奈落の森へ
「レイさん!」
戦闘終了後、すぐにアイリスが駆け寄って来るのが見えた。
第一偽剣で地面にクレーターが出来てしまった為、縮地を使い、穴から出る。
「屋敷の人たちは?」
「大丈夫です。数人が負傷したものの大事には至っておりません。負傷した方々も既に治療済みです」
アイリスの言葉にほっと息をつく。
「それは良かった」
「レイさんもそこに座ってください。すぐに回復します」
「ああ。ありがとう」
お礼を言いつつ地面に腰を下ろす。
アイリスが俺の背中に手を当てる。すると魔術が発動したのか暖かな光が流れ込んでくる。
全身についた切り傷と火傷が瞬く間に消えていく。
わずか数秒で傷が綺麗に癒えた。
「回復魔術ってのは便利な物だな」
傷の無くなった腕を見ながら言う。
「便利だからと言って怪我をしていいわけではありませんからね?」
「それはわかってるよ」
「ならいいです」
アイリスは満足そうに頷いた。
そして翌朝、俺は出立前に執務室で伯爵と話をしていた。
サナたちは準備のため、ここにはいない。
それに暗殺者やバケモノと実際に戦った俺が状況説明には適任だった。
「以上が顛末です」
犯人の情報はライムさんを通して夜の内に共有済みだ。だからここで話したのは主に認識の擦り合わせだ。
執事長であるライムさんが目撃者であった事が幸いしてほとんど齟齬はなかった。
バケモノの姿も使用人たちが目撃していたので、すんなりと信じてもらえた。
面倒なことになりそうだったので俺とバケモノの因縁については話していない。
「ライムさんは見ていたのでわかると思いますが、あの暗殺者はかなりの実力者です。なので俺たちが帰ってくるまでは強力な冒険者を雇うことをお勧めします」
勇者パーティの試験でこの世界の人々が持つ大体の強さは把握している。それと照らし合わせてもあの冒険者は上位に位置する。さすがにウォーデンやカノンほどではないが。
「レイ様の言うことはごもっともです。ライムすぐに手配してくれ」
「畏まりました」
ライムさんがお辞儀をして部屋を後にする。それを見届けると伯爵が深く頭を下げた。
「この度はアルメリアを救って頂きありがとうございます」
「頭を上げてください。まだ救ったわけではありません。本当に救うのは俺たちが帰ってきてからです」
「……そうですね」
伯爵の顔が辛そうに歪む。だから俺は断言する。
「ヒュドラの素材は必ず持ち帰ります」
どっちみちラナを救うには伯爵の助けが必要だ。失敗は許されないしするつもりもない。
伯爵の瞳に少しだけ光が戻った。
「よろしくお願いします。私も全身全霊を尽くして標のペンデュラムを手に入れてみせます」
「ええ。そちらは任せました」
俺と伯爵は固く握手を交わした。
話が終わり門の前まで行くと既に準備は出来ていた。俺が馬車に乗るなりすぐに出立することができた。
迷宮攻略に必要な物資は伯爵が用意してくれた。なので巨大なリュックが二つ馬車に乗っている。元々余裕のあった馬車だがそのせいで少し手狭だ。
現在、御者はカナタが務めている。馬車内が手狭になった為、サナも御者台に座っている。二人座れるだけの空間は余裕である。
そんな少し狭くなった馬車内でアイリスが腕を組み頬を膨らませていた。
視線の先にはウォーデンがいる。
「それで、あんな騒ぎがあったのにウォーデンさんはどちらに行かれていたのですか?」
結局、ウォーデンが帰ってきたのは朝だった。俺が目を覚ましたらちゃんと部屋で寝ていて酔っている様子はなかった。
「もしかして姫サマは俺が酒を飲み歩いてたって疑うのかい?」
「はい」
即答。
おどけたように言ったウォーデンの頬がピクついていた。しかしこの信用の無さは自業自得なので同情の余地はない。
「それで実際の所はどうなんだ?」
てっきり俺とカナタも飲み歩いているとばかり思っていた。だから聞いてみた。
「まあいつも飲み歩いているのはその通りなんだが、オレは腐っても冒険者だ。このパーティに入れたのもその経験を買われてってのは理解しているつもりだ。だから冒険者としての仕事をしていたのさ」
「仕事?」
「端的に言うと情報収集だな」
「奈落の森の情報なら頭の中に入ってるぞ?」
俺の言葉にウォーデンがニヤリと笑う。
「甘いね少年。いいか? 迷宮ってのは生き物だ。その日によってみせる顔も違う。確かにレイの言う通り書物から得る情報も大事だ。だけどそれ以上に大切なのは冒険者から得る直近の情報だ。情報ってのはナマモノと同じだからな。鮮度が大事なのさ」
「たしかに。それはその通りだな」
ぐうの音も出ないほどの正論だ。
「でも、それを夜にやる必要はあるのですか?」
アイリスは尚も疑っている。信用というのは大切にしなくてはならないと改めて思う。
「情報収集は酒場でやるのが定石だ。んで冒険者ってのは酒を奢ってやると大体口が軽くなるもんだ。だから夜が最適なんだ」
さすがS級冒険者。そこらへんの経験値は俺らにはない。やはりパーティに入れてよかった。
「わかりました。疑って申し訳ありません」
アイリスが素直に頭を下げた。
「いやなに、オレには前科があるから仕方ねぇさ」
「それで、情報収集の結果は?」
「これといった異常はなし。ちょうど奈落の森に行っていたパーティが居てな。そいつらはA級で上層にしか行かなかったらしいが特に変わった様子はなかったとの事だ」
異常がないという情報でも実際に足を運んだ冒険者から聞けたのはかなりの価値がある。
「じゃあひとまずは問題なさそうだな」
「まあな。でも警戒を怠っていいわけじゃない。今日は何事もなかったが、明日は異常事態が起きたなんてことはザラだからな」
「それはみんなわかってるだろうさ。とりあえず迷宮内では経験豊かなウォーデンの指示に従うよ」
「そうしてくれると助かるな」
そうして五日の旅程を経て、俺たちは奈落の森がある迷宮都市へと到着した。
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