選択
「さて、ウォーデン。ミルさんのこと、話してもらえるか?」
物資に関する相談が終わったところで俺は切り込んだ。
今後の方針を決めるためにも今のうちに聞いておきたい。
「何から聞きたい? 今更隠すつもりはないから全部答えるぞ。代わりにさっきの一悶着はなんだったのか教えてくれ」
「わかった。じゃあまずミルさんだけど、赫の至天レオ・アーガストルムの関係者ってことでいいんだよな?」
燃えるような赤髪。レオと親友だったウォーデンと親しい人物。そして言葉の端々から窺える事情。
総合してそれが真実なのは疑いようがない。
しかして、俺の問いにウォーデンは頷いた。
「レオの妹だ。昔はレオの後を付いてまわっていたがまさか結婚してるなんてな」
「なるほど。にしても至天の肉親か……」
俺の呟いた言葉に何を思ったのかウォーデンは首を振る。
「安心してくれレイ。ヤツらとミルは無関係だ。あの事件が起きた頃、ミルはまだ村に居たはずだしな。関わりようがない」
俺は理解した。
ウォーデンが心配しているのは俺が疑っているかもしれないということだ。
ミルさんがあちら側の人間ではないか――と。
しかし元より俺はミルさんがあちら側だとは疑っていない。それは至天の肉親であってもだ。
そうじゃなければあんな呪い、掛けるわけがない。
だけどミルさんが静寂の赫に呪いをかけられているのは事実。無関係なんてことはない。
「ウォーデン。悪いがおそらく無関係じゃない」
「どういうことだ?」
ウォーデンが眉を顰める。
「単刀直入に言うが、カノンがミルさんに反応した」
「まさか……」
「ミルさんには呪いが掛けられている。カノンによると静寂の赫が掛けたもので間違いないらしい」
「……たしか……なのか?」
「間違いない。カノンが断定した」
今まで静観していたカナタが有無を言わさぬ勢いでピシャリと言い放った。
ウォーデンが両手で顔を覆い、俯く。
「そう……か」
「わかってると思うが問題は先か後かだ」
つまりはウォーデンの嫁、シンシアさんをその手に掛ける前に呪われたのか。後に呪われたのか。
もし前者ならば……。
「ミルを人質に取られていたかもしれないってことか……」
ウォーデンは顔を上げて呟く。
親友の犯した凶行。
それがもし、家族を守る為だったとしたら。
決めていた覚悟が揺らいでもおかしくない。
……使徒ってのはつくづく悪趣味なヤツらだな。
全くもって悍ましい。
もしラナを人質に取られたら、なんて嫌な想像が過ったが務めて意識の外へと追いやる。
使徒は悪辣非道だと再認識した。ならばそんな事態にならないように立ち回らなければならない。
「くそ……」
ウォーデンが絞り出すように言葉を吐き捨て、床に視線を落とした。
「……どうするウォーデン? 選択は任せるぞ」
決めていた覚悟に従い、復讐を果たすのか。それとも事情を考慮し、赦しを与えるのか。
選択は二つに一つ。
しかし俺はウォーデンがどちらの選択をしようとそれを支持するつもりだ。
なにせウォーデンには大きな恩がある。俺はその恩に報いなければならない。
それからしばらくウォーデンは黙っていた。
静寂が支配する空間。五分、十分と時間が過ぎていく。
しかしそれでも俺とカナタはひたすらに待った。
今、口を挟むべきではない。
この決断に俺たち部外者が介在するのは間違っている。そう信じて。
やがてもうじき集合時間になろうとしていた頃、ウォーデンが顔を上げた。
「わるい。今、答えは出せない。オレはもう一度レオに会わなきゃいけない」
ウォーデンが選んだ答えは対話だった。
……まあ、それはそうか。
なにせまだ不確定な情報が多すぎる。
ミルさんが呪われたのはいつなのか。どうして呪われたのか。そもそもミルさんは人質なのか。
そして何故ウォーデンの嫁を殺し、娘を呪ったのか。
今はわからないことだらけだ。
殺すにしろ、生かすにしろ、レオともう一度会って話をしないと整理できないだろう。
ともあれ、いきなり殺し合うような事態にはならなそうだ。それだけは心底よかったと思える。
……親友と殺し合うなんて御免だもんな。
俺は一度親友に視線を向けて心の中で呟く。
しかしそう考えるとここでミルさんに会えたことは僥倖だったといえる。
「……ウォーデン。お前がどんな選択をしようが俺はその選択を尊重する。それだけは覚えておいてくれ」
「じゃあ俺は二人の関係がうまく清算できることを祈ってるよ」
「ありがとな。二人とも」
カナタが立ち上がりながら言うと、ウォーデンは微笑んだ。
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