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幕間 豚の末路

「クソ! クソ! クソォォォオオオオオ!!!」


 聖都の路地に怨嗟の声が響く。

 清廉なる街並みには何とも相応しくない声。しかし薄暗く、奥まった路地から響く声は誰の耳にも届かずに消えていく。


「みんなしてバカにしやがってぇぇぇ!!! ボクは第一王子だぞ! 王族だぞ!!!」


 ()シルエスタ王国第一王子、ミローン=イルカス=シルエスタは壁に拳を打ちつける。

 いつもならば臣下が止める行い。しかしミローンは既に廃嫡された身。この愚かな行為を止める者はいない。

 臣下一人すら付いてこなかった事実から、ミローンが培ってきた人望のなさがうかがえる。


 するとそこへ近づく影が一つ。


「おや? これはこれは……」

「誰だキサ……聖騎士?」


 振り返ったミローンの声音が怪訝なものに変わる。

 視線の先にいたのは聖騎士の鎧を纏った人物だった。

 穢れを知らぬ純白の鎧。それは薄暗い路地にはおよそ似つかわしくない。


 ミローンは眉を顰めて聖騎士を見る。


 特徴のない人物だ。

 平凡な顔。暗い色をした短髪と瞳。

 唯一の特徴と言えるのは大柄な体格くらいなものだ。

 しかしそれも他の聖騎士と比べたら決して特筆すべきものではない。恵まれた体格を持っているのは聖騎士の大半だ。

 

 どこにでもいそうな青年。

 ミローンが聖騎士に抱いた印象はそんなものだ。

 もしこの青年が純白の鎧を纏っていなければ誰も聖騎士とは思わないだろう。

 しかし、ミローンの目にはそれが酷く不気味に映った。


 そもそも陽の高いこんな時間、こんな場所に聖騎士が一人で来ること自体おかしな話だ。


「貴様……何者だ?」


 警戒心たっぷりに放たれた刺々しい言葉。しかし聖騎士は意に介さない。


()()、貴方の言葉通りですよ。ミローン=イルカス=シルエスタ殿。……あぁ今はただのミローン殿でしたか?」

「……このッ!!!」


 ミローンは胸の内から湧き上がってきた怒りに身を任せ、腰の剣へと手を伸ばした。


「くっ……!」


 だが抜き放つ前にすんでのところで踏み止まる。

 聖都で聖騎士に刃向かったらどうなるか。答えはわかりきっている。

 ミローンでもそれだけの理性は残っていた。


「……所属は?」


 代わりに警戒心を大きく引き上げる。

 廃嫡されたとはいえ、元王族。怪しげな人物を警戒するだけの知能は持ち合わせていた。

 対する聖騎士は口元に人差し指を当てる。

 

「秘密です」


 聖騎士の仕草にミローンは言いようのない違和感を覚えた。

 さして特徴もない聖騎士。ミローンは聖騎士の外見にどこか自分と似たものを感じていた。

 言葉にするならば日陰者の気配。ミローンは目の前の聖騎士が決して表舞台で輝く人間ではないことを確信していた。

 

 だが、聖騎士の口から出てくる言葉や態度から感じるのは()()


 ミローンは知っている。

 この余裕は心にゆとりのあるものにしか出せないものだという事を。それは身近に同じ()()()を持った者がいたからだ。


「……」


 憎らしい弟の姿が脳裏に過り、ミローンは顔を顰めた。

 

