撤退
サナとウォーデンを先頭に、とにかく走る。
後方ではカノンの霧を吸い込んだ魔物がのたうち回っている。言葉通り呼吸困難になっているのだろう。
しかし流石はS級と言うべきか、知能が高い。窒息の原因が霧であると気付いた個体が風の魔術を使って霧を押し流している。
そうして霧を突破してくる魔物がかなりいる。
「アイリス! 地面に水を撒けるか」
「できます!」
「……わたしも!」
カナタの指示で腕の中のアイリスが魔術式を記述する。カノンも霧は頭上の鴉に任せて自分は別の魔術式に切り替えた。
「レイさん! 失礼します!」
アイリスが俺の首に手を回し、体を持ち上げる。俺の肩口から魔術式を記述した指先を後ろへと向けた。
「カナタさん! カノンさん! 合わせてください!」
「いつでもいいぜ!」
「……ん」
――水属性攻撃魔術:大海嘯
――呪属性攻撃魔術:呪海
二人の手から大量の水が放たれる。
アイリスが放った水は澄んだ青色をしていたが、カノンの放った水は毒々しい紫色をしていた。
多くの魔物が水に押し流されていくが地面につかまって耐えた魔物も多い。
しかしその魔物たちも呪いに侵され、地に倒れ伏している。
――雷属性攻撃魔術:雷架
濡れた地面にカナタが作り出した雷の十字架が突き刺さった。
ズドンと、稲妻が落ちる。電流が水を伝い、一瞬にして魔物の命を奪った。
まだまだ後続はいるが、後ろの対処は任せられそうだ。
そう思った矢先、洞窟が揺れた。
……俺の相手はコイツだな。
前方の壁を突き破って白大蛇が姿を現した。
「サナ! ウォーデン! そいつは俺に任せろ!」
「うん!」
「おう!」
俺の言葉通り、サナとウォーデンは白大蛇を一瞥すらせずに通り抜けていく。
そんな二人目掛けて白大蛇が大口を開けた。
「アイリス! しっかり掴まってろよ!」
「はいっ!」
アイリスが首に手を回してしがみつく。俺は左手だけで体を支えると右手に大太刀を握る。
縮地を使い白大蛇の頭上へ瞬時に移動。大太刀を振り上げる。
「……第三偽剣、断黒!」
今まさにサナとウォーデンを呑み込もうとしていた首に黒の斬撃を叩き込む。
白大蛇は血飛沫を上げながら絶命した。
着地すると再び駆け出す。
「白大蛇は俺に任せろ!」
息をつく暇もなく、洞窟が揺れた。進行方向の左右から二体の白大蛇が現れる。つい舌打ちが漏れた。
「こいつら何体いやがる!」
「レイさん! 上です!」
そして天井を突き破って現れる三体目の白大蛇。天井から落ちて来た木々を斬り裂きながら走る。
仲間が周囲にいる状態で第一偽剣は使えない。
……ならば。
「第五封印解除!」
殺戮衝動が暴れ狂う。闇が胎動し、膨れ上がった。
……物量で押し潰す。
獰猛な笑みが浮かぶのを抑えられない。
「レイ……さん?」
アイリスが不安そうな声で呟いたが、気にしている余裕はない。殺戮衝動を気力で抑え込む。
闇を全て黒刀に変える。並び立つは洞窟を埋め尽くすほどの黒刀。その数、一万。
その全ての切先を左右にいる二体の白大蛇へと向ける。
「死ね」
無数の黒刀が飛翔する。白大蛇はその巨体故に逃げられない。
次々と黒刀が突き刺さる。白大蛇から鮮血が吹き出した。
「キィィィィィイイイ!!!」
甲高い断末魔を響かせながら二体の白大蛇は沈黙した。
見据えるは天井から顔を出している最後の一体。血の雨を駆け抜けて偽剣を放つ。
「第三偽剣、断黒!!!」
横薙ぎに振るった斬撃が白大蛇の命を絶つ。
「レイ! 分かれ道! どうする!?」
前方からサナが叫ぶ。
「ウォーデン! 正しい道は右だな?」
「ああ! だがこれじゃ通れねぇぞ!」
