心臓部
「……心臓か?」
部屋の中央には鼓動を刻む肉塊。見ようによっては心臓に見えなくも無いソレが巨大なクリスタルの中に封じ込められている。
まさに異様の一言。
壁の四方八方に隅々まで記述されている魔術式ががその印象を加速させている。
「レイの言う通りこれは心臓だ。正確に言うならこの迷宮のな」
「ってことは迷宮核か?」
城にあった本で読んだ事がある。
迷宮の最奥部、そこには心臓部がある。ここで言う心臓が迷宮核だ。
人間の身体と同じように魔力を迷宮内に巡らせていく役割を果たす。
他にも出現する魔物を管理し、迷宮を成長させるのも迷宮核の役割だ。
「ここまでデカいのは初めて見たけどな」
ウォーデンが緊張した面持ちで言った。
「これが……」
今現在も迷宮核は鼓動を刻んでいる。
迷宮核が心臓で、迷宮が身体。そう捉えればラナが迷宮を魔物の一種だと言っていた事にも頷ける。
「ってことはこれを破壊すれば踏破は完了か」
「そうだ」
迷宮の踏破と迷宮核の破壊はイコールだ。迷宮核が破壊されればその迷宮は活動を停止する。
人間で言うところの死だ。
内部にいる魔物は全て死に絶え、成長も止まる。
「じゃあ早速やるか。最下層じゃ戻るのにも時間かかるしな」
俺は小刀を黒刀に変える。
最終到達地点は七十三階層。それよりも深い場所にいる事は確定だ。これから何十階層も登らないといけないと考えると憂鬱な気分になる。
「待てレイ。迷宮核はいい素材になる。ここはオレに任せてくれ」
「ん? わかった」
ウォーデンが前に出て手のひらを迷宮核に触れさせる。
そして魔術式を記述した。
――炎属性攻撃魔術:灼炎華
クリスタルの中に炎で出来た華が現れる。それが封じられた心臓だけを燃やして行く。
「素材としての迷宮核はこのクリスタルが重要なんだ。だからなるべく傷付けない方がいい」
「なるほどな」
斬る事しか能がない俺には逆立ちしてもできない芸当だ。
ものの数秒でクリスタルの中にあった心臓は焼き尽くされた。
その瞬間、空間に満ちていた魔力がパッと霧散した。
残ったのは巨大なクリスタルただ一つ。壁に記述されていた魔術式も全て消えている。
「これで迷宮、奈落の森は完全に機能を停止した。踏破完了だ」
「なんかあんま実感ないな」
踏破と言いつつ、俺たちがやったのは低階層からのショートカットだ。本来は何ヶ月もかけて行う攻略を大幅にスキップした。
だからか踏破したという実感があまりない。
「まあそうだろうな。だけど戻ったら大騒ぎしてるはずだぜ?」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ。じゃあみんなオレの周りに集まってくれ」
「ん? これから戻るんじゃないのか?
