エイラス=アストランデ
「――なにしてる?」
極寒の声音で発せられた声。部屋の温度が急激に冷え込んでいくような錯覚に襲われる。
カノンに伸ばされた手。その手首をカナタが無造作に掴んでいた。腰にはいつの間にか雷刀が顕現しており、雷を迸らせながら鞘に収まってる。
加えて左手は柄頭に。いつでも抜ける状態、臨戦態勢だ。
「……なんだ……この手は?」
青年が冷めた瞳でカナタを睨みつける。敵意を隠そうともしていない。
高位の冒険者でもビビりそうな眼差しだ。
しかし今回は相手が悪い。カナタがこの程度で怯むわけがない。
「二度言わせんな」
二人の間に険悪な空気が流れる。まさに一触即発。
だけどそんな中、二人の近くにいながらカノンはポーッとした表情でカナタを見つめていた。
……いや、見惚れていると言った方が正しいか。
横顔だけでわかる。アレはめちゃくちゃ喜んでいる。
「わかる。あれは嬉しい」
隣でラナが俺にだけ聞こえる声量で呟いた。
「そういうもん?」
「うん。好きな男の子に守ってもらったら嬉しい。当たり前だよ」
「……なら、仕方ないか」
となるとカノンの仲裁は見込めない。
しかしそれ以上に二人の関係を進展させるという意味合いでは横槍を入れるなんて真似は無粋だ。
だから俺は少しだけ静観することに決めた。
……それに、親友としては嬉しいしな。
俺は再びカナタに視線を向けた。
思えば、いつも冷静なカナタがキレるのを見たのは久しぶりだ。これほどキレるということはカナタの中でカノンの存在が以前より大きくなっているということだろう。
――初めから無理だって決めつけると無理にしかならないぞ?
以前、俺が言った言葉を前向きに考えてくれていることの証だ。それがとても嬉しい。
……しっかし、ホントに久しぶりに見たな。
これほどキレたのは小学生の頃に大喧嘩した時以来だろうか。ちなみにその時はなんで喧嘩になったのかはよく覚えていない。
……あの時はサナが大泣きしながら止めてくれたんだったな。
喧嘩の原因を覚えていないのはサナの泣きっぷりがあまりにも凄まじかったからだ。
なんとか泣き止ませようと喧嘩していたはずのカナタと一緒に頑張った記憶しかない。
そんなことを思い出し、懐かしく思った。
「どうしたの?」
気付けば、ラナが俺の顔を覗き込んできていた。
「ん? なにが?」
「無意識? 笑ってたから」
どうやら顔に出ていたらしい。
「あぁー……。昔のことを、ちょっとな」
「そうなんだ。あとでその話教えてね?」
「そんな中身のある話じゃないぞ?」
「それでもいいの。知りたいだけだから」
ラナが寄り添ってきたので俺は腰に手を添えて抱き寄せた。すると気恥ずかしそうに目を細める。とてつもなく可愛い。
「そう言うことならわかっ――」
「――コホン」
わざとらしい咳払いに視線を向けるとサナがジト目で俺たちを見ていた。そして親指をクイっとやる。
イチャイチャしてないで止めろという内心の声が聞こえてきそうだ。
……ごもっともだな。
俺は反省しつつ争っている二人に視線を向ける。
……さて、どうするべきか。
止めた方がいいのは明白だが、個人的にはもう少しだけ静観していたい。
そんなことを思っていると、先に青年が痺れを切らした。
「……ッ」
腕を大きく振り、カナタの手を振り払おうする。しかしそんなものでカナタの手が振り解けるわけがない。全くもってビクともしない。
その事実に青年の眉間に刻まれた皺が深くなった。
「……これは家族の問題だ。部外者は口出しするな」
「ハッ。いきなり胸倉に掴みかかろうとするやつが家族……ね。笑わせるな」
そしてやはりカノンの仲裁は見込めない。ずっとカナタを見つめている。
これでは単なる恋する乙女だ。
……ここらが潮時か。
これ以上は戦闘になる。俺はそう判断した。
……サナにも言われたしな。
正確にはジェスチャーだが。
「私が止めようか?」
「いや、俺がやるよ」
それが親友としての役目だろう。
ラナのありがたい申し出を断り、一歩で二人の間に割り込む。
「カナタ。気持ちはわかるが今は退こう。あまり波風立てるのもよくない」
カナタの腕を掴みながら言う。
するとカナタは眉を顰めたものの、身体の熱を冷ますかのように大きく息を吐いた。
「――そう……だな。わるい。カノン。大丈夫か?」
カナタが青年の腕を離し、カノンに向き直る。
「……んぇ? ……あっ。……だいじょうぶ」
現実世界に帰還したカノンは頬を朱に染めながら、俯いた。カナタに関係することだと表情がわかりやすくなってきたのは決して気のせいではないだろう。
そんなカノンの様子に青年は眉を顰めた。
「……なぜ帰ってきた。……カノン」
「……必要だったから」
それだけ言うと二人は視線をぶつけ合う。
カノンがいつも以上に喋らない。二人の間にある確執が原因なのは疑いようがないだろう。
「あー。俺はレイ。貴方の名を伺っても?」
「……エイラス。……アストランデの戦士長でカノンの兄だ。……それで? ……貴様らは何者だ?」
「俺たちは勇者パーティだ。教皇に言われて祭壇を目指している」
「……祭壇? ……御伽話の?」
エイラスが目を細め、カノンを見る。言葉にはしないが「正気か?」と言っているように思う。
その視線を受けてカノンは頷いた。
「……ん。……無常氷山の状態は?」
「……荒れている」
「……なら滞在させて」
「……里長に聞け」
「……だから待ってる」
「……」
「……」
場を沈黙が支配する。
カノンはソファに座りながらそっぽを向き、エイラスは対面に座った。
……地獄だな。
そんな感想を胸に仕舞い込み、ラナに合図をする。
里長が来るまで話は進まなさそうだ。
意図が伝わったのかラナはソファに座り、俺はその背後に控えた。
それから里長が戻ってきたのは約五分後だった。




