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恋人としての話し合い

 バランスを崩してベッドに倒れ込む。そこですかさずラナが馬乗りになってきた。

 抵抗すれば逃れられるほどの緩い拘束。だけどこんな積極的なラナは初めて見る。こんなことは今までになかった。

 どこか違和感を覚え、俺はなすがままにされる。


「……ラナ?」


 表情はいつもと変わらない。

 イタズラに成功した子供のような笑顔を浮かべている。

 しかしそれにも違和感を覚えた。


 ……気丈に振る舞ってる?


 そんな印象を受ける。いつもとは明らかに違う。

 

「……ソファで寝るなんて許す訳ないでしょ?」


 俺は考えた結果、無難な返答をする。

 

「……でも流石に同じベッドはマズくないか?」

「何がまずいの?」

「……」


 そう言われると答えられない。

 俺とラナは恋人同士。別に同じベッドで寝てもなんらマズいことはない。

 だけど俺も男だ。そういうことを考えない訳ではない。

 

「ギュッてしながら寝たいんだけどダメ?」


 いつもなら即答できる問い。しかし俺は先ほどからの違和感が尾を引いていた。

 

「……」

「うーんと……今夜は寝かさないから?」


 口元に手を当てて頬を赤らめるラナ。凄まじくあざとい。

 いつもとは違った可愛さがあり、思わずくらっと来た。来たのだが……。

 やはり違和感を覚える。

 

「………………サナだろ?」


 サナが何か入れ知恵をしたのは確実。だけどそれだけではない気がする。

 

 俺の言葉にラナの視線が宙を泳いだ。


「余計な入れ知恵しやがったなアイツ……」

「まぁまぁ。サナも応援してくれてるんだよ」


 ラナが身体を倒し、俺の身体を抱きしめる。

 柔らかい身体が押し付けられ、流石の俺でもドキドキしてきた。

 心に邪な欲求が湧き上がるのを自覚する。だから俺はいつも通り精神力を掻き集め、その欲求に蓋をした。

 

「……俺があたふたしてるのを想像して喜んでんだよ。……ラナ。少しいいか?」

「ん?」


 やはり違和感が拭えずにラナを抱き起こし、正面に座らせる。


「ちゃんと伝えておくよラナ」

「うん? なに?」

「俺はキミを愛してる。世界で一番好きだ。この世の全てを敵に回しても俺はラナの味方をする」


 自分で言っておいてキザなセリフだと思う。

 だけどこれが本心だ。実際にそうなった場合でも後悔しない。それだけの覚悟がある。

 

「うん。知ってるよ。世界を越えてまで来てくれたんだもん。私もレイを愛してる」

「ありがと。でもねラナ。だからこそなにか思うところがあるのなら教えて欲しい」


 本当はなにも言われずとも気付くのが理想だろう。

 だけどいくら恋人とはいえ、俺はラナではない。当然、その思考の全てを読むことはできない。


 それを伝えるとラナは少しだけはにかんだ。


「どうしてそう思ったの?」

「違和感がしたんだ。間違ってる?」


 ラナの頬に優しく手を当てる。宝石に触れるように丁寧に。

 するとラナが俺の手に自らの手を重ね、心地良さそうに目を細めた。


「ありがと。ちなみに聞いてもいい?」

「なに?」

「どう思った?」

「……いつもと違って積極的だなって」

「他には?」

「他……?」


 ラナの問いに先ほど感じた邪な欲求が蓋の隙間から漏れ出てくる。


「その様子だと他にもあるんだね? なに?」


 やはりラナに隠し事はできない。それ以上にしたくない。

 だけど言うわけにもいかず視線を逸らした。

 しかしそれを許すラナではない。両手で頬を挟まれ、無理矢理視線を合わせられる。

 なぜか、どことなく嬉しそうだ。


「なに?」


 有無を言わせぬ言葉に俺は観念せざるを得なかった。


「……その。……軽蔑しないでほしいんだけど……」

「するわけないでしょ? だから教えて?」 

「……俺も男だ。……そういう欲求も抱く」


 ラナの目を見ていられず顔を捕らえている拘束を解き、視線を逸らした。

 顔が凄まじく熱い。ラナの顔が見ていられない。


 すると数秒の後、ラナは驚くべき言葉を口にした。

 

「……よかった。ちゃんとそう思ってくれてるんだ」

「……は?」


 驚き過ぎて、ラナを見た。

 聞き間違えかと思うほど、予想を遥かに越えた言葉だ。

 しかし視線の先には心底安心したとばかりに肩を撫で下ろすラナがいる。

 

「……なに言ってんだよ。そりゃ思うに決まってる。ラナは魅力的だから」


 混乱して自分でもなにを口走っているのかわからない。

 だけどそれは俺にとって当然のこと。

 ラナには誰にも負けない魅力がある。俺のとっては世界一だ。それが揺るぎない事実である。

 

