表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
211/239

肥えた豚

 突如乱入してきた肥えた豚に俺は眉を顰める。せっかくいい気分だったのに台無しだ。

 見たところ、どこかの貴族なのだろうが、醜いことこの上ない。身体中に宝石をジャラジャラと付けていて非常に下品だ。

 調和という物を知らないのだろうか。アクセサリーというのはただ数を付ければいいという物ではない。


「誰だお前?」

「キサマァ! 誰に口を聞いている!? ボクはシルエスタ王国、第一王子ミローン=イルカス=シルエスタだ!」


 胸を張って声高々に宣言するミローン。やけに甲高い声で耳がキンキンする。非常に耳障りな声だ。

 しかも胸を張っているのに腹の方が出っ張っている。

 一体どれだけ不摂生な生活をすればこんな体型になるのだろうか。


 ……ん? ミローン?


 どこかで聞いた名前だ。

 たしかラナに関係のあった名前のはず。と思ってラナを見ると先ほどの笑顔が嘘のように冷え切っていた。

 本当に勘弁してほしい。あんな楽しそうだったのにこんな顔をさせるとは。許せん。

 しかしここで斬ってはならない。いくら醜い豚だろうと相手は王族らしい。広い心で……。


 とそんなことを考えていると、ミローンとやらの視線がラナとアイリスに向いた。

 そしてドタドタと俺の方、もといラナに向かって歩いていく。


「これはこれはラナ様。このような場所でお会いできるとは! お久しゅうございます。ボクは貴女の無事を信じておりました。……おいキサマ。いつまでそこにいるつもりだ? 早く退け。そこは婚約者であるボクに相応しい席だ」

「……あ゙?」


 ……だれがだれの婚約者だって?


 そして醜い豚がラナに向かって手を伸ばす。この豚はあろう事かラナに触れようとしている。

 その事実を認識した途端、頭の中でなにかがキレる音がした。


「ぐべぇえええ!」


 一瞬で肥えた豚の土手っ腹に回し蹴りを叩き込む。無論手加減はした。しなければ今頃身体が二つになっていた事だろう。それだけの理性はあった。


 豚が椅子を巻き込みながらゴロゴロと転がり、個室の外にすっ飛んでいく肉塊。

 追撃を仕掛けるべく追おうとしたところで服の裾を引っ張られた。


「レイ。ありがと。嬉しいよ? でも殺しちゃダメだからね? 半殺しでとどめて?」


 それだけ言ってラナは服の裾を離した。俺はしっかりと頷く。

 

