無常氷山へ
翌朝、陽が顔を出したばかりの時間帯。
肌寒さを感じながらも俺たちはニレルゲンの北門に集合していた。
ウォーデンが集めてきた情報によると、現在ニレルゲンから北には四つの迷宮が存在するらしい。
街からほど近いところに二つ、最果てとの中間地点に二つだ。
どれも発見されたばかりで危険度はそれほどない。一番長く存在する最果てに一番近い迷宮でも発見から三ヶ月しか経っておらず、階層も浅い。
そのため、迷宮踏破を目的とした冒険者の往来が結構ある。今も俺たちの横を冒険者と思しき集団が何組か通り過ぎて行ったところだ。
ともあれこういった理由もあり、最北端に位置するニレルゲンの北街道だが、除雪はしっかりと行われている。
「にしてもずいぶん多いな……」
目の前に積み上がっていく物資の山。そんな光景を見ながら俺は呟いた。
現在は昨日のうちに大量購入した物資の運搬中だ。
早朝だというのにウォーデンと補佐についているカノンの指示で商会の従業員たちが忙しなくキビキビと働いている。
ちなみにカノンがアストランデだとバレて一悶着あったらしいが付き添っていたカナタが黙らせたらしい。
さすが親友。頼りになる。
「八人で一ヶ月半分だからね。それより負担は大丈夫?」
俺の天使因子を活用して物資を運ぶことは昨日のうちに話してある。その時に大丈夫だと伝えていたが、心配してくれているようだ。
「ああ。前に因子一つだとどのぐらい保つのか検証しただろ? その時も問題なかったから大丈夫だよ。それに訓練にもなるしな」
「訓練?」
ラナがきょとんと首を傾げた。
それに俺は頷く。
「この力はまだ十全に使いこなせたとは言えないからな。いい機会なんだ」
天使因子によって顕現する天輪の長時間制御。
以前にも色々な検証は行なっていたが、数日という長時間使用の検証は行えていなかった。
だからこその良い機会、良い訓練だ。
「ならいいんだけど。でも負担になったら言ってね? 私にもやりようがないわけじゃないから」
「わかった。その時はちゃんと頼らせてもらうよ」
俺がそう言うと、ラナは柔らかな笑顔を浮かべて頷いた。
そうして待つこと十数分。
荷台がすっからかんになった馬車を操縦し、商人たちが街へと引き返していく。
「レイ。準備完了だ。抜けはない」
「……ん。……わたしも確認した」
ウォーデンが必要物資を書き出したリストを軽く叩きながら言うと、カノンも頷いた。
言葉通り、これで準備完了だ。
「了解」
振り返り、見据えるは遥か彼方に聳え立つ純白の峻嶺、無常氷山。
美しく荘厳な見た目に反し、立ち入った者の多くが命を落とす過酷な山脈地帯。
……気を引き締めないとな。
俺はこの世界でも有数の力を持つと自負している。
しかし自然というのはそこに在るだけで驚異だ。いつ牙を剥いてもおかしくない。
加えて、これから向かうのは高位の魔物が跋扈する未開の土地、最果て。敵は自然と過酷な環境に適応した魔物だ。
決して侮って良い場所ではない。
俺は一度大きく深呼吸をした。
「――じゃあ行くか」
俺の言葉に仲間達が全員真剣な面持ちで頷く。
それを確認し、俺たちは無常氷山への一歩を踏み出した。
野営を繰り返し、無常氷山へと向けて道を突き進む。
道中、特に問題は起きなかった。強いて言えば一日目が終わる頃に街道が消えたことぐらいだ。
迷宮に向かう人は多くいれど、最果てに向かう者なんていない。だから街道なんてものも必要ない。
カノンもアストランデの里からニレルゲンに初めて訪れた時は道なき道を進んできたらしい。
その時は猛吹雪で今回よりもかなり大変だったのだとか。
その点で言えば天候に恵まれた俺たちは幸運だ。
多少雪は降れど、吹雪くようなことはなかったのだから。
ラナが心配していた天使因子による運搬も特に問題は起きなかった。
途中で物資を落とすようなこともなければ、負担に感じるようなこともない。
あくまで予測だが、天使因子を扱うにあたり、魔力的なナニカを消費することはないということだろう。
感覚としては手足を動かしているようなものだ。流石に全く疲れないというわけではないが、負担と呼ぶものでもない。
もはや天輪は身体の一部と化している。
それと密かに心配していたレーニアだが、端的に言うと何も問題はなかった。
流石は副団長を任されているだけはあるということだろう。俺たちの速度にも難なくついてくることができた。
そんなこんなで襲ってくる魔物を蹴散らしながら進むこと約三日。陽が沈みそうになるころ、俺たちはアストランデの里へと辿り着いた。
お待たせしました!
禁足地から帰還……!