視線を向ければ正しい道である右側にはびっしりと魔物が待ち受けていた。当然のようにS級の魔物しかいない。
「……こじ開ける!」
俺は縮地を使いサナの前方、分かれ道の前へと躍り出る。アイリスを降ろすと一万の黒刀を闇に戻し、手の中に収束させていく。
第五封印で解放される闇を全て凝縮され作る刀。その名も冥刀。
大きさは黒刀と変わらない。だが色が違う。光すら呑み込みほどの漆黒。まるで影を具現化したような刀だ。
前後に大きく足を広げ、刀を下段に構える。
放つは第七の偽剣。
この偽剣は他の偽剣とは違う。純粋な破壊だけを目的にした剣だ。
故に、冥刀でなければ放つ前に刀が破壊される。
荒れ狂う闇が冥刀から溢れ出す。そして、振るう。
「……第七偽剣、覇道」
魔物の大軍目掛けて斬り上げた。破壊の奔流が洞窟を詰め尽くす。黒が全てを飲み込んだ。
黒が晴れた時、魔物の姿は無くなっていた。
「ッ!」
グラリと視界が揺らぎ、片膝をつく。第七偽剣はその威力故に消耗が激しい。
他の偽剣ならばいくらでも撃てるが第七偽剣は数少ない例外だ。
「レイさん!?」
アイリスが支えてくれて、なんとか立ち上がる。
「大丈夫だ。……第五封印再起動」
殺戮衝動が弱まる。闇が宙に溶けて消えていく。
「行く――」
俺は言葉を止め、即座に刀を引き抜く。前方から超高速で飛来した何かを斬り裂く。
手応えはあった。だが刀は耐え切れずに砕け散った。
即座に闇を集めて黒刀を作り出すと二度、三度と振るう。
チラリと視線を向けると、そこには魔物の死体が落ちていた。
アサシネイトスネーク。
珍しい魔物だ。コイツも深層でしか出現しない。
強さで言うとそこまで強くはない。C級にも満たないだろう。だがそれは正面から戦った場合だ。
その名の通り、コイツは暗殺に特化している。
頭から硬質化した角が生えている事以外は普通の蛇だ。だが唐突に、何の前触れもなく飛んでくる。その姿は狙撃手が放つ弾丸だ。
いつも遥か彼方から飛んでくる為、どうやって飛んでいるのかはわかっていない。
厄介度で言えばS級の中でもトップに位置する。
俺とカナタなら十分に対処できる。だが他のみんなは厳しいだろう。
個々の実力はあまり関係ない。要は見えるかどうか。単に相性の問題だ。
「アイリス! 結界を!」
「はい!」
アイリスが魔術式を記述して結界を張る。すると目の前に光り輝く障壁が生まれた。
そこにアサシネイトスネークが何匹も激突する。
足を止めている余裕はない。だが前に進めない。
今もなお、背後からは魔物が迫っている。そう遠く無い内に前からも来るだろう。
時間稼ぎにはアサシネイトスネークの襲撃は完璧なタイミングだった。
……司令塔がいるな。
選択肢はない。
「……左へ行こう」
「わかった。それしか方法がないしね!」
サナが言い、みんなが頷く。
「アイリス。もう一度抱えるぞ」
「すみません。お願いします」
再度、アイリスを抱きかかえてとにかく前へと進んでいく。
それからも絶え間なく魔物が襲ってくる。後ろの敵はカナタとカノンが。前はサナとウォーデンで対処している。
俺は変わらず白大蛇の相手だ。
アイリスも臨機応変に魔術で援護をしていた。
もはや現在位置はわからない。
度重なる襲撃で完全に道を見失っている。だから魔物が少ない道へと進んでいく。
……誘い込まれてるな。
わかっていても取れる手段がない。
そして、いくつもの分かれ道を超えた先に辿り着いたのは行き止まりだった。
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