呪拳
一手目は俺の顔面へ向けた馬鹿正直な右ストレートだった。
まずは様子見の一発ということだろう。無論俺には見えている。避けるのも容易だ。
……けど。
俺は呪拳がどれほどの威力なのかが気になった。
……掠ってみるか。
まずはこちらも様子見。俺は軽く首を逸らし、顔面へと迫る拳を頬に掠らせる。その瞬間、焼け付くような痛みが走った。
例えるならば針が刺さったような鋭い痛みだ。
「――ッ!?」
セオもまさか敢えて受けるとは思わなかったのだろう。驚きに目を見開き、大きく後退する。
「……確かに痛いな」
拳が掠った頬に手を当て、呟く。
手のひらを見ても血はついていない。あるのは痛みだけだ。
継続して掠った箇所が痛みを訴えている。
……これが呪いか。不思議なものだな。
カノンの魔術で見たことはあれど、受けたことはなかった。だから新鮮な感覚だ。
ともあれ、俺が痛みを感じるというのだから、カノンの言う通りかなり痛いのだろう。
だけどそれだけだ。俺にはあまり効かない。
セオがバケモノを見るような目で俺を見る。
「……レイ。お前人間か?」
「失礼だな。ちゃんと人間だよ」
苦笑しながらも俺は答えた。
……正確にはヒトだけどな。
なんて、内心で呟きながら拳を構える。
痛みはまだ引かない。
「俺には効かないみたいだから、手加減はいらないぞ?」
「手加減なんかしてねぇよ!!!」
セオが大きく一歩を踏み出し、肉薄してくる。
先ほどより早い。どうやら様子見はやめたらしい。
……なら。
求められているのは力を示すこと。ならば圧倒するに越したことはない。
再び繰り出されるは身体を狙った右拳。俺はソレに己の拳を合わせ相殺。呪いによる痛みを無視して続く二撃目、セオの反応速度を上回る回し蹴りを叩き込んだ。
足が脇腹に突き刺さり、吹き飛ぶセオ。数回地面を跳ねた後、柵に激突してその動きを止めた。
「アイリス。頼む」
「はい!」
加減はしたが感触からしておそらく骨が折れたはずだ。
即座に駆け寄り、アイリスが治療を開始する。そんな中、俺はエイラスに向き直った。
「これでいいか?」
「……不満のある者はいるか!?」
エイラスが修練場に響き渡るほどの声を張る。しかしその声に答える者は居なかった。
一人を除いて。
「セオ?」
たった一人、アイリスの治療を受けながらセオが手を挙げていた。
「悪い。実力に文句はないんだ。だけど一つ頼みがある」
「なんだ?」
「得物を抜いてくれ。レイ。オレはお前の実力が知りたい」
セオは柵に身体を預けながらも闘志の消えない瞳で俺を見ていた。
断るのは簡単だ。だけど……。
……応えるのが筋、か。
本気で戦った戦士への、せめてもの礼だ。
俺は小さく息を吐くと、匣から天使因子を取り出した。
頭上に光り輝く天輪が顕現する。
――大太刀形態。
心の中で呟くと、天輪が抜き身の大太刀へと姿を変えた。
「レイ。わかってるよね?」
「もちろん。これ以上怪我はさせないよ」
俺は宙に浮いている大太刀を掴み、構える。
対するセオは立ち上がり、乱れた呼吸を整えるように深呼吸をした。そして再び拳を構える。
アイリスは心配そうな視線をセオに向けながらも、巻き込まれないように数歩下がった。
「……」
「……」
睨み合うこと数秒。
先に動いたのはセオだった。大地を踏み締め、大きく一歩を踏み出す。
だが、俺の方が早い。セオが加速する前に一瞬で距離を詰め、その首筋に刃を突き立てた。
周りで観戦していたアストランデの戦士たちの視線はまだ俺がいた場所へと向けられている。
目で追えたのはラナとアイリスを除くとエイラスとセオだけだろう。
「……降参だ」
セオは目を閉じ、ため息を吐くと両手を上げた。その瞬間、頬と拳を苛んでいた痛みが消える。
……なるほど。解除は自由なのか。
そんなことを思いながら俺は天使因子を匣へと戻す。
すると大太刀が宙に溶けるようにして消えていった。
「満足か?」
「ああ。いい経験だった」
「それはよかった」
短く言葉を交わすと、セオが地面に座り込んだ。きっと脇腹がまだ完治していないのだろう。表情が歪んでいる。
「アイリス。もう一度頼めるか?」
「はい!」
セオにアイリスが駆け寄り、治療を再開する。
「さてエイラス。力は示した。これで仕事を手伝わせてくれるか?」
「……そういう約束だ。氷柱降りが終わるまでしばし待て」
「わかった」
踵を返しラナの元へ戻る。するとすぐにアストランデの戦士たちが再び組み手を始めた。
そんな光景をぼんやりと見ながら呟く。
「しかしこうなると暇だな」
小学生の時、傘を忘れ、教室で雨が止むのを待っていた日を思い出す。
「だね。私たちも模擬戦やる? 久しぶりに」
魅力的な提案だった。
というのも俺はラナと行う模擬戦が好きだ。
……まあラナと何かするのは全部好きだけど。
それはさておき、俺はラナとの模擬戦に思い入れがある。俺が夢から覚める前、ラナが囚われていた時に行っていた模擬戦を思い出すからだ。あの日々は俺にとって大切な思い出だ。
だけど最近はラナが政務で忙しく、久しく模擬戦は出来ていなかった。
ただ、今はそれよりも優先すべきことがある。
「俺もやりたいけど、まずは氷柱降りとやらを見に行こうか」
無常氷山で起こる異常気象。その一つである氷柱降り。それがどんな現象なのかを見ておきたい。
「あぁ。確かにそっちのほうがいいね。ざんねん」
「まあ時間はあるだろうし、模擬戦はまたやろう」
「約束ね?」
「もちろんだ」
そんな会話をしていると、セオの治療を終えたアイリスが戻ってきた。隣にはセオもいる。
「アイリスはいく? 氷柱降りを見に」
「もちろんいくよ。私も見ておきたいし」
「危険だぞ?」
セオが目を細め、忠告をしてきた。だけどそんな危険な異常気象の中を俺たちは進まなければならないのだ。
それを伝えるとセオに呆れたような視線を向けられた。
「そういうことなら止めないが……」
「ついでに案内してくれよセオ。エイラス! ……セオを借りていいか?」
「……好きにしろ。……死ぬなよ」
エイラスの言葉にセオは諦めたようにため息を吐く。
「わかった。ついてきてくれ」




