フラネール
「ここで……あってるよな?」
コルニエルさんに貰った地図を見ながら歩くこと少し。視界に格式の高そうな店が見えてきた。
というよりこの辺の地区は高級レストランが集まっている所謂レストラン街だ。それもあって湖のそばに作られたテラス席だったり、建物自体の建築様式が昔テレビで見た神殿のようなものだったりと全ての店が高級感を漂わせている。
「うん。あってると思う。それにしても大きなお店だね。王国でもなかなか見ないよ」
俺たちの目的地である店も見た目こそ普通だが、ホテルの中に入っている店らしく最上階の五階がレストランになっているらしい。
湖のほとりに建てられた店の名前は「フラネール」。どんな語源があるのかは不明だ。
真っ白な建物で高さはもちろんの事、幅もかなり広い。周りを見渡してもこれだけの店構えは他に見当たらない。
何より立地が好条件すぎる。最上階からの眺めは湖を見回せてさぞ絶景なことだろう。
さすが聖騎士団団長自らがオススメするだけはある。
今から楽しみだ。
……だけど……。
流石にこれほど大きな店だと足踏みしてしまう。
最近は慣れてきたと思っていたが、まだまだ庶民の感覚が抜けない。
しかし今隣にいるのは最愛の恋人とその妹だ。エスコートは男の役目。甘ったれたことは言っていられない。
「それじゃあ行こうか姫様?」
手を差し出すと、ラナが自分の手を重ねた。
「ええ。騎士様?」
そんな俺たちを見てアイリスは呆れたように声を漏らした。
「もう。見ているこっちが恥ずかしいですよ」
「そんなこと言ってないでほら。アイリスも」
「ではお願いします。レイさん」
「ああ。それじゃあ入るか」
俺は二人をエスコートしながら高級レストラン「フラネール」に足を踏み入れた。
「ようこそいらっしゃいました。ラナ王女殿下、アイリス王女殿下、レイ様」
ホテルのフロントで受付を済ませ、五階に上がるとスーツを着こなしたウェイターに出迎えられた。
「あれ? 名前言ったっけ?」
フロントで言ったのは人数と出来れば個室にして欲しいという事だけだ。一応変装等はしていないがお忍びの為、名前は伏せておいた。
だけど何故か知られている。
「コルニエル聖騎士団長からお聞きしています」
「聞いただけでよく俺たちだってわかりましたね」
「各国の王族や貴族の方々の特徴は全て把握しております。その中でも特に氷姫様と聖女様は有名ですのでお間違いすることはありません」
「なるほど。すごいですね」
「いえ、当然のことです」
ウェイターは謙遜したが、写真のないこの世界で各国の王族や貴族の特徴を記憶し、噂話までも調査しているのは並大抵のことではない。
さすが一流レストラン。ウェイターも優秀らしい。
「ではご案内いたします。足元にお気をつけください」
「よろしくお願いします」
案内について行くと要望通り個室に通された。
「当店一番人気の一室でございます」
個室に足を踏み入れた瞬間、視界いっぱいに広がるはオーシャンビューならぬレイクビュー。その中心にはニフラム大聖堂があり、まるで絵画のように美しい光景が広がっていた。
一番人気というだけあって絶景だ。
今は朝だが夜景も見てみたくなる。
「わぁ〜すごい! すごいよレイ! 見て見て!」
「本当ですね! これは絶景です!」
どうやら二人とも喜んでくれたらしい。珍しくラナが目をキラキラと輝かせてはしゃいでいる。とても可愛い。
アイリスも胸に手を当てて感嘆の息を漏らしている。
「本当に凄いな。ありがとうございます。来てよかったです」
そう言うとウェイターが柔らかに微笑み、見惚れそうになる程綺麗な所作でお辞儀をした。
「光栄でございます。ご注文がお決まりになりましたら、鈴を鳴らしてお呼びください」
去って行くウェイターを見送ると、俺たちは席に着いた。
席は八席あったが、迷うことなく窓側の席に着く。向かって右に俺とラナ。向いにアイリスだ。
もちろん窓側には王女様二人に座ってもらった。
「こんな素敵な場所だとは思ってなかったよ。コルニエル団長には感謝だね」
「だな。後でちゃんとお礼言っとかないとな。……っと何食べようか?」
俺はメニューを二人に手渡し、自分の分を広げる。しかしそこで困ったことになった。
「……読めない」
正確には読める。読めるのだが、この料理名が何を示すのかがわからない。
例えば地球のレストランでメニューにテリーヌと書いてあっても、テリーヌという物を知らなければそれがどんな料理かわからない。そんな感じだ。
「あーたしかに。レイには難しいかもね。貴族向けのお店だから」
「こういうのも覚えないといけないな」
「まあそこはおいおい落ち着いたらね。レイはどんなの食べたい?」
「そうだな。まだ朝だからそれほど重くないのがいいかな」
「じゃあこの――」
と、その時、個室の外が何やら騒がしくなっていることに気付いた。
「おやめください! すでにお客様が――」
「ええい! うるさい! この私を誰だと思っている!」
そしてバンッと大きな音を立てて開く扉。そこには肥えた豚が立っていた。
今年もありがとうございました!
来年もよろしくお願いします!
良いお年を!




