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炎帝

 その後、俺たちは教皇から勲章を授与され魔王討伐宣言は終わった。


「では皆さま、引き続きパーティーをお楽しみください」


 教皇代理クリスティーナがそう言って一礼。教皇と共に舞台袖へと去っていく。どうやらこの先、二人は参加しないようだ。

 しかしそこでアクシデントが起こった。


 バンッと大きな音を立てて大広間の扉が勢いよく開いたのだ。


 俺も扉に目を向けると、そこには一人の男がいた。

 燃えるように真っ赤な髪をした、粗野な雰囲気の漂う男だ。一応スーツを身につけているが、およそこの場には相応しくはない程に着崩している。

 極め付けは右目を覆っている眼帯だ。それが粗野な印象を加速させている。


 ……誰だ?


 一応、クリスティーナの顔を伺うと盛大に眉を顰めていた。どうやら歓迎される事態ではないらしい。


「……う……そ。なんで……?」


 そこで隣のアイリスが言葉を溢した。見れば顔色が真っ青になっており、手で口元を覆ってる。

 その尋常ではない様子に俺はアイリスの名を呼んだ。


「アイリス?」

「……ファイマス……イグニステラ」


 アイリスの言葉が頭へと浸透していく。

 そして名を理解すると同時、頭が沸騰しそうになるほどの憤怒が胸の底から湧き上がってきた。


 ファイマス=イグニステラ。

 この名を俺はよく知っている。忘れたくても忘れられない名だ。

 ガルドジス帝国覇星衆(はせいしゅう)序列第四位、【炎帝】。

 こいつはラナとアイリスの両親を手に掛けた敵だ。


 俺は激情に任せて(パンドラ)の蓋を開けた。


 ――敵は殺す。


 久しく感じていなかった殺戮衝動が顔を見せる。

 俺はその衝動に任せて――。

 

「……ッ!?」

 

 因子を取り出そうとしたところで左腕に重みが掛かった。意識を引き戻される。

 見ればアイリスが腕にしがみついていた。その身体は小刻みに震えている。

 その表情に浮かぶ感情は――恐怖。


 ……そうだ。


 アイリスは目の前で両親を殺されている。

 いくら強くなろうがトラウマというものはそう簡単に消せるものではない。

 

 冷や水を浴びせられたように激情が収まっていく。


「大丈夫だアイリス。俺……俺たちがいる」


 俺は静かにアイリスに寄り添った。


 ……それにこの怒りはラナにこそ相応しい。

 

「よォ! 久しぶりだなァ! まさか生きてるとは思わなかったぜ! 氷姫サマよォ!!!」

「ファイマス……イグニステラ……!!!」


 ラナが憤怒を込めた声で仇の名を叫んだ。

 瞬時に大広間の気温が下がり、霜が降りる。ラナの足元は白く凍てついていた。


「……お姉ちゃん」


 アイリスが白い息を吐きながら小声で呟く。今だに身体の震えは止まっていない。

 それほど心に深く傷を負っているのだろう。

 だけど、アイリスはそんな状況にあってさえも強い光を宿した瞳で俺を見た。


「レイさん。お姉ちゃんをお願いします」


 やはりアイリスはラナの妹だ。

 心の在り方とでもいうのだろうか。とにかく強い。

 つい笑みが溢れる。


「……サナ。アイリスを頼めるか?」

「うん。任せて!」


 サナが駆け寄ってきて、入れ替わりでアイリスに寄り添った。横目でレニウスの様子を確認すると、楽しそうにラナを見ている。


 ……動くつもりはないのか? それとも動けないのか?


 動くとしたら教皇(ヨハネス)魔法使い(レニウス)だとバレる。だから十中八九動けないと見るべきだ。

 それに俺にはファイマスがレニウスの動く理由にはならない気がした。

 なにせ彼には一瞥すらしていない。レニウスが見ているのはラナだ。


 するとファイマスがツカツカと足を進め、ラナの元へと進み出た。周りにいた貴族たちが蜘蛛の子を散らすように下がっていく。


「シウロン陛下。ヨセフ殿下。危険ですので下がっていてください」

「大丈夫なんだろうね?」

「はい。ご心配はいりません」

「わかった。キミが言うならそうしよう」


 ラナの近くに居たヨセフ殿下が隣にいた青髪の貴族と共に下がる。ラナの言葉からあの人がシルエスタ王国の国王だとわかった。


「どうしたよ? 両親と同じく殺してやろうか?」


 下卑た笑みを浮かべながら挑発するファイマス。

 力量差がわからない男ではないだろう。よって俺たちが手出しできないと踏んで高を括っているのだ。


 ……腹立たしい限りだな。

 

