表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
212/239

常識人の弟

 食事を済ませ、ラナとアイリスと談笑をしていたら個室にノック音が響いた。

 ラナが「どうぞ」と返答すると、先ほどのウェイターが姿を現し一礼する。


「失礼いたします。シルエスタ王国第二王子ヨセフ=イルカス=シルエスタ様がお見えになっています。いかが致しましょうか?」

「やっぱりヨセフくんも来てたんだ。彼なら大丈夫です。久しぶりに会いたいのでお通ししてください」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 ウェイターが一礼をして去って行く。


「ラナ。そのヨセフってのは大丈夫なのか?」


 アレがアレだったので聞いたのだが、ラナは先程アレに対して見せた不快感を全く見せずに頷いた。

 

「心配いらないよ。彼はシウロン陛下に似て聡明で常識人だから」


 シウロン陛下とはシルエスタ王国の現国王だ。

 ラナの父とも仲が良かったらしく、ラナ自身も大変世話になったと聞いている。アイリスによるとラナの捜索にも手を貸してくれていたそうだ。


「なら大丈夫そうか。でも何かあったらそれなりに対応するからな?」

「うん。それは頼りにしてるよ。レイが心配してる事にはならないと思うけどね」


 それからしばらく待つと個室に再びノック音が響いた。


「ヨセフ様をお連れしました」

「どうぞ!」


 扉が開き青髪を後ろで結った少年が姿を現した。

 スラリとした体型だが程よく筋肉がついており、その所作からも武術の心得があることがわかる。

 そんな少年は個室に入るなり深々と頭を下げた。


「先程は大変失礼いたしました。シルエスタ王国を代表して謝罪させていただきます」


 その所作は俺から見ても見事な物で、それだけで先程の肉塊とは違うのだとわかった。

 ラナの言う通り心配する必要はなさそうだ。


「久しぶり。ヨセフくん」

「お久しぶりです。ヨセフ殿下」


 ラナとアイリスの言葉にヨセフ殿下が頭を上げる。

 顔も先ほどの肉塊とは変わって整っており、幼さを残しているものの十分にかっこいい部類だ。

 日本にいたらさぞモテた事だろう。アレも痩せたらこうなるのだろうか。なる気がしない。

 

「お久しぶりです。そしてラナ様。ご無事なお姿を拝見でき、とても嬉しく思います。陛下も大変お喜びになられておりました」


 言葉の端々から喜びの感情が伝わってくる。先程の肉塊も似たような言葉を口にしていたがあちらは卑しく、ねっとりとしていた。ヨセフ殿下はなんというか爽やかだ。

 礼儀正しい少年という印象を俺は受けた。やっぱりアレの弟だとは俄に信じられない。それほどまでに出来が違う。

 こちらが第一王子だと言われた方がしっくり来るぐらいだ。

 

「ね? 大丈夫だったでしょ?」

「そうだな。ラナの言う通りだった」

「貴方はレイ様ですね。お初にお目に掛かります。私はヨセフ=イルカス=シルエスタと申します」


 わざわざ俺の元まで来ると握手を求めてきた。

 

