赫の呪い
即座に匣から悪魔因子を取り出し、全身を強化。最悪の事態に備える。
仲間たちも各々が警戒体制に入った。得物は抜かないが、一瞬にして空気がヒリついたものへと変化する。
「えっ? えっ!?」
「ん? なんだ?」
急に変わった空気にミルさんやラスティンさん、冒険者たちが困惑していたが今は気にしている余裕はない。
フォローはウォーデンに任せる。
「危険は?」
カナタが静かに問うと、カノンは意を決したように頷いた。
「……すこし視させて」
「大丈夫なんだな?」
「……ん。……ありがと」
カナタは少しだけ身体をズラし、カノンがミルさんのことを視えるようにした。
真剣味を帯びた瞳がミルさんへと向けられる。
俺もさりげなく視線を向けると、ウォーデンがミルさんの気を逸らしていた。おかげでこちらに注意は向いていない。
これで俺たちの意識がミルさんに向いていることを悟られる事はないだろう。
そうしてしばらく待つこと数分。
カノンが一度目を閉じ、再びカナタの陰に隠れた。
「どうだ?」
「……たぶん、だいじょうぶ。……すくなくともすぐに起動することはない」
「ならひとまずは安心か」
カナタがホッと息を吐いた。
張り詰めていた空気が弛緩していく。しかしカノンの表情は真剣なまま。
「……だけど赫がその気になったら起動する。……だから注意は必要」
「……起動したらどうなる?」
俺が聞くとカノンは考え込むように視線を落とした。そしてポツリと呟く。
「………………最低でもこの街が吹き飛ぶ」
……最低でも……か。
口にしないまでも、地図が書き換わるような破滅的な被害を齎す可能性が高いということだろう。
起動すればここら一帯が焦土と化す。下手をすれば国が滅ぶほどの被害になるかもしれない。
そんな呪いが一個人に仕掛けられているとはとんでもない話だ。しかし相手があの使徒ならば決して無い話とは思えない。
ヤツらはそれほど埒外な存在だ。
「解呪は……無理なんだよな?」
「……ん。……レニウスの言葉が正しければ試みた瞬間に静寂の赫に伝わる。……そうなれば終わり」
使徒、静寂の赫の呪い。
ウォーデンの娘、シンシアに掛けられていた呪いと同じ類の物だ。呪いの専門家であるカノンが言うのだからほぼ確定と思っていい。
「触らぬ神に祟りなし……だな」
「……ん? ……どういういみ?」
カナタの日本語にカノンが首を傾げる。
「あー。ヘタなものに関わりを持たなければ災が降りかかることもないって日本のコトワザ」
「……たしかに。……その通り」
「なら今の俺たちに出来ることはないな」
余計な手出しをすれば待っているのは破滅だ。
何もしないことが最善手。忌々しいことこの上ないが、今の俺たちにはどうにかするだけの力がない。
「悔しいけど、な」
カナタと共に眉を顰めた。
「起動してない理由は……明白だよね」
ラナが燃えるような赤髪を持つミルさんに視線を向けた。
ウォーデンと親しい関係にある。しかしその関係はギクシャクしている。極め付けはその赤髪。
ここまでのヒントがあれば誰だって気がつく。
「呪いのことは後でウォーデンに話しておく。その上で伝えるかどうかは任せるべきだと思う」
「……わたしは反対」
「理由を聞いても良いか?」
「……気付きが呪いにどんな影響を与えるかが未知数。……少なくとも本人には伝えるべきじゃない」
つまりは気付いた瞬間、呪いに作用して起動。なんてこともあり得ると言うことか。
「厄介極まりないな」
「感情に起因する呪いか。まああんな力を見せられれば不可能と断じることはできないな」
「私も同意見。高等技術なのは間違いないけどね」
カナタの言葉にラナも同意した。
生粋の魔術師である三人が言うのならばそうなのだろう。
「あの――」
と、そこで今まで静観していたレーニアさんが声を上げた。
「その……聞いていいのかはわかりませんが、レイ様たちはどなたかと戦っているのですか?」
「あー……」
何も知らないレーニアさんからしたら当然の疑問だろう。
道中にでも説明する予定だったが、なるべく早く説明しておいた方が良さそうだ。
……夕食後にでもみんなで集まるか。
時間があるかはわからないがこればっかりは仕方ないだろう。情報共有は大切だ。
そう決め、口を開く。
「すみません。俺たちの事情は後ほど落ち着いたら話します」
「わかりました。お手数をおかけします。それと、私には敬語は不要です」
「……そうか? ならわかった。レーニアも楽な話し方でいい」
「ありがとうございます」
「レイ。後で私から話しておこうか? 時間あるかわからないし」
正直ラナの提案はありがたい。
同性ならば夜に部屋にでも訪れればいいだろう。異性の俺より遥かに融通が効く。
……本当は同室の二人に任せたいが……。
サナはそもそも信用できない。
感覚派なサナは昔から説明がヘタだ。それも絶望的に。だから絶対に何かがすっぽ抜ける。
そしてカノンも頭は良いが口下手な為、お世辞にも説明が得意とは言い難い。よって適任はラナとアイリスだろう。
「むっ。何か失礼なこと考えてない?」
「全部を抜け無く説明できるかサナ?」
「それぐらい出来るよ!」
この自信は一体どこから湧いてくるのだろうか。
そんな自信満々なサナを見てカナタがため息を吐いた。
「レイ。ダメだからな。こいつ高校でもいろいろやらかしてるから」
「だってよサナ」
「ぐぬぬぬぬ」
唸っているサナを無視してラナに視線を向ける。
「ってことでラナ。頼めるか? アイリスも同席してもらえると嬉しい」
「任せて! アイリスもいい?」
「うん。大丈夫」
「ありがとな。レーニアもそれでいいか?」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあそうだな……。三十分後にまたここに集合しよう。カノンは必要物資の書き出しを頼む」
「……ん」
あとは旅慣れしているウォーデンに聞けばなんとかなるだろう。
……その前に色々聞いておかないとな。
そんなことを思いながら階段をのぼった。




