修練場
修練場は少し歩いた先の広場にあった。
修練場とはいっても名ばかりで、柵に囲まれた広い空き地といった場所だ。そんな修練場では約五十人の戦士たちが二人一組となって組み手をしていた。
その中でも一際激しく拳を交えているのが戦士長であるエイラスと一人の青年だ。
側から見ても他の戦士たちとはレベルが違う。
しかしどちらが優勢かは火を見るよりも明らかだ。
エイラスは息も切らさずに無表情で青年の攻撃を捌き、反撃を繰り出している。対する青年は喰らい付いていくのがやっとの様子。
青年とエイラスとの間には圧倒的な実力差があるのは明白だった。
俺たちが修練場へ足を踏み入れると、エイラスは青年の拳を避け、右拳を打ち出した。
青年は避けきれず顔面にクリーンヒット。錐揉みしながら吹き飛んでいく。やがて青年は柵に激突し、崩れ落ちた。
「……はは」
あまりの容赦のなさに乾いた笑いしか出ない。
しかしそんな俺たちを気にもとめず、エイラスが鋭い視線を向けてきた。
「……何用だ」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど今、いいか?」
「……」
エイラスは無言。だから俺はそれを肯定と捉え、話を続ける。
「何か外の魔物と戦う仕事はないか?」
「……今は危険だ。氷柱降りが収まればある」
簡潔に答えるエイラス。
……ん? だいぶ昨日とは印象が違うな。
俺は率直にそう思った。
忠告もしてくれるし、質問にも答えてくれる。相変わらず無表情だが。
だけどそれはもうカノンで慣れている。アストランデの一族はこういう者たちだ。
「じゃあそれ、俺たちにも手伝わせてくれないか?」
「……いいだろう。だが、その前に力を示せ。足手纏いは不要だ」
俺はエイラスの言葉に苦笑する。
……足手纏いだなんてサラサラ思ってないだろ。
エイラスは俺たちの実力を把握している。
流石は戦士長というべきか。そのぐらいの実力はある。
この言葉はわからない者たちへ力を示せということだろう。
やはり昨日とは印象が違う。
正直なところ、門前払いをされてもおかしくはないと思っていた。
「もちろんだ。どうすればいい? 誰かと戦うか?」
「エイラス! 俺に戦わせてくれ!」
いち早く挙手をしたのは柵を支えにして立ち上がった青年。先程エイラスに吹っ飛ばされた人だ。
ボロボロなのにも関わらず、その目には好戦的な光が宿っている。
エイラスは鋭い視線を向けながらも頷いた。
「いいだろう」
「お前じゃなくていいのか? エイラス」
「……勝ってから言え」
「ごもっとも。……さて、俺はレイだ。お前は!?」
声を張ると、青年はこちらへと歩いてきた。
「オレはセオ。セオ=アストランデだ。副戦士長を務めている」
握手を求めてきたので俺もその手を握る。
……副戦士長か。
階級でいうとエイラスの下。強さもこの場ではエイラスに次いで強い。
どうやらアストランデは実力主義なようだ。
ともかく、カノンやエイラスに比べてはるかに表情がわかりやすい。
「よろしくなレイ」
「ああ。よろしく。それでルールはどうする? 何か指定はあるか?」
「いや、命を奪う行為以外ならなんでもアリだ。魔術でも剣でもな」
「セオ。お前の武器は?」
「オレはこれだ」
セオが拳を構える。すると魔術式が浮かび、焔を思わせる紫色の炎がその拳に灯った。
……これがカノンが言ってたやつか。
アストランデに伝わる近接格闘術、呪拳。
アストランデの戦士は必ずこの呪拳を修めているらしい。カノンによると当たるとすごく痛いらしい。それこそ高位の冒険者でもなければ掠っただけで気絶するレベルだとか。
「なるほどな。なら俺も合わせよう」
「オレたちアストランデの戦士に接近戦を選ぶのか?」
まるで「正気か?」とでも言わんばかりの視線を貰った。
だけど幸い俺は痛みに耐性がある。
ならば同じ土俵で戦った方がより分かりやすいだろう。
「ああ。問題ない」
頷くと、ラナが服の裾を引っ張ってきた。
口元に手を当てていたので、耳を寄せる。
「やりすぎちゃダメだよ?」
俺もラナに「大丈夫だよ」と耳打ちしようするべく、口を寄せる。その時、ついイタズラ心が湧いてきた。
言葉の代わりにふっと息を吹きかける。
「ひゃっ!?」
可愛らしい悲鳴を漏らして飛び上がるラナ。イタズラ大成功だ。
「な・に・す・ん・のっ!?」
笑っていたら脇を小突かれた。
「レイさん……。お姉ちゃん……」
呆れたような声に視線を向けると、アイリスがなんともいえない視線を向けてきていることに気付いた。
「すこしは周りを気にしてください……」
「わるい……。ごめんラナ。つい」
「ついって……まあいいけどぉ?」
満更でもなさそうなのが可愛いところだ。
「……茶番は終わったか?」
エイラスにも冷ややかな視線を向けられた。
今度は本当に冷ややかな気がするのは気のせいではないだろう。
「……茶番とか言うな。まあいつでもいいぞ」
俺は修練場の中心まで足を進める。
アストランデの戦士たちが一斉に場所を開けた。
セオが拳を構えたのを見て、俺も構える。
するとセオの纏う雰囲気が変わった。闘志が膨らんでいくのが分かる。凄まじい集中力だ。
流石は最果ての守護者と言ったところか。
「いつでもいいぞ?」
「ならばオレから行かせてもらうぞッ――!」




