氷柱降り
「あー。これはなんというか……想像以上だな」
俺たちはセオの案内でアストランデの里と無常氷山の境界線へと来ていた。
そこには何も無かったが、この先が境界線だとはっきりとわかる。凄まじい勢いで降る氷柱が里の境界に触れた瞬間、蒸発するようにして消えるからだ。結果として境界が壁のように見えている。
氷柱降りも凄まじいが、焔はなお凄い。そんな感じだ。
「だねぇ〜。これはどうなってるんだろ? 焔の影響なのは間違いなさそうだけど……」
「それはオレたちアストランデでもわかんねぇよ。ただずっと変わらないからそういうモノだって思うことにしてる」
ラナが呟いた言葉にセオが答えた。
「そうなんだ。セオさん。この影響? 境界? は変動するの?」
「いや、変動するとは聞いたことがないな。少なくともオレが生まれてからはずっと境界線はここにある」
「なるほど……」
ラナは口元に手を当てると考え込むように視線を地面に落とした。
俺にはなにがなんだかさっぱりだ。考えてもわからないだろう。
ならばモノは試しだ。
「んじゃちょっと行ってくるわ」
「うん。いってらっしゃい」
「はぁ!? お前正気か!?」
ちょっと散歩に行ってくるぐらいのノリで言ったらセオに正気を疑われた。しかしラナは通常運転だ。俺が怪我をするなんて微塵も思っていない。
「いや、行かないとどんなもんかわからないだろ?」
「まあそれはそうだが……。見た目よりもはるかに危険だぞ?」
俺は今一度、境界線の外へと向けた。
外では先が鋭くとがった氷柱が絶えず降り続けている。
並の冒険者が外に出れば一瞬で串刺しだ。すぐにその命を落とすだろう。
「でも私たちなら問題なさそうだよ?」
「私は少し怖いですけどね」
「じゃあ天輪だけ先に外に出してみるか」
俺は匣から天使因子を取り出し、物資を運んできたような板状に変形させる。
それを操作し、境界線の外へと移動させた。
瞬間、氷柱が天輪の板に当たり、次々と砕け散っていく。
「レイ。さっきも思ったがソレはなんなんだ?」
「あー。説明しにくいんだが、異能の一種だと思ってくれ」
「……カノンの眼みたいな感じか?」
「簡単に言うとそんな感じだ」
実際のところ、当たらずとも遠からずと言ったところだ。
閑話休題。
砕け散っているのが天輪ではなく氷柱な以上、この氷柱降りという異常気象は問題にならないだろう。
天輪を傘にしてみんなを守れば済む話だ。
「問題なさそうだな。んじゃ実際出てみるわ」
そう言い残し、俺は境界の外へと出る。すると当然のようにラナもついてきた。
「待ってても良かったんだぞ?」
「え!? 聞こえない!!!」
ラナが大声を出した。
空中や、積雪に刺さった氷柱と氷柱が衝突し、砕ける音が凄まじく響く。その為、言葉が非常に聞き取りにくい。
俺たちにとってはこっちが問題になるだろう。
「一旦戻ろう!!!」
「うん!!!」
ジェスチャーを交えつつ大声を張り上げると、ラナが頷いた。一緒に境界線の中へと戻ると一瞬にして音が消える。
「音も遮断するんだ」
戻るなり、ラナが感心したように境界の外を見ていた。
「俺たちにとっては言葉を阻害される方がめんどくさいな」
「だねぇ」
「そんなに音が凄いんですか?」
「ああ。バチバチバチバチうるさすぎる。アイリスも出てみるか?」
「行ってみます」
アイリスが頷き、天輪の傘の下へと出る。
すると耳を塞ぎ一瞬で戻ってきた。
「うるさいだろ?」
「……耳がキーンってします」
顔を顰めるアイリスに俺は苦笑した。
「まあ、これは実際に体験しておいてよかったな」
音の事は盲点だったので、来た甲斐があったと言うものだ。
「じゃあ次は天使因子を使わないで出てみるよ。この速度なら問題ないと思うし」
俺は天使因子をしまい、代わりに悪魔因子を取り出す。
身体が悪魔のモノへと作り変えられていくのがわかる。
悪魔因子は凄まじい再生能力を持つ。それは俺が闇を使っていた時の再生能力とほぼ同等だ。
これで万が一怪我をしても大丈夫だろう。
続けて親指の腹を噛みちぎり、流れ出た血液を操作。血の刀を作り出す。
「ひとまず俺が様子見するからラナは待機してくれ」
「えー。一緒に行かないの? アイリスが居るから大丈夫じゃない?」
「んーーーー。まあそうか」
「レイさん。そこで折れないでください。お姉ちゃんに甘すぎます」
「うっ」
ぐうの音も出ない。
「お姉ちゃんは私が止めておきますから行ってください」
「えー。私もレイと一緒に行きたいー」
「おい聖女。この二人はいつもこうなのか?」
「はい。その通りです。二人にするとすぐこうです」
「大変だな」
「本当ですよ」
アイリスとセオに呆れた視線を向けられ、なんだか居た堪れない気持ちになった。
俺はソレを誤魔化すように境界線を越える。
その瞬間、無数の氷柱が襲いかかってきた。だけどやはり対処できない速度ではない。
俺は右手に持った血刀を振るい、次々と氷柱を打ち砕いていく。
……うん。やっぱり問題ないな。
これでは怪我をする方が難しい。
カナタはもちろんのこと、ウォーデンでも対応できるだろう。
問題は後衛の魔術師組だが、魔術を使えばどうとでもなりそうだ。魔力を気にするならばそもそも俺が天使因子で守ればいい。
だからやはり問題はない。
俺はそう結論付け、境界の中へと戻った。
「凄いな。氷柱降りを斬るヤツなんて初めて見たぜ」
「このぐらいならエイラスも出来るだろ?」
エイラスの実力ならばおそらく可能だ。
「そうなのか……。オレもまだまだだな……」
「それじゃ私も行ってみるね」
ラナも星剣を顕現させると、意気揚々と境界線の外へと出た。
そして俺と同様に氷柱を打ち砕き、数分で戻ってくる。
「うん。やっぱり問題ないね」
「まあそうなるよな。セオ――」
他の異常気象も教えてもらおうとセオの名を呼んだところで唐突に氷柱がぴたりと止んだ。
かと思ったらすぐに吹雪になった。
唐突な気象変動。これが無常氷山が無常と呼ばれる所以だろう。
「狩りの時間だな。オレはエイラスを呼んでくる。待っていてくれ」
返事をする前にセオは修練場へと向けて走り出した。
いつも読んで頂きありがとうございます!
申し訳ないのですが、他の作業で忙しくなってしまいまして……。
しばらく休載させていただきます。
(一ヶ月ほどで再開できればと思っていますが願望です……)




