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 その日の深夜。

 誰もが寝静まった時間に、俺はニフラム大聖堂の最上階に来ていた。

 最上階にある部屋は二つ。

 教皇代理であるクリスティーナの私室と教皇ヨハネスの私室だ。

 当然、一般人は立ち入り禁止。それどころか教皇と教皇代理を除く最高権力者である三人の枢機卿ですら特別な理由がなければ入れない。

 騎士団長も同様だ。


 ……まあ秘密を守るためなんだろうな。


 そんな事を思いながら、俺は教皇の部屋をノックした。

 無論、クリスティーナ経由で許可は取っている。

 しばらくすると中から年若い青年の声が聞こえてきた。


「入っていいよ」

「お邪魔します」


 部屋に入るとレニウスがワイングラスを片手にソファに深く腰掛け、寛いでいた。


「やあ。クリスから話は聞いているよ。何か用かな? 柊木レイ」

「深夜にすまない。聞きたい事があって来た」

「そうかい。まずは座るといい」


 レニウスが対面に並ぶソファに視線を向けたので俺はそこに座った。腰掛けただけで深く沈み込む。


「何か飲むかい?」


 レニウスがワイングラスを傾ける。

 だが談笑しにきたわけではないので俺は首を横に振った。


「いや。遠慮しておく」

「そうかい? おっと。ちなみに盗聴の心配はいらないよ。この部屋には私の結界が張ってあるからね」

「それは頼もしいな」


 守護の魔法使い直々の結界だ。

 きっと微かな物音ですら部屋の外に漏れることはないのだろう。


「それで、聞きたいことって?」

「単刀直入に聞く。前の勇者パーティに柊木ハジメという男はいるか?」


 魔王討伐公表なんて宣言があるのだから、レニウスと俺の父親は面識があるはずだ。

 あの前勇者の記憶が正しいのならば。


 すると俺の質問にレニウスの眉が微かに動いた。


「……ふむ」


 しばらくレニウスは黙り込んだ。

 何を話すべきか、何を黙っているべきか情報を整理しているのだろう。


「その質問に答えるのは構わない。だけど私からも一つ質問をしてもいいかな?」

「ああ。大丈夫だ」

「それじゃあ私も単刀直入に聞こうか」


 レニウスはワイングラスを傾け、喉を湿らせると問いを口にした。

 

「キミたちは何故、魔王を殺すのではなく、封印する事に決めたんだい? ここだけがどうにも腑に落ちなくてね。私はてっきりキミか、もしくは一ノ瀬カナタかラナ=ラ=グランゼルの誰かが次の魔王になると思っていた」


 レニウスの言葉に思わず眉根を寄せてしまった。

 いくら魔法使いとはいえ、その言い草には腹が立つ。()()()()()は到底受け入れられない。


「ふむ。その反応は()()()()()ね?」


 俺はすぐの己の失敗に気付いた。

 さすがは魔法使い。永い時を生きているだけはある。気を引き締めなければ。


「だけどやはり、どうして知り得たのかがわからない。答えてくれるかな?」


 ……どうする?


 俺は考える。

 この質問に答えるということは、回帰について話す必要がある。だけどこれはおいそれと話していい物ではない。


 それに勘違いしてはならない。

 レニウスは色々と便宜を図ってくれているが、それは彼に都合が良いからに過ぎないからだ。

 レニウスは決して味方というわけではない。


「悪い。それは言えない」

「ふむ。邪神因子絡みかな?」


 レニウスがじっと俺の目を覗き込んでくる。

 何もかもを見透かすように。だけど先ほど引っかかったばかりだ。そう何度もしてやられるつもりはない。


「その手にはもう乗らないぞ」

「そのようだね。……まあ私にも秘密はあるからよしとしよう。何らかの方法であの忌々しい術式を知り得たと分かっただけでも収穫だ」

「それで俺の質問の答えは?」

「……【四元素使い(エレメンタルマスター)】それが柊木ハジメの二つ名だよ」

「……そう……か」


 これで確定した。

 あの時見た前勇者の記憶は実際にあったことだ。


 ……しかしそうなると。


「セリーヌ=レーンロード」

「【黒血刃】だね。キミの剣術は母親譲りかい?」

「母さん……」


 まさか両親二人ともレスティナに来ていたとは思いもしなかった。

 しかし思い返してみると、別れがやけにあっさりしていたような気がする。世界を渡り、二度と会えなくなる息子に対する態度だとは思えないほどに。

 行き先がわかっていたのだとしたらあの態度も納得だ。

 頭を抱えたくなる。


「……まさか母さんはこっちの人間とか言わないよな?」

「それはないよ。二人はキミや一之瀬カナタと同じく勇者召喚に巻き込まれた人間だ。しかしその情報もどうやって知ったんだろうね? シャノン共和国には立ち寄っていないのに」

「シャノン共和国?」


 確か西の方にある小国だったはずだ。

 別名、花の都。季節ごとに様々な花が咲き誇っているらしく、素敵な場所だと前にどっかに書いてあったのを見た。

 

「おっと……失言だったね」


 レニウスがわざとらしく呟き、再びワイングラスを傾ける。


「本当に失言か?」

「さてね?」


 あくまでしらばっくれるつもりらしい。

 いつかシャノン共和国とやらにも行かなければならないような気がする。


「ちなみに父さんが今どこにいるか知ってるか?」

「今は知らないな。だけどいずれ会うことになるだろうね」

「まあ……そうだよな」


 父さんが地球に戻らずレスティナに留まっている理由。そんなもの俺には一つしか思い当たらなかった。

 ならばいずれ必ず会うことになる。その時にどうなるかはわからない。もしかしたら――。


 俺は頭によぎった嫌な想像を頭を振って振り払う。


「助かったよ。ありがとな。レニウス」


 俺はソファから立ち、レニウスに背を向ける。するとレニウスが声を掛けてきた。


「おや? 前勇者のことは聞かなくていいのかい?」


 その言葉に踏み出そうとした足が止まる。


「……今は……いい」


 何とかそれだけ絞り出し、再び足を進める。

 

「そうかい。おやすみ。柊木レイ。よい夢を」

「そっちこそな」


 俺はそのままレニウスの部屋を後にした。

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