パーティーに向けて
魔王討伐宣言パーティーまでの日々はあっという間に過ぎていった。
ラナと二人っきりで聖都を散策したり、幼馴染三人で食べ歩きをしたり。勇者パーティ全員でフラネールに行き、ディナーを堪能したり。
空いた時間で北部最果て「無常氷山」についても調べた。だけど無常氷山に関する情報はあまり得られなかった。だから北部最果て出身のカノンに聞いたところ、刻一刻と天候が変わる山岳地帯らしい。
猛吹雪かと思ったら雷雨になったり、雹が降ったと思ったら小雨になったりと、非常に厄介なのだとか。
唯一の法則として晴れる事だけはないので氷山と呼ばれているらしい。
出現する魔物は最低でもA級。そして奥に進むにつれS級しか出なくなる。
魔物の情報もあらかた聞いたが、特に問題になりそうな種類はいなかった。カノンもそこは俺と同意見だとか。
魔物よりも天候の方が厄介そうだ。
と、そんなこんなでパーティーの日がやってきた。
「どう? 変じゃない?」
蒼氷色のドレスに身を包んだラナが一回した。雪原のような白髪が大きく広がり、窓から差し込んだ陽の光を反射して細氷の様に輝く。
その姿はまるで雪の精のように幻想的で美しい。
だから俺は思った通りの言葉を口にする。
「うん。いつも通り可愛いよ。綺麗だ」
「ふふ。ありがと。じゃあレイもこっち来て。ネクタイ締めてあげる」
「よろしく」
一歩ラナの元に歩み寄り、少しだけ屈む。
「今日のレイは主役だからとびっきりカッコよくしないとね!」
「主役は勇者だからサナだろ?」
「勇者パーティの一員なんだからいいの。細かいことは気にしない!」
「細かいかなそれ……?」
ラナが俺の首に腕を回す。
そうすると必然的に顔が至近距離に来るわけで。
「んぅ!?」
いたずらごころの赴くままにキスをした。
驚いて目を見開いたラナが至近距離に居る。
「もう! 口紅がついちゃうでしょ!」
コツンと軽く頭突きをされた。照れて赤くなった顔がすごく可愛い。
「少しぐらい気にならないよ。あとで拭けばいいし」
「なんか拭かれるのもイヤだなぁ」
「じゃあ拭かない」
「え? 真っ赤だけど?」
「……ホントに?」
横にある鏡を見ると、それほど真っ赤というわけではなかった。そもそもラナのつけている口紅はそれほど濃くない。
「ぜんぜんじゃん。騙した?」
「ふふ。騙された〜」
ラナが口元に手を添えて忍び笑いを漏らす。
「ほら。もう一回! いつまでも終わらないから今度はキスしちゃダメだからね?」
「わかったわかった」
「本当にわかってる?」
「さすがに遅刻しちゃうからな」
「だね」
もう一度屈んでラナにネクタイを締めてもらい、ネクタイピンで留める。ベストとジャケットを着れば、完成だ。
オーダーメイドで仕立ててもらっただけあってピッタリとした着心地ながらも非常に着やすい。
「これでよし! 完璧だね!」
「ありがと」
姿見でもう一度確認する。
黒色のシャツに黒のベストに黒のジャケット。加えてスラックスも黒で全身真っ黒だが、これは俺の不名誉な二つ名が原因だ。
というのもオーダーメイドをお願いした時にサナが「黒の暴虐なんだから真っ黒でしょ!」なんてことを言ったからだ。「私の為のパーティーなんだから従え!」との事である。
「じゃあ行こうか」
「うん!」
俺はラナをエスコートしつつ、会場となる大広間へと向かった。
「うーーーーー。緊張してきたぁーーーーー」
大広間の隣の部屋でパーティーの開始を待っていると、白と金の騎士服とドレスが合体した様な衣装を着たサナが悶えていた。
腰には聖刀が携えられており、日本人の俺から見るとなんだか違和感がある。