「半殺しまで。了解」

「ちょっ……ちょっと待ってくださいお姉ちゃん! レイさん! ダメです! それ以上は絶対にダメ!」

「アイリス。この豚はラナに触れようとしたんだぞ? 許せるか?」

「……許せません……けどぉ……」


 アイリスが酷く葛藤している。理性と感情の葛藤だ。

 アイリスもこの肉塊の事が相当嫌いなのだろう。


「キッ! キサマァ! 何を……何をする! ボクは王子だぞ! こんな事をして……許されると思っているのか!?」

「テメェこそ俺の目の前で誰に触れようとしてんだ? ぶっ殺すぞクソ豚が!」

「ボッ……ボクの婚約者に触れて何が悪い!」

「だれが婚約者だぁ? ラナは俺の女だ! 次言ったら王族でもぶっ殺すからな!?」

「うるさいうるさい! 黙れ! ボクの婚約者だ!」

「どうやら死にたいらしいな?」


 俺は他の客がいるからと抑えていた殺気を解放する。そしてその全てを肉塊に叩き付けた。

 すると情けないことに肉塊は一瞬で気絶し、失禁した。本当に情けない。

 だが殺すチャンスだ。俺は豚に向かって足を進める。


「ちょっ!? レイさん!? 待ってください! お姉ちゃんも止めて!」

「えー止めなくていいんじゃない?」

「お姉ちゃん!!!」

「はいはい。レイ? 私は大丈夫だから止めて? 国際問題になっちゃう」

「……わかった。ラナがそれでいいなら」


 俺は身体の熱を全て吐き出すように息を吐いた。

 まだ身体の中に熱は残っているが、ラナが止めてと言ったのだから聞かないわけには行かない。

 俺は椅子に腰を下ろした。


「んで、こいつだれ?」

「シルエスタ王国の第一王子。私の元婚約者だよ。前に話したよね?」

「あーーー。思い出した。コイツか。……こんな醜いヤツが? 元とはいえ許せないな」


 眉を顰めざるを得ない。

 この肉塊がラナに釣り合っているとは到底思えないからだ。もっと完璧な男ならまだ一億歩ぐらい譲ってわか……りたくはないがわかる。


 ……いや無理だな。


 だれが相手でも無理だ。この苛立ちはおさまらない。

 

「まあもう過ぎた事だから」

「でも俺がラナともし出会ってなかったら……」


 そう思うと胸の中に蟠っているモヤモヤが取れない。気持ちが悪い。

 だけどそんな時、ラナが両手で包み込むようにして俺の頬に手を当てた。そして強制的にラナと目が合う。


「出会うよ。何があっても私たちは出会っていたよ」


 ラナはキッパリとそう告げた。その目には強い光が宿っていた。


「愛してるよレイ」

「……ああ。そうだな。俺も愛してるよラナ」

「それでよし!」


 ラナは満足したように俺の頬から手を離した。


「まあ私、昔っからコイツのこと嫌いだったし、何があっても結婚することはなかったと思うよ。弟くんは優秀なんだけどね。なんでこうなったのやら。っとこうしてる場合じゃないね」


 ラナが個室の外に歩いて行ったので俺も続いた。

 幸い、俺の殺気に当てられたのは豚一頭だけだった。一瞬で気絶してくれたからだろう。

 豚の近くにいたウェイターが青い顔をしていたぐらいだ。


「すみません。シルエスタ王国の代表が滞在している場所はご存知ですか? ご存知なければ大聖堂に問い合わせてください。おそらく把握しているはずです」

「はい。キミ! 問い合わせをお願いします!」


 ウェイターが他のウェイトレスに指示を出す。そして俺たちに向けて深々と頭を下げた。


「この度は私どもの不手際で申し訳ございませんでした」

「いえ、これでもこの人は王族です。貴方がたが対応をするのには無理があるでしょう。悪いのはこの人ただ一人です」


 ラナが転がっている肉塊に冷めた視線を向けた。


「それでもです。私どもはお客様に幸せなひと時を提供する義務があります。それを疎かにしてしまったのは……」

「でしたら、夜景も見たいので後日この部屋を予約できますか? 勇者パーティ全員で来たいです」


 ラナの言葉にウェイターが目を見開いた。


「そう仰っていただけるなんて光栄です。その際は必ずや幸せなひと時をご提供させていただきます」

「よろしくお願いしますね。さてレイ! アイリス! コイツのことは忘れよう! せっかくいい店なんだからいい気分で食事をしたいしね!」

「だな。こんなヤツに気分を掻き回されるだけでも腹立つからな。切り替えよう」


 俺は転がっている肉塊を蹴り飛ばして視界から消す。


「これで居なくなったな」

「レイさん……。でもそうですね。気を煩わせるまでもないですね。食事にしましょうか」

「おう」


 俺たちは再び席に着くと、メニューを手に取りラナと相談しながら注文を選んだ。

 俺が食べたのはニフラム・メルスの焼き魚だ。なにやら名前がついていたが複雑すぎてすぐに忘れた。

 しかし高級レストランとあって味は申し分なく、ラナとアイリスとの会話も弾み、肉塊によってもたらされた不快な気分はすぐに吹き飛んだ。

 結果としては良い食事になったと思う。

 三日後の夜に予約も取れたので今度は勇者パーティ全員で来るつもりだ。

 今からその時が楽しみだ。きっと夜景も絶景な事だろう。

新作投稿開始しました!

よかったら読んでいただけると嬉しいです!


終わる世界の禁忌録 〜叛逆の徒《Rebellion》から、やがて堕ちる楽園へ〜

https://ncode.syosetu.com/n9697jx

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=755745495&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