「初めましてヨセフ殿下。蒼氷騎士団団長のレイです。よろしくお願いいたします」


 礼には礼を。

 俺も名を名乗り、握手を交わす。


「レイ様のお噂は聞いております。一度お会いしたいと思っておりました。このような形になってしまったのは残念ですが……」

「俺も第一王子には怪我をさせてしまったのでお相子ということで」


 悪いとは全く思っていないが。


「兄には良い薬になったと思います。これで懲りてくれればいいのですが……」


 ヨセフ殿下が苦笑した。どうやら兄のせいで苦労してきたらしい。


「さて! 挨拶は終わったね? せっかくだからヨセフくんも座って座って」

「いえ、でも……」

「良いの良いのほら。アイリスの隣に」


 ラナがヨセフ殿下の肩を掴むと強引にアイリスの隣に座らせる。


「何か飲む?」

「いえ、大丈夫です」

「もしかして遠慮してる? アレはアイツの問題であってヨセフくんのせいじゃないから大丈夫だよ?」

「そういうわけには行きません。同じ王族として兄の不始末は私の責任でもありますから」

「……ヨセフくんは昔から変わらないね」

「でもこう言うところがヨセフ殿下のいいところだよね? お姉ちゃん?」

「私は堅苦しいと思うけどね」


 ラナが鈴を鳴らし、ウェイターを呼ぶと水をお願いした。すぐにウェイターが水を持ってきてヨセフ殿下の前に置く。


「ありがとうございます」

「ごゆっくりとお過ごしください」


 ヨセフ殿下の言葉にウェイターが一礼をして退室する。


「それで、シルエスタ王国はどうするつもり? グランゼル王国の騎士団長が第一王子を蹴り飛ばしちゃったわけだけど」

「どうもいたしません。兄が失礼をしたのは明らかですし、シルエスタ王国として謝罪をすれこそ責めることは一切ありません」

「それはシルエスタ王国の総意?」

「はい。陛下も同じ意見です」

「あれ? もしかしてシウロン陛下も来てるの?」

「はい。そもそもが魔王討伐宣言のパーティーに参加する代表者が陛下でございます。そしてその補佐が私です」

「……ん? じゃあアイツは?」

「……実は私も聖王国に来ているなんて思いもしませんでした。こういう事態になりかねないからと陛下が敢えて外したのですが……」

「……ってことは勝手に付いてきてアレをやったの?」

「………………はい。頭の痛い話ですがその通りです」

「それは……苦労するね。ヨセフくん」


 ヨセフ殿下は曖昧な笑みを浮かべた。流石にこれには同情する。

 どうやらヨセフ殿下は完全に巻き込まれただけらしい。不出来な兄を持つと出来の良い弟は大変だ。

 普通は逆じゃなかろうか。


「そこでラナ様。無理を承知でご相談なのですが兄の処遇に関しましてはこちらに一任していただけないでしょうか?」

「別に構わないけど、いつまでも婚約者って言われるのはイヤだから甘くしてほしくはないかな。ちなみにその処遇はだれが決めるの?」

「陛下がお決めになります」

「あぁ。それなら大丈夫。全て陛下にお任せしますと伝えてもらえる?」

「ありがとうございます。しかとお伝えします」


 ヨセフ殿下が頭を下げた。


「いいのか?」

「うん。シウロン陛下は身内に対してもちゃんと厳しいから大丈夫。きっとかなり重い罰になるんじゃないかな」

「他国の王女様に手を出そうとしたのです。元婚約者だからという言い訳は通用しません。最低でも流刑にはなると思います」

「なら十分。あとはよろしくね」

「はい。陛下にはお伝えしておきます。ご配慮ありがとうございます」

「あとシウロン陛下に挨拶をしたいんだけど、パーティーでした方がいい?」

「そうですね。これからゴタゴタしそうですのでその方がありがたいです」

「わかった。じゃあそれも伝えておいてもらえる?」

「かしこまりました」

「よし! これで政治的な話は終わりだね! それにしても大きくなったねヨセフくん!」

「はい。最後にお会いしてから随分経ちましたから――」


 それから俺たちは少しだけ談笑をしてヨセフ殿下とは分かれた。トラブルはあったが楽しい食事会だったと思う。

 しかし同時に反省もある。


「ごめんラナ。短慮だったな」


 停留所に向かいながら俺は隣を歩くラナに謝った。

 今回の件は一歩間違えれば国際問題になっていた可能性もある。いきなり蹴り飛ばしてしまったのは反省しなければならない。


「まあ私も止めなかったし。責任は私にもあるかな。多分問題にならないって思ってたからっていうのもあるけど」

「お姉ちゃん、途中から悪ノリしてたもんね」


 アイリスが苦言を呈したが、ラナは笑って誤魔化した。

 

「それでも俺はラナの隣に立ちたいんだ。そんな俺が怒りに任せて暴力的な行動に出るのはダメだろ?」

「まあそれはそうだね。でもねレイ。普通は他国の姫に触れようなんて無礼な真似はしてこないから大丈夫だと思うよ? もちろん私情を除けば蹴り飛ばしたのはやりすぎだけどね」

「次はちゃんと止め方を考えるよ」

「うん。わかった。ありがとねレイ。ちゃんと考えてくれて。嬉しいよ?」


 ラナが手を握ってきたので俺も握り返す。


「もーお姉ちゃん。隙あらばイチャイチャと」

「手を繋ぐぐらいイチャイチャじゃないよ」

「その空気が甘っ甘なの!」

 

 俺たちはアイリスの生暖かい視線に晒されながら停留所を目指した。


 ちなみに壊した椅子やらなんやらの請求は全て肉塊()()に押し付けておいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=755745495&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