宿願〈ねがい〉
「って感じでレイは宿願を極限まで練り上げれば魔法に到達できるんじゃないかって仮説を立てたんだ」
三人で手を繋ぎながら修練場までの道を歩く。
もちろん俺が手を繋いでいるのはラナだけ。俺とアイリスの二人と手を繋いでいるのは真ん中で歩くラナだ。
そんなラナはアイリスに昨晩話した仮説を説明していた。
「宿願……かぁ。私にはいまいち理解できないなぁ」
ラナの説明を聞いたアイリスは口元に手を当て、真剣な眼差しで思考を巡らせていた。
こういうところを見るとやっぱりアイリスも魔術師なんだなぁと実感する。
「レイさんの仮説ですと、人の想いが現実に影響を及ぼす……で合ってますか?」
アイリスがラナの陰からひょこっと顔を出す。ラナと同じ雪原のような白髪がさらりと揺れた。
しかし改めて言われると非現実的にも程がある。人の想いが現実に、なんてアニメや漫画の世界の話だ。
「そう言われるとやっぱなさそうだな……」
「でもねアイリス。例はあるんだよ。覚えてる? レイが魔王を倒そうとした直前、信じられない速度で動いたの」
「もちろん覚えてるよ。私なんかじゃ目で追うことすらできなかったから」
自嘲気味に笑うアイリス。だけどラナは首を振る。
「そんな顔しない。自分を卑下しちゃダメだよアイリス。それにあの時に限ってはそんなこと思う必要ないから」
「えっ?」
「あの時のレイは私でも見えなかったもん」
「お姉ちゃん……も?」
アイリスが目を大きく見開き、ラナを見た。
「たぶん、私とレイってそんなに力量差はないよね?」
「お互い迂闊に本気を出せないからなんとも言えないけど、たぶん?」
絶対に起こり得ないことだが、俺とラナが周囲の被害を気にせず、お互い本気で剣を交えればそれこそ地形が変わる。
そのため感覚でしか言えないが、今の実力は俺とラナ、そしてカナタが同じぐらいだ。
……って考えるとカナタってすげーな。
俺のようにヒトなんて特異な存在でもなければ、ラナのように星剣適合者でもない。
なのにも関わらず俺たちと肩を並べている。そう考えるとどれだけ凄まじいかがわかる。
……なのに第八位ってなんの冗談だ?
カナタは特級魔術師の中でも序列は第八位。日本にはそれより上が七人もいることになる。
もしかして日本は修羅の国だったのではと本気で思えてくるほどだ。
……まあそれはともかく。
俺たち三人は現状並んでいると思っていい。ラナが時停めを使った場合、カナタに勝ち目はないがそれは例外だろう。
「そんな私でも見えなかった。だから私はあり得ると思ってる」
「レイさんもですか?」
アイリスがラナの陰から俺を見る。
「あの時は自分自身でも何をやったかわからないんだけどな。ただ斬ることしか頭になかった」
「それが宿願ですか……」
「俺の宿願は斬るなんだろうな」
ラナを救い出すために鎖を斬りたかった。
全ての始まりはそこだ。夢から覚めたあとも、あの忌々しい鎖を斬ることだけを考えてきた。
それこそ寝ても覚めても。
ただそれだけを成すために刀を振るい、研鑽を重ねた。
その結果、出来上がった剣技が偽剣だ。
そう考えると俺の偽剣は斬るという宿願の副産物だと言える。
魔法使いだと目される爺にすら「こんなことはできない」と言わしめた剣技だ。
……もしかして爺が偽剣って名付けたのは……。いや、考えたところで意味はないか。
もしそうだとしても確かめる術はない。
「ですが、その仮説が正しいのならば私たちも宿願を見つけなければなりませんね」
「そうだね。宿願かぁ」
ラナとアイリスが姉妹揃って頭を悩ませる。
「私といえば氷だけど宿願じゃないもんなぁ」
「氷でもいいんじゃないか? だってその氷は何か宿願があって研鑽されてきたものだろ? ラナにピッタリじゃない?」
言うとラナがポカンと口を開けて俺を見た。
するとみるみるうちに顔が赤くなっていく。
……なんかおかしなこと言ったか?
ラナの様子を見ると喜んでいることは確か。
だけど今の言葉はただ本音を言っただけだ。喜ばせようとしたわけではない。
疑問に思っているとラナが手を離し、腕に抱きついてきた。
「もうっ! そういうところだよレイ!」
「え? なにが!?」
「さらっと嬉しいこといわない! 不意打ち!」
「でもその通りだろ?」
ラナは真っ赤になった顔を隠すように俯きがちに頷いた。
「……レイはさ。初めて私たちが会った日、話したこと覚えてる?」
忘れるはずもない。あの時の記憶は今もなお鮮明に残っている。一生忘れることのない大切な記憶だ。
「もちろん」
どことも知れぬ遺跡で二人ぼっち。俺たちはあの時、お互いの事情を打ち明けた。
「お父さんみたいになりたかったんだよね?」
「覚えてくれてたんだね。嬉しい」
「ラナも覚えてるだろ? 俺が話したこと。それと同じだよ」
「それでも、だよ。……うん。でもレイの言う通りだね。私の氷は宿願。無我夢中で剣を振った、魔術を習った、勉強をした。それはお父さんみたいに民を護りたかったから。民を虐げる敵がいれば打ち勝ちたかったから。結果として出来上がったのが私の氷」
星剣にまで選ばられほどの努力。
それがどれほどのものだったのかは想像も出来ない。
そしてそれは聖女であるアイリスも同じだ。
いなくなったラナを探すためだけに、勇者という超常の存在に目をつけ、聖女となったアイリス。
その努力もきっと宿願あってこそだ。
「なら、私も同じだ」
俺が思っていた通り、アイリスも頷いた。
「あの時の私はどんな手段を使ってもお姉ちゃんを救い出すつもりだった。サナには悪いことをしちゃったけど、勇者召喚なんて非人道的な魔術にも縋った。それは確かに宿願なんだ」
「その願いに名前を付けるなら?」
俺が聞くと、アイリスは少しだけ考えるような素振りを見せた。しかしそれは本当に短い時間で、胸の中には既に答えがあったように思える。
「救い――。ですかね?」
「聖女らしいな」
救いという宿願。それはまさしく地球で語られる聖女が持つ願いだ。
聖属性魔術を駆使し、人々を救うアイリスにはぴったりの宿願だと言える。
「いい宿願だね!」
「お姉ちゃんもね!」
そうして姉妹二人は揃って笑顔を浮かべた。とてもよく似ていて心が温かくなる笑顔を――。




