救氷騎士VS炎帝
「ぶっ殺してやるよ!」
両腕に爆炎を迸らせ、ファイマスが吼える。
その姿はさながら先日戦った赫の至天のようだ。
……まあ共通してるのは炎だけだけど。
ファイマスはすこし才能がある普通の魔術師だ。至天のような悍ましさや邪悪さと言ったものは感じない。
「ラナがやるか?」
「ううん。……私を守って。騎士様?」
ラナが可愛らしく小首を傾げ、笑顔を向けてくる。
なぜだろう。仕草はあざといのにあざとさは全く感じない。
溢れ出る気品のせいだろうか。
まあとどのつまり、めちゃくちゃ可愛い。
……ともあれ、騎士が姫を守ったって形にしたいんだろうな。
やはりラナは王女だ。抜け目がない。
こういう「形」は貴族社会では重要だ。こちらが善、あちらが悪というわかりやすい構図は後々有利に働く。
だから俺は「姫を守る騎士」を演じる。
「お任せを」
俺は物語で見た騎士のようにお辞儀をしてからラナを守るように一歩前に出る。
「さて、騎士らしく正々堂々と行こうか。先手は譲ってやるよ」
「……騎士なら剣を抜けよ」
「お前の武器は拳だろ? なら俺も拳で十分だ。一瞬で終わらせてやるよ」
「チッ! そうか、よ!」
両腕の爆炎が一回りほど大きくなると、ファイマスが距離を詰めてきた。
そして右ストレートを繰り出し、顔面を狙ってくる。
……殺す気まんまんだな。
チリチリと肌を焦がす炎の拳が眼前に迫る。普通の騎士や冒険者ならば、かするだけで重度の火傷を負うだろう。
それぐらいの火力をファイマスの爆炎は秘めている。
だが俺は敢えてその拳を額で受けた。
ガンッと鈍い音が大広間に響き、爆炎が爆ぜる。
視界が一瞬にして白く染まるが、なんの痛痒も感じない。そしてボキリとイヤな音が響き、ファイマスの拳が粉砕された。
「ぐぁっ!」
ファイマスが痛みに怯み、後退しようとする。
だがここまで近づいてくれたのだ。逃す手はない。
俺はファイマスの足を踏み付け、その場に固定する。当然、ファイマスは姿勢を崩す。
その隙に俺は右拳を振り抜き、ファイマスの顎を撃ち抜いた。
「かぁっ……」
脳が揺さぶられ、ファイマスが白目を剥く。
そして身体全体の力が抜け、カクンと膝から崩れ落ちた。
「他愛無いな。これが帝国の最大戦力の一人か」
俺はラナの方を振り返り、再びお辞儀をする。
するとその後方で一部始終を見守っていたシルエスタ王国国王、シウロン陛下が拍手をした。
「お見事です。【救氷騎士】レイ殿!」
それを皮切りに拍手が伝播していく。するとラナが俺の隣まで歩いてきた。
「皆様! お騒がせいたしました! 後の事は気にせず、引き続きパーティーをお楽しみください!」
ラナが言い終わると同時、パーティーの喧騒が戻ってきた。「良い余興でした」なんて言っている貴族すらいる。なんとも切り替えが早いものだ。
……さて、コイツはどうするか。
そんな意図を込めて舞台に目を向けると、クリスティーナが聖騎士たちに指示を出していた。
この調子なら放置しても問題なさそうだ。踏まれても俺は知らない。
「あれ、あの人……」
「ん?」
ラナの言葉にその視線を追うと、大広間の扉が開き、金髪の女性が姿を現したところだった。
参加者なのだろう。暗めのドレスを身に纏っている。
「知り合い?」
「ううん。さっき会場から出ていくのを見ただけ」
「出ていく?」
その女性はキョロキョロと周囲を見渡すと、やがて倒れているファイマスを見つけた。
次に俺たちを見つけると視線が俺たちとファイマスを交互に見る。そしてサァーっと顔を青ざめさせ、固まった。
どうしよう、という心の声が聞こえてきそうだ。
しかし金髪の女性はすぐに我を取り戻すと、小走りで近づいてきた。俺は帝国の人間だとあたりをつけ、念の為ラナを守るように前に出る。
「申し訳ございませんでしたっ!」
しかし俺の心配は杞憂に終わった。
金髪の女性は俺たちの前にくると、凄まじい勢いで頭を下げる。
あまりの勢いにラナが目を瞬かせていた。
「あの、貴女は?」
どうやらラナも知らない顔らしい。俺は引き続き警戒のため、悪魔因子を匣にしまわないでおく。
「あっ。これは失礼しました。私はガルドジス帝国、覇星衆序列第三位、ホロ=アトラントと申しますっ!」
そう言ってホロの名乗った女性は貴族のような礼を執る。しかしどこかぎこちなく、そういう所作に慣れていないように思えた。