ちなみにラナはこの場所にはいない。一緒に魔王と戦いはしたが、厳密には勇者パーティではないからだ。
よって、今は大広間でパーティーの開始を待っている。
「そんな緊張する事ないけどな。別にスピーチをしなきゃいけないとかないんだし」
教皇、もといレニウスから軽い演出をしてほしいと頼まれていたはずだが、それほど大変なものではなかったはずだ。
そういえば、凱旋祭の時はどうしていたのだろうか。
あの時はスピーチをする手筈になっていた。結局中止にはなってしまったが、状況でいうなら今と似た様な感じだ。
馬車から手を振っていたサナは特に緊張した様子はなかったが、内心ではこうして悶えていたのだろうか。
手を振るのに忙しくて気にしている余裕すらなかった可能性もある。
「レイはなんでそんなに落ち着いてんの!? 逆に怖いよ! 緊張するでしょ普通! てかレイとカナタの方がちゃんと戦ったんだから二人が勇者って事で良いじゃん! 行きたくないぃぃぃいいい!!!」
「んなわけにいくか……」
カナタが呆れた様にため息を吐く。こっちも俺と同じく緊張しているわけではなさそうだ。
「カナタはこういうの慣れてるのか?」
「まあ実家のことで色々とな。一応特級魔術師だからこういうのにも駆り出されてるし」
「へー。特級魔術師も大変なんだな。カノンは?」
「……ん?」
黒を基調としたゴシックドレスを着たカノンに視線を向けるといつもの無表情で特に緊張した様子はない。
「緊張するか?」
あえて聞いてみたが、きょとんとされた。
「……する必要ある?」
「うん。ないな」
カノンもこういうのには慣れているのだろうか。
アイリスは慣れてそうだなと思い、目を向けるといつも通り落ち着いていた。
ちなみにアイリスが着ているのは白を基調とし、金の装飾を施されたドレスだ。ラナとよく似た綺麗な見た目も相まって清楚な雰囲気を漂わせている。
THE・聖女といった服だ。
「私も特に緊張はしないですよ?」
「お姫様だもんな。ラナも緊張しなさそう」
「お姉ちゃ……お姉様も慣れてます」
「……俺たちだけしかいないんだから言い直す必要なくない?」
「こういう場でぽろっと出さない為に今から注意しているんです」
「あぁ。なるほど」
確かに一理ある。
そして残るウォーデンはというと。
「オレも別に緊張はしないぜ? これでもS級冒険者だからな。こういうパーティーは慣れてる」
「私だけじゃん!? 緊張してるの私だけじゃん!?」
「主役がそんなんで大丈夫か?」
「主役とか言うな!!! 圧力がぁ……。プレッシャーがぁぁぁ……」
しゃがみ込んで頭を抱えるサナ。
そういえば小学六年の時にやった劇でもこんな感じだったなと思い出す。たしかあの時も勇者の役だった気がする。竜を退治する主人公だ。
自分で立候補しておいて緊張で悶えてバカだなと思った記憶がある。
だけどあの時も舞台に上がったらちゃんとやり切っていたので今回も大丈夫だろう。
どうせ入場間際で吹っ切れるのだ。
「カナタぁ! 緊張を無くす魔術とかってないのぉ〜!?」
「そんなんあるわけねぇだろ」
「おいレイ。大丈夫なのかこれ。オレでも不安になってくるぞ」
「大丈夫だ。……たぶん」
「たぶんって……。お前なぁ……」
ウォーデンに呆れられていると、ノック音が聞こえた。それから扉が開く。
入ってきた人物は聖騎士の鎧をつけていた。
「パーティーが始まりました。手筈通りにお願いいたします」
「わかりました。ありがとうございます」
アイリスがお礼を言うと聖騎士は一礼して下がる。
これから大広間に移動し、専用の入場口から名前を呼ばれた順に入場する。
順番はウォーデン、カノン、カナタ、俺、アイリス、サナの順番だ。




