至るための考察
物資の引き渡しを終わらせた後、諸々を済ませた俺は割り当てられた部屋にいた。
時刻はそろそろ就寝の時間となる。
今回はみんなが気を利かせてくれたらしく、ラナと同室だ。
これから無常氷山の環境がマシになるまでの間、共に過ごすこととなる。
というのも客室は全て二人部屋だったのだ。
俺たちは全員で八人。女性陣、男性陣と二人ずつで分けると男女が一人ずつ余る。ならば公認カップルである俺たちを同室にすれば良いと話はまとまった。
どうせ城でも同じ部屋で暮らしているのだからと。
カノンは実家なのだから自室を使えば良いのにとは思わないでもなかったが、結局アイリスと同室になった。
ちなみにサナはレーニアと同室だ。
「やっぱりすごいね。あれ」
ラナがベッドに腰掛けながら窓の外を見る。そこには静かに燃える紫焔、焔があった。
ラナが言うには魔法に似ているもの。
アストランデの里はこの焔によって快適な環境になっている。しかし一歩里の外に出れば、異常気象の数々に襲われるらしい。
暴風や雷雨は当然。岩のように巨大な雹が降ることもあるのだとか。
晴れる日なんてのは極稀。十年に一度あるかどうか。それ以外は常に分厚い雲に天を閉ざされている。
……里にいたら全く実感が湧かないけどな。
なにせ今はキラキラと輝く満天の夜空が姿を見せている。外が異常気象なんてとても信じられない。
ともあれ、この現象を作り出しているのがあの謎の焔だ。
「そうだな。俺にはさっぱりだがすごいのだけはわかる」
コートを壁に掛け、ラナの隣に座る。
ベッドが深く沈み込み、ラナの身体が傾いた。しかし特に抵抗するわけでもなく、俺に寄りかかってくる。
「概念……かぁ」
ラナが胸元で人差し指を立て、氷を創り出した。
魔術式のない現象、これも焔と似た魔法のようなナニカ。以前見せてくれた時よりもスムーズに出せるようになっている。
「それは魔法じゃないのか?」
「違うんだよね〜。それだけは断言できる」
「それはなんで?」
わからないことでも言語化したらなにか閃く。そんな経験はわりとある。だから俺は聞いても分からないのは重々承知であえて聞いてみた。
「ん〜。私あの時、魔法を使ったんだ」
「あの時って言うと龍王の龍之息吹を防いだ時か?」
月で枯死の翠とレニウスが激突した時、勝負の決め手となったのは龍王アルスターが放った龍之息吹だ。
惑星から宇宙空間を通り、月へと放たれた一撃は一切合切を巻き込み、消滅させた。
その龍之息吹をラナは一時的に完全停止させることに成功している。
それが星剣ラ=グランゼルが司る停止の概念を用いた魔法だ。
「うん。あの時。正確には星剣の魔法……? というより停止の概念を魔力で無理矢理形にした感じ? 言葉にするのが難しいんだけど確かにあれは魔法だった……と思う」
「自信ないんだ?」
おどけて言うと肩に可愛らしい頭突き攻撃をされた。
「ま、ほ、う、だ、った! でも! これは……なんていうのかな……」
ラナが思考を巡らせるように創り出した氷に視線を向ける。
「詰まってる? んー正確じゃないな。強引な感じ……かな? 一応魔力も使ってるし。長く維持出来るようになったのはただ効率を上げただけ。だから多分この方向性は間違ってる」
「なるほどな……あっ」
「んっ? なになにっ?」
不意に声を漏らした俺にラナは興味を示した。
何か些細なことでも聞きたい。そんな感情が表情から読み取れる。
そんな、知識に貪欲な彼女に俺は自分の体験を話すことに決めた。
「そういえば俺、赫の第三位と戦った時に不思議な体験をしたんだ」
ベッドから立ち上がり、匣から因子を取り出す。選んだのはお馴染みの天使因子。
頭上に出現した天輪を刀の形に変形させる。
「アイツと戦った時、俺はこう構えたんだ」
刀を上段に構え、一瞬静止。すぐに振り下ろす。
「いつ見てもレイの剣筋って綺麗だよね」
「ありがと」
ラナを救い出す為だけに磨いてきた剣技だ。本人にそう言ってもらえるのは嬉しい。
だけど今はそうじゃない。
「これ、速いけど振り下ろしたってわかるだろ? でもあの時は……なんていうんだろ? 飛んだんだ」
ラナの氷と同様に言葉にするのがなかなか難しい。どうしても抽象的な言葉、表現になってしまう。
するとラナは疑問顔で首を傾げた。
「飛んだ?」
「ああ。斬るっていう過程をすっ飛ばして振り下ろされた。構えた次の瞬間にはすでに振り下ろされた状態だったんだ。あの動きはありえない。何したかわからないって点では偽剣によく似てる」
「でもレイって今、偽剣は使えないんだよね?」
「使えない。因子を使っても無理だった」
これは検証済みだ。
俺の身に宿る天使因子、悪魔因子、勇者因子。そのどれを使っても偽剣を放つことはできなかった。
「それに俺はあの時、因子を使えなかった」
あの斬撃を放ったのはヒトとして覚醒する前だ。
「なる……ほど?」
ラナが考え込むようにして目を伏せた。
だから俺は今一度あの時起きた現象について思考を巡らせる。
……あの時はとにかく必死だったな。
なにせサイラム、フラウ、鎧武者という格上三人を相手にしていた。
圧倒的不利な状況。そして迫り来る死――。
……そんな中、俺は何を考えていた?