「便利なものがあるんだよ。……これだ」
ウォーデンが首元からネックレスを取り出した。そこについていたのは魔術式が記述された水晶だ。大きさは親指ぐらいなのにも関わらず記述されている魔術式が非常に細かい。
「それは?」
「転移水晶。S級冒険者に与えられる特殊な魔導具だ。これがあればすぐにでも入り口に行ける」
「ちょっとまてウォーデン。初めからそれで脱出すれば良かったんじゃないのか?」
カナタの言葉はもっともだ。そんな物があるなら閉じ込められた時点で引き返せたはずだ。
しかしウォーデンは首を横に振った。
「そんな便利な物じゃない。コイツが動いてる限り迷宮内で転移水晶は使えない」
ウォーデンが先程まで迷宮核だったクリスタルを指差した。
「原因はあの魔力か?」
「そうだ。多かれ少なかれ迷宮には魔力が満ちている。それが転移を阻害しているらしい」
「だから破壊した後なら転移できると」
「そういう事だ。帰還用の魔導具だな。わかったらみんな手を繋いでくれ」
みんなが密集し隣の人と手を繋ぐ。最後にウォーデンが迷宮核であったクリスタルに手を触れさせる。
そして胸元の転移水晶に魔力を込めた。
視界が白く染まって行く。
視界が晴れると、周りには大勢の人々がいた。
転移したのは迷宮の入り口にあった部屋だ。その中に冒険者たちがごった返していた。。何やら口々に「踏破したのか?」「どうなった?」と騒いでいる。
そんな中、最前列にいた聖騎士二名が膝をついてサナに頭を下げる。
「ご帰還、お待ちしておりました」
「え? は!?」
聖騎士が口を開くと同時に冒険者たちは口を閉じた。聖騎士の邪魔をしてはいけないのは共通認識らしい。
困惑するサナを他所に聖騎士は続ける。
「その迷宮核、踏破されたのですね。お疲れかと思いますが、話をお聞かせいただければと思います」
「とりあえず頭を上げ――」
ウォーデンがサナの肩を掴み、後ろに下げると自ら前に出た。
その様子に聖騎士の気配がピリついた物に変わる。兜を被っていて表情は窺い知れないがきっと眦を釣り上げているのだろう。
しかしウォーデンは堂々としたもので意に介さない。
「説明は俺がする。S級冒険者なんだから無碍にはできないだろう?」
「……あ、ありがと」
ニッと笑ったウォーデンは頼もしく見えた。
言葉通り、S級冒険者を無視するわけには行かず聖騎士は不満げに頷いた。
「……ではこちらへ」
「おう」
人並みを掻き分けて聖騎士が部屋を出る。その後に迷宮核を担いだウォーデンが続いていくが、部屋を出る直前で振り返った。
「みんなは宿に行って出発の準備をしといてくれ。話が終わったら行く。……あ、それと忘れるところだった。この迷宮核はどうする? 売っぱらってもいいが……」
「……わたし、少し調べたい」
「それは俺もだな。魔術師として興味がある」
「私も少し」
魔術師三人が手を挙げた。
俺は魔術師ではないからわからないが、惹かれる物があるのだろうか。
「んじゃとっておくでいいんじゃないか? サナは?」
「私はどっちでもいいよ! みんながとっておきたいならとっとこ」
「んじゃ、とっとくで決まりだな。んじゃまたあとでな」
後ろ手を振りながらウォーデンが部屋の外へと出て行く。
それを皮切りにまた冒険者が騒ぎ出した。聖騎士が居なくなったのをいい事に一斉に距離を詰めてくる。
……めんどうだな。
そんな感情が顔に出ていたのかカナタが呆れた顔で言った。
「加減はしろよ?」
「ああ」
俺は周囲に向けて殺気を放った。
もちろん加減はした。S級迷宮に集まるのだからそれなりの実力だと思ってほどほどに。
だが結果は、カナタが額に手を当てていることから察してほしい。
「どうなっても知らねぇぞ?」
「…………弱いこいつらが悪い」
俺はそれしか言えなかった。
それからは慌しかった。
受付にいた冒険者からの質問攻めをなんとか躱して宿へ。
店主に事情を話し、すぐに帰りの準備を整えた。
「俺たちもようやくお役御免だな」
そう言って店主が少し寂しそうにしていたのが印象的だった。
迷宮が無くなれば迷宮都市も無くなる。
ここナラクも少しずつ人が離れて行くのだろう。そう思うと俺ですら感慨深いものがある。当事者である店主ならその思いもひとしおだろう。
「お世話になりました」
「おう! またどこかで会ったらうちに泊まってくれよ!」
店主の口ぶりだとまたどこかの迷宮都市で宿屋をやるのだろう。
ならば俺が言う事は一つ。
「もちろんです!」
そうして諸々の説明を終えたウォーデンと合流して迷宮都市ナラクを後にした。
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