相談
部屋の前で女性陣と分かれ、カナタと共に中へと入る。
あてがわれた部屋はシンプルながらも清潔に整えられていた。
教会の話だと三階は高位冒険者や貴族向けの部屋らしい。ニレルゲンは辺境だが、ここまで綺麗なのはそういう理由あってのことだ。
その分、値段も高そうだが聖王国とグランゼル王国の支援により金は潤沢にある。何も問題はない。
……それに、ラナとアイリスをヘタな部屋に泊めるわけにはいかないしな。
二人は正真正銘のお姫様だ。
非常事態の時でもなければ小汚い宿になんて泊まらせることはできない。
なのでこの出費は必要経費というヤツだ。
「レイ。さっきラナに耳打ちしてたのは?」
上着を脱いだカナタがベッドに腰掛けながら聞いてきた。
俺も同様に上着を脱ぎ、ベッドに腰を下ろす。
流石貴族向け。フカフカで快適だ。
ふぅーと息をついてからカナダの問いに答える。
「レーニアに話す範囲のことだ。教皇がレニウス、もとい魔法使いってこと以外は話していいらしい」
「それは……サナが口滑らさないかが怖いな」
「同感だ。だから強く言っておいてくれとも頼んでおいた。あとは……うん。祈るしかない」
「だな」
もはや神頼みだ。サナに関してこういうことの信用はまったくない。
本人に悪気はないのだが、ポロッと口から出ることがある。そんな高頻度ではないが。
過去の事故を思い出し、二人して苦笑した。
そんなこんなでカナタと雑談をすること約五分。ウォーデンが部屋に入ってきた。
「そーいや部屋番伝えてなかったな」
「サナに聞いたよ」
「わるいな。ベッドはそこでいいか?」
部屋の一番内側に位置するベッドを指差す。
俺が窓際、カナタが真ん中を陣取った為、空いているのはそこだけだ。
「ああ。問題ない」
ウォーデンも荷物を置いてベッドに腰掛ける。
「物資はどのぐらい揃える? さっきカノンに聞いてきた感じだと深部はS級迷宮よりヤバそうだ」
「なるほどな。多いに越したことはないが……」
「まあ嵩張るよな」
俺の言葉を引き継ぎカナタが呟いた。
問題はそこだ。荷物が多ければそれだけ嵩張るし、食料も日持ちの良いものしか持っていけない。
なんでも入って内部時間の流れも止まるラノベ定番便利アイテム、マジックバックはレスティナには存在しないのだ。
以前興味本位でラナに聞いたところ、空間拡張と時間停止の魔術が必要とのことだった。加えてその超絶高難易度の魔術をバッグなんていう小物に付与し、魔導具化する超絶技巧も必要となる。
時間停止だけならばラナの星剣で擬似的な再現は可能らしいが、魔力がゴリゴリ減っていく為、とても現実的ではないのだとか。
「かと言って途中で補給も出来ない」
ウォーデンの言葉にカナタと二人で頷く。
出来るとしたらアストランデの村だが、いかんせん最果てだ。過酷な土地であることは明白。物資は貴重なものに違いない。
そのため、補給はできないと思っておいた方がいいだろう。
「まあ嵩張るのはしょうがないか。無常氷山までは何日って言ってたっけ?」
「三日だな。けど無常氷山の機嫌によっては足止めも考えられる。そして遺跡とやらまでの距離はわからない」
「……レニウス様は一ヶ月って言ってたが、オレの感覚だと余裕を持って一月半ぐらいの物資は確保しておいた方がいいと思う」
「そこらへんはウォーデンに任せる」
俺たちが考えるより、S級冒険者として場数を踏んできたウォーデンに任せる方が確実だ。
大量購入による交渉も慣れているだろう。
「わかった。任せてくれ」
「にしてもそうなると保存食三昧か……。S級冒険者の知恵でどうにかならないのかウォーデン」
「多少工夫は出来るが限度はあるな……」
三人してため息をつく。
保存食はお世辞にも美味しいとは言えない。
ラノベでよくみるいつでもどこでも温かいものが食べられるなんていうのは幻想である。
「文句を言っても仕方ない……か。じゃあ物資は一ヶ月半分。あとはカノンに必要なものを聞こう」
「運搬はどうする? ウォルホスでも買うか?」
「そうだ……いや」
肯定しかけて言葉を止める。いい考えを思いついた。
匣から天使因子を取り出し、頭上に天輪を出現させる。
そして天輪を薄い板状に変形。空中に浮遊させる。
「これでなんとかなるか?」
二人に視線を向けると、呆れた視線を向けられた。
「そんなことに……。いや、レイ。それ、お前の消耗はどうなんだ?」
「一つの因子だけならほとんど消耗はないな」
「戦闘になったら?」
「こうする」
俺は天輪を操作し、板から一部を分裂。刀状に変化させ手に握る。
「……便利だなそれ。オレもほしい。迷宮探索がめちゃくちゃ楽になるぞ」
「創世教の信者たちが真実を知ったらブチギレそうだけどな」
天使因子は創世教の創始者であり、教皇であり、魔法使いの力。
それを荷物を運ぶために使おうとしている事実。たしかにカナタの言う通り、ブチギレられてもおかしくない。
「まあそこらへんは考えないでおこう。そもそも真実を知ってる奴なんていないんだからな」
「まあな」
カナタとウォーデンが苦笑する。
ともあれこれで運搬問題は解決だ。
「ちなみにレイ。これどの程度拡大できる? これで最大か?」
「いや、まだいける。感覚でいうと……五倍ぐらいか?」
流石に無条件で拡大することはできない。天輪にも大きさはある。
……というかこれ、普段が圧縮されてるって言った方が正しいな。
感覚的にそうだ。
大きな一つの輪を圧縮したり折り畳んだりして頭の上にのるサイズになっている。
今思えば俺が持つ天輪よりもレニウスの天輪の方が複雑な模様だったのは元の大きさが馬鹿げているせいだろう。
元のサイズに展開すればどれほどの大きさになるのか想像もつかない。
……あとで検証が必要だな。
幸い、無常氷山までの道のりで時間がある。
やりきれていなかった検証を進めるべきだろう。
「この五倍なら十分だな。一ヶ月半分を目安に集めるよ」
「ああ。頼む」
「悪いなウォーデン」
「いや、これは冒険者であるオレの役目だ」
「それを言うなら俺たちも冒険者だけどな」
それも歴とした高位冒険者だ。
「一応な。一応」
カナタのツッコミに俺たちは三人で苦笑した。