「それは知ってる。レイにそう思ってもらえるように努力もしてるし? でもね違うんだ。不快に思ったらごめんなんだけど、レイって痛みをあまり感じないでしょ?」


 ラナが俺の胸に手を当てる。俺はその手に自分の手を重ねた。


「不快になんて思わないよ。確かにラナの言う通り、人より遥かに鈍い自覚はある」


 おそらくこれは防衛本能だろう。

 繰り返す死の中、痛みだけでも軽減できるようにと俺の身体は変化した。ただ神経がイカれてしまっただけの可能性ももちろんあるが……。

 

「レイが味わった苦しみはレイにしかわからない。気軽にわかるなんて口が裂けても言えない。だからね。痛みと同じでそういう欲求もちゃんとあるのかなって思っちゃったの。ごめんね」


 俺は言葉を失った。自分自身に嫌気が差す。

 まさかそんなことを思わせてしまっているなんて露ほども思っていなかった。


 ……なにやってんだよ。

 

 俺はすぐにラナを抱き締めた。


「ごめん。不安にさせたな」

「ううん。失礼なのはわかってたんだけど、抑えきれなくて……」

「失礼でもなんでもないから抑えなくていい。そういう素振りを見せなかった俺の責任だ」


 愛情表現はしっかりしてきたつもりだった。

 手を繋いだり、抱き締めたり、キスをしたり。だけどまた、それ以上は踏み込まないつもりでもあった。


 理由は単純だ。


 今の俺には敵が多い。

 使徒はもちろん、至天も俺を狙っている。そんな中、万が一、子供ができたら弱点になる。

 一番怖いのは妊娠中に狙われる事だ。

 

 身動きのできないラナを俺一人で護れるか。


 もちろん護ってみせるという覚悟はある。だけど実際にどうなるかは誰にもわからない。

 だからこそ迂闊な行為には及べない。

 故に俺はそういう欲求を感じても自分を律してきた。


 ……いや律し過ぎてたんだな。


 それがラナを不安にさせた。

 俺は身体を離し、ラナの蒼い瞳をまっすぐに見る。


「ごめん」

「謝らないで? ちゃんと言ってくれて嬉しい」

「でもラナ。重ねて謝らなきゃいけない。俺はラナに当分、手を出すつもりはない」

「大丈夫。レイが私を護ろうとしてくれてることはちゃんとわかってる」

「ごめん。でもいつか必ず、ちゃんとコトが落ち着いたらプ……ッ!?」


 言いかけたところで唇を塞がれた。しかしそれも一瞬のことで、柔らかい感触はすぐに離れていく。

 呆然としているとラナは微笑み、額をくっつけてきた。


「……それ以上はダメ。ちゃんとその時になったら聞かせて? ずっと待ってるから」

「そう……だな。ごめん。すこし焦ってた。こういうのはしっかりしないとな」

「そうだよ。一生に一度なんだから大事にしないと」

「……そうだな」


 額を離し、二人揃って笑顔を浮かべる。


「ねえレイ。わがまま言ってもいい?」

「もちろん。何でも聞くよ」

「何でも、なんて言っちゃっていいの?」

「当然。信頼の証だ」

「なら遠慮なく。えいっ!」


 可愛らしい掛け声とともにラナが飛びついて来た。二人揃ってベッドに転がる。


「今日は一緒に寝よ?」

「もちろん。でも……その……あまり誘惑しないでもらえると助かる」


 毎日今日みたいにされると正直自制できる自信がない。それぐらいラナは魅力的な女の子だ。

 

「我慢できなくなっちゃう?」

「……」


 俺は答えられず、視線を逸らした。それが答えだ。


「ふふっ。でもそれは聞けない要望かな? 私も我慢できないからレイが我慢して? 何でも聞いてくれるんでしょ?」

「……悪魔だな」

「こういうの地球ではなんて言うんだっけ? こあくま?」

「サナぁ……」


 どうやら俺の恋人と幼馴染はとてもとても仲良くなっているらしい。地球産の余計な知識がどんどんラナに溜め込まれていく。

 嬉しいやら、困るやら。


 ……まあだけど。


 今日ばかりは見逃そう。

 きっと、不安に思っていたラナの相談に乗ってくれていたのだろう。

 俺はため息を吐くと、天使因子を遠隔操作して部屋の明かりを消した。


「ねぇレイ?」

「なに?」

「戻ってからもさ。寝る時こうしたいって言ったらこまる?」

「………………すっごく困る。……けど俺もこうしたい」


 腕に力を強めると、ラナはくすぐったそうに笑った。

 

「ふふっ。ありがと」


 どうやらこれから先、毎晩理性との格闘をしなければならないらしい。


 ……だけどまあいいか。


 それが最愛の人の要望ならば、応えるまでだ。

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