! わかりました!」
足早にライムさんの部屋へと向かう。
使用人たちの部屋は一階だ。執事長であるライムさんは住み込みで働いているため個室がある。
アルメリアの部屋からは階段を降りてすぐだ。
ノックをすると寝ていないのか疲労の残る顔つきでライムさんが現れた。
「ライムさん。終わりました。カノンが言うには成功だそうです」
「本当ですか!? ありがとうございます」
目を大きく見開くとライムさんが頭を下げた。目の端に光るものが見えた気がする。
「すぐ部屋に向かってください。俺はカナタとサナを呼んでから行きます」
「わかりました!」
ライムさんが部屋を飛び出し階段を駆け上がっていく。
それを見届けると俺は中庭に向かった。外に出ると気配に気付いたのかカナタが手を挙げて声をかけてきた。
隣にはサナがいる。
「レイ! どうなった?」
「成功だ」
「ホント!? よかったぁ〜」
俺の言葉を聞いてサナが気の抜けたような声を出した。
「みんな部屋に集まってる。俺たちも行こう」
「うん!」
カナタとサナを連れて、来た道を引き返す。
部屋の前に着くと人影はなく、扉は開かれていた。中を覗くと三人がいた。ベットの脇に膝をついたライムさんがアルメリアの手を握っている。その肩は震えていた。
アイリスとカノンは一歩引いた所からその様子を見守っている。
俺たちも部屋の中へと入り、アイリスの隣に立つ。
そこからベットを覗き込むと、アルメリアが薄らと目を開けていた。
首だけを動かし、焦点の定まらない瞳で俺たちを見る。
「……レイ……さま…………ですか? ……すみま……せん。目が……あまり……」
アルメリアが途切れ途切れに言う。
隣のアイリスを見ると頷き返してきた。俺が席を外している間に事情は話しているらしい。
「ああ。俺がレイだ。あまり無理はするな」
「……はい。…………助けて……頂き……ありが……とう……ござい……まし……た」
実際に救ったのはカノンだ。だが誰か一人でも欠けていたらこんな短時間でヒュドラの首は入手できなかっただろう。
この礼は全員で受け取るべきだ。
「勇者パーティとして礼を受け取るよ。今は回復に専念してくれ」
「……はい」
礼を伝えて安心したのかアルメリアが再び目を瞑る。するとすぐに寝息が聞こえてきた。
相当無理をしていたらしい。律儀な子だ。
「カノン。もう大丈夫なんだな?」
小声で聞くとカノンがコクンと頷いた。
「あとはしっかりと栄養を取れば大丈夫」
「そうか。ありがとな」
「では私たちは邪魔にならないように出ましょうか」
「だね〜」
「ライムさん。俺たちは少し休みます。何かあれば呼んでください」
「はい! お部屋は前回の場所をお使いください」
「ありがとうございます」
ライムさんに見送られ俺たちは部屋を後にした。
「……おっと」
部屋を出たらカノンがふらついた。隣にいたカナタが咄嗟に支える。
「大丈夫か?」
「…………ダメ」
呟いたカノンは脱力して身を任せた。当のカナタは固まっている。カノンはいつも通りの無表情だ。何を考えているのかさっぱりわからない。
たっぷり数秒の沈黙が場を支配した。
「………………おい」
ようやく再起動したカナタが、カノンの行動に疑問を呈する。
カノンは応えずに身体を反転させカナタの首に手を回した。
「「わ〜!!!」」
まるで抱きついているような体勢にサナとアイリスが黄色い声を上げて頬を染めた。
「おい! カノン! どういうつも――」
「……部屋。……連れてって」
カノンがカナタの言葉を遮る。
疲れているのは本当で少し顔色が悪い。カナタもそれに気が付いたのか呆れたようにため息を吐く。
「仕方ないな」
カナタは地面に膝を突くと担ぎ上げようとした。俺でも分かる。それはマズイ。
「おいカナタ――!」
俺の予感は見事に的中。背筋が凍るような声音でカノンが言った。
「……また担いだら絶対に許さない」
恐ろしく冷たい声音。あまり感情を表に出さないカノンにしては珍しい。それほど思う所があったのだろう。
「…………わかったよ。ちょっと失礼」
カノンの膝の裏に腕を回してお姫様抱っこをした。
「……むふ〜」
カノンはご満悦そうだ。先程の声が嘘だったんじゃないかと思うほど気の抜けた声を漏らした。
いつもの無表情が少し崩れている。
「これは? もしかして? もしかする!?」
サナが一人で盛り上がっていたが、カナタは無視して歩き出した。
「先に行く」
「ああ……」
……これは察して逃げたな。絶対に。
俺の予想はまたも的中。
「まさかカノンちゃんがカナタにねぇ〜」
サナが一人でニマニマしている。昔から色恋沙汰が大好物なのだ。この反応を見れば今も変わっていないことは確実だ。
それに俺が知っているのは小学生の頃のサナだ。今は華の女子高生。小学生の時よりも磨きがかかっていることは想像に難くない。
俺も逃げたいが、アイリスを置いて逃げるのも憚られる。
「……それは邪推じゃないのか?」
その可能性もあるとは思うが、ただの意趣返しのような気もする。
「いやいや! あのカノンちゃんがだよ!? 普通あんな表情する!? あれはもうほぼほぼそうでしょ!?」
サナはどうしてもそっち方向に結び付けたいらしい。
「アイリスはどう思う!?」
いきなり話を振られたアイリスは目が点になっていた。
「え!? 私ですか!? ……私はそういうの……ちょっと分からなくて」
「えー!? なんで!?」
「なんでと言われましても……」
女三人寄れば姦しいとは言うけれど、色恋が絡むとサナは一人でも十分姦しい。
「……おいサナ。アイリスをあまり困らせるな」
「えー! だって気になるでしょ! レイは気にならないの!?」
「全く気にならないわけじゃないけどな。……てかカナタに彼女はいないのか? あいつ前からモテてただろ?」
「高校でもモテては居たけどね。全部断ってたよ。何度友達を慰めた事か! 今思えば魔術師だったからかもね〜」
「あーたしかに。それはそうだな。そもそも彼女が居たらこっちに来ないか」
カナタが自分で付いてきたとは言え、彼女が居たら申し訳ないことをしたなと思ったがその心配は要らなそうだ。
「てかお前、夜通し警戒してたのにその元気はどこから来るんだ?」
呆れたようにいうとサナはあっけらかんと答えた。
「ん〜? 勇者だから!」
俺は盛大に溜め息をついた。
……この体力オバケめ!
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