「どうしました?」

「……聖騎士ならば答えなければならないはずだ」


 ミローンは聖騎士の言葉を無視した。

 所属を問われれば聖騎士は必ず答えなければならない。

 (ルール)でそう定まっている。主になりすましを避けるためだ。


「これは痛い所を突かれましたね……」


 だがやはりというべきか、苦笑しながらも聖騎士は余裕を崩さない。


「ですが先ほど私は()()と言いましたよ?」

「どういうことだ?」

「確かに私は聖騎士です。しかしここにいるのは聖騎士だからではないのですよ」

「なにを言っている? その鎧を身につけている以上、ボクが報告すれば貴様は終わりだ」


 聖騎士の言葉に正当性は皆無だ。言葉遊びでしかない。

 聖騎士の鎧を着けている以上、誰がなんと言おうと聖騎士だ。

 しかし聖騎士は不気味な笑みを浮かべるのみ。


「ふふふふふ。そこまで頭は悪くありませんでしたか」

「貴様……バカにしているのか?」

「いえ、貴方が正気かどうかを確かめただけですよ」

「……それで、所属は?」

「第五騎士団。名前は……」


 聖騎士が口元に手を当てて天を仰いだ。それから再びミローンに視線を向ける。


「セドリック=アルゴールですね」

「……」


 まるで他人事のように答える聖騎士(セドリック)

 そんな仕草にミローンは背筋が凍った。


 ……これではまるで操り人形ではないか……!


 目の前のセドリックと名乗った聖騎士。しかしそれは外見だけ。中身は別にいる。

 そういう魔術があるとミローンは聞いたことがあった。

 しかしそう考えると、先程から感じていたチグハグさにも納得がいく。

 ミローンの頬を冷や汗が伝う。


「……何が……何が目的だ?」


 ミローンは干からびそうになる舌を必死に動かし、なんとか言葉を捻り出す。

 その様子に今度は聖騎士が目を細めた。


「ほう? なかなか聡明なようだ。傲慢さが無ければ弟君のようになれたかもしれませんね」

「御託はいい! このボクに何の用だ!?」


 ミローンは聖騎士の言葉を遮るように声を張り上げる。

 そうしなければ、正気を保っていられそうになかった。初めから感じていた違和感。それは既に恐怖へと変わっている。

 

「そうですか……では単刀直入に。――力が欲しくありませんか?」

「………………は?」


 予想外の言葉にミローンの目が点になった。


「ふふふ。予想通りの反応ですね」

「……どういうこと……だ? ……力?」

「ええ。全て壊したくはありませんか? 自分を捨てた国を。その原因を作った人物を! 私には貴方がその身に秘める憤怒を育む力があります」

「……な……に?」


 聖騎士が懐から取り出したのはドクンと脈打つ白い球体だった。見ようによっては心臓のようにも見える禍々しい物体を聖騎士はミローンに差し出す。


「これを取り込めば貴方は絶大な力を得るでしょう」


 それはミローンにとって魅力的な提案だった。

 

 ミローンは全てを失った。

 地位も名誉も財産も家族もなにもかも。

 もはや失うものはなにもない。


 しかしミローンは伸ばしかけた手を空中で彷徨(さまよわ)わせた。


「………………それを取り込んだらボクはどうなる」

「……ハァ。どうやら期待外れだったようですね」


 聖騎士は大きくため息を吐き、冷めた目をミローンに向ける。


「期待……外れ……?」

「ええ。期待外れです」


 その瞬間、聖騎士の姿が掻き消えた。直後、胸に衝撃を受け、地面に膝を突く。


「ガッ……!」

「貴方にはもはや何もない。だと言うのに躊躇なんてしている暇はないでしょう。つまり、貴方の怒りは憤怒と呼ぶには値しない。……期待外れです」


 蹲るミローンを見下し、手袋に付着した血液を拭う聖騎士。その視線はもはやミローンに対する興味を失っていた。


「貴様……何を!?」

「さて。欠陥品であることは間違いないでしょうがどうなりますかね」

「ガッ!? ガァアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 壮絶な絶叫が路地に響き渡る。

 関節が逆方向に曲がり、伸び、分かれていく。

 辺り一面に赤黒い血液が飛び散り、ミローンの身体が変質する。人間であった形が異形のものへと。

 やがて出来上がったのは醜い怪物だった。


「やはり呑まれましたね。眷属としても下の下ですねぇ」

「ヒッ……ヒヒッ……」

「それにしても醜いですね。ですがまぁ、壁ぐらいにはなるでしょう。行きますよ」


 そうして聖騎士とかつてミローンであった怪物は路地の闇へと消えていった。

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