 ラナは深い怒りを押し殺しながら虚無の瞳でファイマスを見返す。

 冷静さは失っていないように思える。さすがだ。

 

「そんな安い挑発には乗りませんよ。……それより一つ聞いてもいいですか?」

「あ?」

「その右目はどうしたのですか?」

「……チッ! うるせぇよ! テメェには関係ねぇだろうがァ!!!」


 ファイマスが舌打ちをすると、その拳に炎を纏わせた。しかしラナはそれでも動かない。するとその様子が癇に障ったのか、ファイマスは拳を振り上げた。


「死ね!」


 ――大義名分は得た。

 

 俺は(パンドラ)から悪魔因子を取り出し、身体を吸血鬼のモノへと作り変える。

 一瞬でラナとファイマスの間に割り込み、炎を纏った拳を素手で受け止めた。

 肉の焼けるイヤな匂いが周囲に漂う。


「レイ!? このッ! ラ=グラ――」

「――ラナ! 大丈夫だ。何も問題ない」


 俺はもう片方の手で星剣を召喚しようとしたラナを制する。

 たとえ肉が焼けようが関係ない。吸血鬼の肉体は瞬時に再生する。当然痛みは伴うが、痛覚が鈍っている俺はピリピリとした軽い刺激しか感じない。

 故に、なんの問題もない。


「わかった。でもこれだけ」


 ラナがファイマスの炎を一瞥した。すると目に見えて炎の勢いが弱まる。

 俺はこれでレニウスがラナを見ていた理由を理解した。

 魔術式が介在しない以上、これは魔術ではない。魔力が漏れ出て起こる現象とは違う。


「ラナ。……これ」

「……もうすこしでなにか掴めそうなんだ」

「そっか」

「――なんだテメェ?」


 ファイマスを蚊帳の外にしていたら、彼は不快そうに眉を顰めた。だけど俺は敢えて無視する。


 先に手を出してきた以上、こちらが攻撃しても文句を言われる筋合いはない。それに中立国である聖王国、それもトップである教皇が証人となっている。

 故に大義はこちら側にある。


「ラナ。キミはどうしたい? 全て任せるよ」


 殺せと命じられれば躊躇わず殺す。ラナが自ら殺すというのならば誰であろうと邪魔はさせない。

 そんな決意を込めてラナに問うた。


「テメェェェエエエ!」


 堪忍袋の緒が切れたのかファイマスが拳に纏わせた爆炎を弾けさせた。一瞬にして肩口まで火傷が広がるが、どうと言うことはない。すぐに再生し、ファイマスの右手を捕え続ける。


「テメェ……何者だ?」


 眉を顰めて誰何するファイマスを俺は無視した。

 相手にする価値もない。

 

「……それでラナ。どうする?」

「離していいよ」


 そう言われたので俺はパッと手を離す。ファイマスはその瞬間、大きく後退した。


「ありがとねレイ」

「殺さないって事でいいんだよな?」

「うん。ここでは殺さない。ここで殺したらただ殺すだけになっちゃうから」


 そういってラナはゾッとする程、美しい笑みを浮かべた。

 俺は一度目を閉じて頷く。


「……わかった。なら俺はなにも言わない。()()()になったら手伝うよ」

「うん。そのときはよろしくね」

「オレを置いて喋ってんじゃねぇよ」

「うるせぇよ。見逃してやるって言ってんだ。さっさとどっか行け」


 シッシと手を払うと、ファイマスの額に青筋が浮かんだ。


「いいぜ? そんなに死にてぇなら殺してやるよォ!!!」


 ファイマスの両腕から爆炎が噴き上がる。凄まじい熱波に床に敷かれた絨毯が黒く焼け焦げていく。


 ……あーあ。高そうなのに。


 どうやら穏便に済みそうにはないらしい。

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