簡単だ。
ただ斬ることだけを考えていた。
それは回帰する前、魔王を殺した時も同じ。
他に雑念は一切無く。
ただひたすらに。
斬ることだけを――。
「なあラナ。そういえばさ。俺が魔王を倒そうとした時、ありえない動きをしてなかったか?」
今思えばあの時もおかしかった。
いくつもの致命傷を負い、身体の感覚がなくなるほど満身創痍の状態。数秒後には命の灯火が消えてしまってもおかしくなかった。
無論、剣なんて振れる状態ではない。
「たしかに。あれは私でも目で追えなかった」
なのにも関わらず、俺は動いた。それもラナですら目で追えないほどの速度で。
そんなことがありえるのだろうか。
……いや、答えは分かりきっている。
ありえない、だ。
「あれが魔法の片鱗か……?」
俺は大きく息を吐き、もう一度刀を上段に構える。
あの時、俺の意識にあったのはただ一つの宿願――。
全てを排し、それだけを求め――。
「――ちょっ! ちょっと待ってレイ! ここでそれ以上はダメ!」
極限まで集中を高めた所でラナの焦った声に意識を引き戻された。
「そんな物騒な気配出したら抑えられなくなる!」
ラナが一度指を振るといつの間にか張られていた結界が霧散していく。
集中し過ぎて魔術を使ったことにすら気付けなかった。
「わるい。そこまで考えてなかった」
「ホントに! 気を付けてね?」
「はい……」
苦笑するラナの隣に腰を下ろす。
しかしあれが魔法の片鱗だとするのなら。
「ラナ。龍之息吹を停めたとき、何を思ってた?」
「え? んー……。あんまり覚えてないや。とにかく停めなきゃって必死だったから」
「なるほど……」
必死だった。つまりあの時、ラナも俺と同じような状態になっていたのではないか。
そんな仮説が立てられる。
「宿願――」
「宿願……?」
俺が呟いた言葉にラナがキョトンと首を傾げた。
「重要なのは宿願なのかもしれない」
俺の偽剣は宿願だ。
ラナを救うためだけに練り上げた剣技。その最高峰が偽剣・斬。
いうなれば「斬」という宿願の結晶。そこを突き詰めればあるいは――。
「宿願を極限まで練り上げたら魔法になる」
俺はそんな仮説を立てた。
「なるほどね。それがレイの仮説か。魔術師にはない発想だね」
「魔術師にはない?」
「うん。だって宿願なんて形のないあやふやなものが現実に作用するなんて非現実的だよ」
言われてみればその通りだ。
人の想いが現実を書き換える。なんてことはラナの言う通り荒唐無稽。言ってしまえば精神論だ。
もしかして俺は恥ずかしいことを口走っていたのではなかろうか。
「じゃあ違うかぁ……」
自分では惜しいところまでいっていたと思ったのだが、魔術師的にはナシらしい。
しかしラナは慌てて首を振った。
「あぁごめん。違うの。否定しようとしたわけじゃない」
「そうなのか?」
「うん。魔術師には出てこない発想なのは確か。でもレイは二度もそんな奇跡を起こしてる。だから決してありえない訳ではない。私の方向性は多分間違ってるからね」
ラナは今までずっと指先にあった氷を弾くようにして霧散させた。
「なるほどね。でもそれならアストランデの里は検証の場としてはうってつけか」
「周りは強い魔物だらけだからね」
「明日にでも戦う仕事がないか聞くかぁ〜」
「それ、私も行っていい?」
普通の王女サマなら止めているところだが、ラナは普通とはかけ離れたお姫様だ。
星剣適合者であり、世界有数の実力者。だから俺の答えは決まっている。
「もちろん。二人で意見を出した方が有意義だしな」
「今みたいに?」
「その通り。仮説も立てられたしな」
「ありがとね。付き合ってくれて」
「俺も強くなりたいから当然。……じゃあ明日に備えて寝るか……っと」
この部屋にはベッドが一つしかない。他にあるのはそこそこ大きいソファが一つ。
「じゃあ俺はソファで……」
と言いかけたところでラナに手を力強く引かれた。




